お子ちゃまのまんまな「ボク」
「皐月賞以前と日本ダービーのヒガシノゲンブは文字通り別の馬」
こんな風に言われた事は一度や二度どころか十度や二十度ではない。
日本ダービーの時の大逃げからの一秒差の逃げ切り、それからのレースが「ヒガシノゲンブの栄光」として語り継がれ、たまにそうでない部分があっても皐月賞と大阪杯の惨敗だけ。
大阪杯の時は、滝原さんの絶対にあわててはならないと言う強い意志に従った結果だ。自分でもそれならそれでのつもりだったのに、いざと言う時が来てもちっとも動けない。故障明けのせいにする事も出来たはずだったのに、あの後の浅野先生と滝原さんの落ち込みぶりと来たら見るに堪えなかった。
「もうボクには何もできないって事ですかね……」
「菊花賞の後祝い酒ではなくてヤケ酒をあおっていた」
そう聞かされて良心が痛まなかった訳じゃない。でも俺は実際その時は全く体が動かず、次走戸柱さんに戻った上に最初から大逃げをした時にはあっさりと勝ててしまった。そのせいで浅野先生と滝原さんの名前は大きく傷つき、特に滝原さんはワンダープログラムが勝てなかったのはお前のせいだと未だに後ろ指を差される事もあるらしい、リーディングジョッキーの常連なのに。
「共同通信杯の時のヒガシノゲンブが理想だと思い、ダービー以降はずっと無理をして自分を見失っていたと思った。だからその時の姿にした方が長く走れるだろうし本馬にとっても幸せだと思った。しかし大阪杯のそれで自分の自惚れに気付き、天皇賞のそれで完全に自分が馬鹿だったと思い知りました……」
滝原さんはそうもこぼしている。
共同通信杯。皐月賞の前のレース。
その時は四番手から抜け出して悠々と勝利したと言う文字通りの王道のレース。だけど皐月賞ではそれと同じ事をやったはずなのに十三着。ユアアクトレスと言う現在では繫殖牝馬として名を上げ何度か交配した事のある同級生もその時の勝利で俺を好いてくれたけど、皐月賞の惨敗でフラれるような形になった。でもその後乗り換えるように接近したワンダープログラムはあのダービーでの鼻持ちならない言動以降ちっとも俺に勝てず、彼女はさげ女呼ばわりされてた。
で、さっきも言ったように今、その共同通信杯の事を語る人はほとんどいない。
でもそのほとんどいないそれこそごく普通の、「ありふれた名馬」の姿だったのかもしれない。その誰にも気づかれないそれこそが宝石であり、ヒガシノゲンブと言う存在が本来辿るべき道に見えたんだろう。
ワンダープログラムにも、その騎手であった滝原さんにも。
そしてその時の俺に執着して、二人して身を持ち崩しちまった。ダービーはともかくその後はやり方を変えれば一度や二度は勝てたかもしれねえしダメだとしても着差は詰まっていた。それなのに頑なにやり方を変えなかったのは自分たちが信じる「きちんとした」レースの姿を見せ付けて「俺の目を覚まさせたかった」からなんだろう。
そしてそんなワンダープログラムを変えたのはココロノダイチだ、そんな風に威張りくさっていた事に気付きもしなかったあいつをどうやって改心させたのかは知らねえけど見事にやってのけた。あいつはそれだけで名馬だ。
「オトナになって欲しかったんだろうな、ワンダープログラムは……」
力任せに、と言うか憎しみ任せにあんな乱暴に逃げて押し切るだなんてとてもオトナのするそれじゃない。逃げるにしてももう少しやり方ってのがあるし、まあ戸柱さんに戻った春の天皇賞の頃からはそれなりにそういう作法をも学ぼうとは思ったけど、宝塚記念はともかく、凱旋門賞ではもう他に勝つ術はないと戸柱さんに言われてダービーの時の様に乱暴に飛ばしそしてそのまま逃げ切り、そしてそれに伴う二度目の故障により、競走生活は終わった。
オトナである事と、逃げ馬である事は全く矛盾しない。
強引に、全てを叩きのめすような逃げで毎回勝てるんならば苦労なんかいらない。お前はそれをやっただろとか言われるが、あれはただワンダープログラムへの八つ当たりの産物だ。偉そうに上から目線で説教を垂れる奴にじゃあお前はそのオギョウギのよろしいやり方で勝てるのかよって言ってやりたかっただけだ。
だからあの時、勝てば勝つだけワンダープログラムに絡んだ。
お前の言うゴリッパなやり方を取らずとも俺は勝ってるんだって威張り散らしてやりたかった。ワンダープログラムはオトナらしく受け流したもんだからなおさら腹が立った。実際は受け流してたんじゃなくて焦燥に駆られてたんだろうけど、あいつは俺がフランスから帰って来るまで一言もんな事を言わなかった。そう、全てが終わるまでだ。
(でもその上で、お前の事は認められない。せめてもう少し長生きしてれば……)
もしワンダープログラムが長生きしていれば、例えリーディングサイアーを何回取ろうが言えた。
お前の勝ちだって。シャットダウンとかの存在に関係なく、言えた。
あいつは絶対認めないだろうけど、言えた。
結局、俺は「狂気の逃げ馬」でも「天下の英雄」でも何でもねえ。
俺、いやボクは、ただのお子ちゃまだっただけだ。




