第18R WANTED!
三か月ぶりに戻って来た、競馬場。
そして、今までに一度も走った事のない、競馬場。
「海外行かないのかよ」
「諸事情があってね」
カースブレイカーは相変わらずの悪態を付くが、僕もあるがままを言い返す。
ブリーダーズカップの出走登録のためには血統的な手続きとかいろいろあって早い場合は七月から始めなければならない。と言うか僕自身と同じぐらいお父さんの事も重要であり、ココロノダイチと言う存在をまず示さねばならないらしい。その手続きはやったらしいけど、先生はこの盛岡競馬場を選んだ。
僕自身海外にこだわりがあるかと言うとあまりないし、それ以上にドバイワールドカップの敗戦で自分の身の程を知る事もできた。
「今の僕はまだただのローカルチャンプだ。ワールドチャンプになるためにはまずこの国を抑えなきゃならない」
「才能を持った奴が努力を怠らねえと面倒くせえ事この上ねえ」
「努力できるのも才能だってアッパーグレードも言ってたけど」
「だから国際GⅠ馬様と一緒にするなっつーの」
「羽田盃もGⅠでしょ」
「おこぼれのな!」
「ああ聞いた事あるけどそれって僕だって頭来たからちょっと怒鳴った事があったよ、強い者は強いんだから」
確かにカースブレイカーが羽田盃を取ったのは僕が出なかったからに過ぎない—————とか言う与太話は去年のJBCクラシックに出た際に僕も聞いた事がある。その時僕はその馬にカースブレイカーを侮辱するのかって怒鳴ってやったけど、レースが終わった後だったからちょっと微妙かもしれない。
「王者様って奴は、我こそはって威張ってなきゃいけねえ。でないとそうでない連中はみんな潰れちまう。潰したいのか?ライバルを根こそぎ」
「まさか…とは…思わないとは言わないけど…」
「そのくせ根っこの性格までそれと来てる。潰さずに済むんならそうしたいけど勝負だから仕方がねえと割り切ろうとしてる。本当、欠点なんか何にもねえな。
でも言っとくけどさ、それだからこそお前を潰したいんだよ。俺のような同年代だけじゃねえ、年上も、年下も」
「年下?あ、そう言えばいたね」
そう、この南部杯には三歳馬もいる。ジャパンダートクラシックの2000mでは長い馬がこの「マイルチャンピオンシップ」南部杯に挑むと言う構図は十分あり得た。その馬は全日本二歳優駿と言うダート界の二歳王者決定戦を制覇するも羽田盃、東京ダービーと惨敗、距離適性のなさからジャパンダートクラシックを諦めこっちに回って来たと言う。
「いずれにせよ僕を倒すしかないと…」
「ダートなんて芝以上に新陳代謝の遅い世界、お前のような奴がいると同世代は本当迷惑だ。いや、同世代どころか上下の世代まで迷惑だ」
「白星の数は限られているから」
「白星の数だけじゃねえ、王者様がそんなだとみんな息が詰まるんだよ。絶対王者様が死屍累々の上に立つ光景を見たい奴はあまりいねえ。ましてやこちとらギャンブルに関わってんだぞ、ギャンブルに。今回もまた110円とか120円とかになるんだろうしそれに応えちまうんだろうけど、そんなもんつまらねえだろうが」
「つまらないと言われても」
つまらない。
実は何度も言われた事がある。
チャンピオンズカップぐらいから古馬でも構わずになぎ倒した僕の事を強くてカッコイイと言うよりまた勝ってしまったのかよと言う声が出だした。連軸には堅いから好きだけどファンとしては負けた馬たちを応援したいと言う声も聴いている。あのダブルブレードさえも横断幕がかかる程度には、僕が負かして来た馬たちの人気は低くない。もちろん僕の横断幕もあるけど、馬券の人気から比して見合っているとは思えない。
だがそれが悪いのか否か、僕は知らない。
「ああ、お前はそれでいい。俺らの内誰かがその顔を歪ませてくれた時、競馬はもっと盛り上がる……」
「僕だってこの競馬場とこのレースは初めてだ」
「何もかもを四歳にして手に入れようだなんて驕り高ぶるんじゃねえよ、今度こそ目に物見せてやるからな」
言いたい事だけを言っていなくなる。いつもの事だ。
僕の顔を歪ませる。
正々堂々と戦って、負けさせたいと言う事か。それはそれでいい。僕にとって敗北は、決して終焉でも何でもない。
実際僕は三回、いや四回も負けている。
スプリングステークスの時はお金も入ったし皐月賞にも出走できたし、皐月賞の時は僕なんかがクラシックを走っていいのかと感心もした。
しかしドバイワールドカップの時は自分の身の程を知ったし、かしわ記念の時は馬の悪意の深さも知った。スプリングステークスや皐月賞の時のような負けてもいいやとか言う甘えた気持ちはなく、単純に自分の不甲斐なさに腹が立った。それを前走の帝王賞一戦だけで晴らせたとは思わない。だから、今回も勝たねばならない。
(…?)
だってのに正直、脚がやや重い。三ヶ月以上休んだはずなのに、なぜか右前脚の方に変な感覚がある。違和感とか言うのとは違う、何かがくっついている。
「どうしたんだ?」
「ああいえ、あ、すぐ気づきました!」
そして調教助手さんに言われるまでもなく、その正体を見抜いた。
僕と一緒に走る十五頭すべてが、この脚を狙っている。嫌な意味だとは思いたくないけど、四本の脚から繰り出される速度を競うのが競馬だ。もし同じ脚が自分にもあったらとか考えるのはそれほど不思議な事でもない。もちろん脚だけでなく胴も首も内臓も不可欠だが、それでもどうしても目立つのは脚だった。
逃げ脚、剛脚、追い込みの脚、不安定と言う意味でのガラスの脚。
レース中どう振る舞うかの通称だって「脚質」。
いかに優秀な脚を持つ存在を選ぶかがサラブレッドの役目。
(顔よりも重要な物が脚……)
僕も負けじと他の馬の脚に目をやる。細い太い、長い短い、脚の出方が前か後ろか、それとついでにいわゆるストライド走法かピッチ走法か。もちろん「脚質」のチェックも後でやる。
そんな事を考えながら僕は引かれる。次なる戦いに向けて。
一戦一戦、負ける事など考えない。そのつもりだ。
「付ける薬がないとはこの事だな」
そこに割り込んで来る不愉快な雑音。
あ、また来たのかダブルブレードとかって奴は……。




