第16R アンチたち
GⅠ七勝目。
これで、お父さんに並ぶまであと一歩。
しかもお父さんは八歳一杯までかけて達成したのに対し、僕はまだ四歳半ば。
「六年も現役を続けることはできないだろうしその気もないけど…」
お父さんを越えると言うのが、与太話でも何でもなくなっている。これからも出るレース出るレース勝ちまくり、白星を積み重ねる。それが僕の役目だ。
「でも重賞はまだ八勝だぞ」
「わかってる。僕はもっともっと進む」
「お前、自分が何回走ったか忘れてるのか」
お父さんはGⅢ二勝を含め重賞十勝、僕は八勝。その点ではまだお父さんは遠い。
そして、お父さんには絶対に勝てそうにない事がある。
五十一戦。
お父さんは二歳の夏から引退レースとなった八歳のチャンピオンズカップまでそれだけの数を走り抜いた。
100㎞とまでは行かないにせよそれだけの距離を戦う事など、僕にはおそらくできない。まだ僕は十四戦、距離は24㎞ぐらい。
「100㎞走るってのはどんな気持ちなんだろう」
「100㎞走った馬にしかわからねえよ。って言うか地方競馬じゃそんなに珍しくもねえぞ、仮に1200mでも八十四回走れば100㎞だ。五十一戦も走った超一流馬って時点でお前の親父は殿堂入りしていいレベルなのによ」
「あと三十七回も走れるかなぁ…」
「あのなー」
ヒガシノゲンブは十戦、23㎞少々。
走った距離の長さで馬の価値が決まる訳でもないとは言え、僕にはとても100㎞を走るだなんて真似はできない。もちろん中央競馬と地方競馬でお金は違って来るけどそれでも戦い続ける事は素晴らしい事だ。
素晴らしい事、のはずなのに。アッパーグレードはまた深々とため息を吐いた。
「お前は本当、お子ちゃまっつーかおぼっちゃまだよな。前にも言ったけど俺のがよっぽどおぼっちゃんのはずなのによ。お前は負けてムカついた事とかないのか」
「この前のかしわ記念は最大級に腹が立ったよ。自分の勝利より相手の敗北を優先させる馬がいるだなんて知らなかったし、それ以上にそんな存在を知らなかった僕の無知とそれによる動揺に腹が立った」
「自分で何言ってるのかわからないのか」
「あんな歪んだ存在がいるだなんて僕も知らなかった。どうにかして目を覚まさせてあげたいけど無理かな」
「少なくともお前には無理だ。お互いの目的が真反対である以上どっちも喜べるシナリオなんて存在しねえんだよ、わかるだろ」
「うん」
受け入れる事は出来ないけど、理解は出来てしまう。あの馬は僕を自分の思う通りにしたがっている。そして僕もあの馬を思い通りにしたがっている。これはもう勝ち馬が一頭しかいない競馬のレースとびた一文違わない戦いじゃないか。そしてこの戦いに勝つ方法を僕は知らないし、アッパーグレードもシャットダウンも多分知らない。
「あのさ…お前って運はいい方だと思う」
「めちゃくちゃいいんじゃないかな、でなきゃこんなに勝てないだろうし」
「そうだよ。GⅠとか言わねえ、GⅢどころかオープン馬になれる存在は全て運がいい。実力だけじゃなく、騎手の人の腕とか、コースとか、馬場とか、天気とか、対戦相手とか、展開とか、そんなのが全部合わさって勝ち馬ってのは決まる。実力がねえのに勝っちまったとか言われる奴もいるだろうけど、それ以外の要素が実力のなさを覆い隠して余り有ったんだろうよ」
「でも運を上げる方法って何」
「それだよ、運とか才能とか、いくら努力しても得られねえもんをお前は持ってる。才能を開花させるとか言うけどまず開花する才能がなきゃ始まらねえ。努力してないなりに才能を磨いた奴も山と居るが、才能が全てじゃねえように努力も絶対の切り札じゃねえ。お前は才能を持った上で努力を重ねてとんでもねえ花を咲かせてる、っつーか努力できるのも才能かもしれねえな」
「つまり…」
「ああ、お前はあまりにも多くのもんを持ち過ぎて、嫉妬されてるんだよ。
ついでに言えばお前は性格まで持ってる。その上に山本さんって言うこの上なく相性のいい騎手に、浅野先生って言う親父さんの面倒を見た調教師、さらに親父さんの親友だった二頭の名馬の息子であるシャットダウンと俺。
そして自分で言うのも何だが二頭してGⅠを勝つぐらいには優秀…ああ、自分で言ってて本当うらやましい事この上ねえぜ」
————————————————————嫉妬。
僕は嫉妬されていたと言うのか。
嫉妬していたから、あんな事をしてしまったと言うのか。
「でもさ、嫉妬ってそんなに悪い事なの?」
「悪いよ。あいつには負けねえぞって前向きな形で闘志を燃やせるってのはくどいけどそれだけで才能だ。ましてやお前の場合もう一回言うけど実力が圧倒的な差である以上に他にいろいろ持ち過ぎてる。お前が芝のレースを勝った俺に嫉妬できるようにな」
そして粗探しと言う訳でもないだろうけど、嫉妬と言うか憎しみを持つ事が出来る要素は一つではない。確かに僕は芝のレースでは二戦二敗だし芝のレースを勝てるって事は羨ましいとは思う。けど羨んだ所で何か意味があるんだろうか。
「完全無欠ほど素晴らしいと同時に、素晴らしくねえ物もない。シャットダウンだって馬たちの間じゃそれほど人気がねえって話も前したか?」
「ごめん、覚えてない」
「あいつは知っての通りめちゃくちゃストイックで自分に厳しかった、そのおかげで牝馬にはモテモテだったけどそれが牡馬の嫉妬を買い、しかもあいつはその手の事に関心を持たないタイプだ。その上に勝ち逃げそのもの形でいなくなったからな、そりゃ人気出ねえよ。ああ、お前は同類項だからな」
「同類項…」
シャットダウンと、同類項。
名誉だと思いたいけど、たぶん蔑称。
一体何が悪いんだろうか。
「アッパーグレード…」
「ただお前みたいになりたい奴はいても、お前のアンチになりたい奴はいねえ。でもそのことが分かってるはずなのにアンチをやめられねえ奴は多い…その事を忘れんじゃねえぞ」
「わかったよ」
なりたくないはずなのになってしまう。そしてそこから抜け出せない。それがなぜ起きるのか、なぜそうなってしまうのか。
まったく、本当につらい話だ。




