第15R 「黙れよ」
ゲートが開いた。
予想通り、アイムキングスさんが仕掛けた。
そしていきなり、お尻に鞭が入る。
『今日はココロノソニック、前でレースです』
逃げるのはそれほど嫌いじゃない。少なくとも妨害される事がない。マイペースでレースを築き上げ場を支配できる。
もちろん先頭に立ち続ける事が出来るか否かは別問題だ。
『アイムキングスもココロノソニックに負けじと飛ばす!』
これしか方法がないと言う事か、張り合うようにスタートから飛ばして来る。
付き合うか、否か。
僕の答えはすぐに出た。
『おっとココロノソニックもこれに付き合う!早くも前二頭が三馬身、四馬身と開いて行く!』
山本さんの、仰せのままに。
後続を二頭して突き放す。
「おい本気か」
「ええ」
アイムキングスさんは少し動揺したっぽいけど、それもまたこっちには好都合だ。言っとくが決して汚い手を使ってはいない。向こうがこっちは前に来ないだろうと思い込んでいたと言うだけの事。その可能性を考えなかったのをバカとか言う気はないけど、もし少しでも邪心があるって言うんならそんな物は通じないって教えなきゃいけない。長幼の序?そんなの関係ない。僕はれっきとしたGⅠ六勝馬だ、シャットダウンでさえ四勝だ。
もちろんこんなもんでへたれる事はないよなと視線をやる。だがこちらの視線になど構う事なくアイムキングスさんはさらに飛ばしにかかる。僕は山本さんの指示に従い付いて行く。
最初の800mで五馬身は引き離しただろうか。大井競馬場の直線は短くはないが、それでも覆すのは平易ではない差。誰かが動いて来るだろう。
あ、やっぱり来た。番号からすると…あのオッサンじゃないか。
「ボクには、キミをしつける義務がある」
真顔でそんな事を言うだなんて、一体何のつもりだか。もし僕がしつけられるような真似をしていたとしても、あんなラフプレーにもほどがあるやり方でどうにか出来ると思っているんなら本気で頭がおかしい。
無言を決め込んでいると足音がどんどん高くなって来る。まさかまたぶつかりに来るとでも言うのか。
「オイコラ、真っすぐ走れ!」
「言い聞かせてやらねばならないのですよ、思い上がった坊やに!」
「こっちがそっちに言い聞かせようとしているんだ!まったくココロノソニックの事になるとどうしてこうなるんだ!」
「無責任でいろと言うのですか!全だmq.ku,nykrq6hjn2u!」
そんな驕り高ぶった真似が出来る訳もない。騎手さんに必死に手綱を引かれ暴れ出し、もう何を言っているのか分からない。本当、語るに落ちるとはこの事だ。
僕が完全に無視を決め込むと、隣のアイムキングスさんの脚が怪しくなって来た。それと共に山本さんの手綱も軽くなり、僕もペースを落とす。
このまま並走で直線に入っても僕はまだ余裕あり、崩れてくれるのならばそれで良し。もしもう一回と言うならそれこそ山本さんに任せるまで。
「ヘイヘイヘーイ!」
…とか考える間もなく、また入り込んで来る雑音。
今度はカースブレイカーだ。
「相変わらず澄ました野郎だな、ダートばっか走ってるくせにそんな奇麗な顔をしてるから汚したくなっちまうんだよ!」
「僕の成績を汚したければ僕より前でゴールしろ」
「かぁーっいちいち堅苦しいヒーローサマだ事!ヒガシノゲンブやワンダープログラムがシャットダウンと違って人気だった理由も知らねえでいい気なもんだ!」
「黙れよ」
何が言いたいのやらとんとわからない。人気がだって?そんな物は馬券の支持率を見れば明白じゃないか。もしかしてキャラクターグッズとかの事を言いたいのかもしれないけど、それが出来るのはまずGⅠを勝つ方が先じゃないだろうか。完全に事が後先だ。
「だからお前は駄目だって」
「黙れよ」
大事なことなので二回言ってやった。
本当ならこんな事などしたくない、レースをしたい。それなのになぜこんな事に付き合わなければならないのか、本当にレベルの低さに呆れる。付き合う方も付き合う方だが、それこそ何べんでも負かし続けてやらなければいけない。
ああ、先頭に立ってた。アイムキングスさんはまだ遠く離れてはいないがあまり余力を感じない。その後ろの連中はもう知らない。元々の格の違いってのがここにはある。見せ付けてやらねばならない。
最終コーナーだ。何でも回って来た走り慣れた空間。誰かが一気に来ている様子はない。それなら山本さんの手が動くからだ。
直線だ。山本さんの手が動いた。一気に引き離す。
そのつもりだったのに、なぜか差が広がらない馬がいる。
「あー…やっぱり、な…」
声の主がすぐにわかった。
ネヴァーロストさんだ。
道中はスタートから逃げていた僕より七馬身は後ろにおり、他の馬が落ちた結果二番手まで順番が上がって来ただけの—————。
そして山本さんの手は止まらない。どうせ帝王賞の後は当分レースもなく休みになるのだから全力を出せと言う事か。その期待に応えない意味はない。
他の全ての馬を黙らせ、圧倒的な力を見せ付けるため。
決して邪なやり方で、正しいやり方を破る事など出来ないと言う事を。
僕は、誰よりも早くゴール版を駆け抜けてやった。
最後まで、気を抜く事もなく。
結果、六馬身差。
これでわかっただろ?
何をやっても無駄だって。
僕を負かしたければ正々堂々と来い。
歓声が轟く。真っ当な手段で勝ち得てこそ素晴らしく響く。
『やっぱり、やっぱり!ココロノソニック!その強さに陰りなし!』
この国の馬が弱いとは思わないけど、仮に僕がいわゆるローカルチャンプに過ぎないとしても、それすら倒せない存在が世界で戦えるとは思えない。
「…………………………………………」
その事を今こうしてはっきりと示してやったはずなのに、他の馬たちの目から敵意が消える事はない。
いったい何のつもりなんだろう。
もちろん次こそは勝つって言うのはわかるけど、それならそれで他にする事があるだろう。
本当、訳が分からない。




