ココロノダイチの息子
申し訳ありませんがここで二日間お休みをいただきます。
第三部は切りよく八月一日からって事でよろしくお願いいたします。
狂気とか言いながら、皮一枚剥けばそこにあるのはひ弱な優等生。
何でもできるけど、何もできない。
そんな情けないおぼっちゃま。
いや何もできないとか言うにはポテンシャルは高すぎるけど、一流はいても超一流はいない。
よく言えば外れなし、悪く言えば万年二位。
それが、種牡馬入りして露呈したボクの本来のポジションだった。
「ノーザンスザクもきっと、大事な存在に…まさかあいつか…いや、間違いないな…」
ノーザンスザクと言う桁外れの存在を初年度から送り出したせいでそれが基準になり、そのイメージを払拭と言うか塗り替えられるのに今までかかった。
ノーザンスザクは阪神ジュベナイルフィリーズを勝つ前のファンタジーステークスと言うレースで、圧倒的一番人気を裏切り惨敗。だがその次の阪神ジュベナイルフィリーズを勝った時には、全く別の馬になっていた。
そして浅野先生のとこには、まだ彼がいた。
ココロノダイチ。
八歳になっても現役を続けていたココロノダイチの引退レースは、その前の週のチャンピオンズカップ。おそらくノーザンスザクは、ココロノダイチから何らかのアドバイスみたいなもんを受け取ってたんだろう。そのおかげであそこまでの名馬となり、歴史に名を遺す事が出来た。
そう、ココロノダイチがいたから、だ。
(……ワンダープログラムがいなかった世界のボクは、今頃一体何をやってたんだろうな)
大事に大事に優等生様をやっていたら、それこそ八歳と言うのは大げさにしても六歳一杯ぐらいまでは現役でいられたかもしれない。そして元々のポテンシャルのおかげでGⅠを一個は拾えたかもしれない。
でもそれでさえ虫のいいお話であり、種牡馬なんかになれずにそのまんまどこかへ消えていた可能性のが高い気がする。もちろんリーディングサイアーなんて遠い遠い世界のお話だった。浅野先生と滝原さんの望む方向に進んだ結末がそれだってわかったら、二人はもう二度と立ち直れなくなったかもしれない。
「栄光ってのは、本当に危ないもんなんだな……」
ノーザンスザクだって、ココロノダイチがいなければ五年連続GⅠ勝利どころかGⅠを勝てたかどうかすら分からない。重賞の一つぐらいは取れただろうけど、おそらくはそこまで。そしてボクの正しいイメージは、実際より早く世間に知れる事になった。
要するに、ハナ差だろうが大差だろうが栄光と敗北は全くの紙一重でしかない。
そんな危うい環境の上に、ボクらは立っているのだ。
「あいつは大丈夫か…」
そして今ボクが気になるのは、ココロノソニックの事だ。
四歳秋、南部杯でGⅠ八勝目。まだこの時期にして、ココロノダイチに並んだ。
確かにとんでもない名馬である彼だけど、心配事も多い。
ココロノソニックの評判は、正直良くないのだ。
ラフプレーが多いとか言う訳ではない。むしろ逆だ。
自分の敗戦の責任を自分のせいにしかしない。
圧倒的に勝利しても満足しない。
脚質をレースにより変える事はあるが、汚い手を使わない。
実に真面目な優等生だ。
だがその優等生が、努力を怠らずに走ったらどうなるか。
(息苦しい事この上ないよなあ…)
自分はかなり、隙があった方だった。皐月賞や大阪杯の惨敗、それ以上に普通なら有り得ない方法での勝ち方。
ワンダープログラムについては言うまでもない。
ココロノダイチは六歳になるまでGⅠを勝てなかったと言う苦労馬としての魅力があった。
だが今のココロノソニックには、それがない。完璧ゆえの美しさと言うより、完全すぎて手を出せない遠い存在。それと対峙してしまった存在はどうするか。
まともにやっても勝てないから諦めてココロノソニック以外に勝つ事を狙う、平たく言えば二着狙い。あるいはココロノソニックを倒せば一気に名を上げられるからと言う、当たって砕けろ精神。だが後者をするにはココロノソニックは強すぎるし、前者は正直みじめだ。ましてやココロノソニックはまだ五歳だから、いつまで目の前に立っているか分からない。ココロノソニックがいなくなるまで待っていたらこっちが先に引退させられてしまう。
その結果こそ、あれだった。
(一頭や二頭じゃない、あれこそ数頭単位でココロノソニックを負かそうとしている。自分の勝利よりも、ココロノソニックの敗北を望んでいる。ボクらの時には、そんな事は起きなかった)
かしわ記念におけるダブルブレードの妨害行為としか思えない道中でのタックル、ペースを乱すためとしか思えないカースブレイカーとボクとあのユアアクトレスの子どもであるアイムキングスの大逃げ。そしてそれらによって心乱れたココロノソニックから白星を奪う役としてのネヴァーロスト。
このあまりにも嫌なカルテットの連携により、ココロノソニックは敗北した。帝王賞でも南部杯でもココロノソニックは勝ったけど、その包囲網をほどき切る事は出来ていない。
誰にも妨害されないように逃げた、のではなく全てのわずらわしさから逃げているように見える。ボクのそれとは違うけど、正直幼いレース。
「あのままスーパースターになっちまうのかな……」
ボクは彼を守ってくれるだろう存在のいない事を、憂えた。
アッパーグレードには無論期待しているけど、おそらく彼はココロノダイチほど辛抱強くない。
と言うか鉄の馬と呼ばれたココロノダイチが異常なのであり、ボクだって投げ出していると思うけど………………。




