第14R 四人の僕が僕を襲う
十四頭立て、三枠六番。後入れの偶数枠の上に内枠。
「前走は明らかに不利。ここも順当なら楽勝」
「乱ペースでも力の差で覆せる」
「不安があるとすれば前走で見せたカッとなる一面だけ」
新聞評もこんなのばかり。単勝オッズも1.0倍でこそないにせよ1.3倍。今度こそ絶対に応えなければいけない。
「山本さんの言う事を聞かなかったから負けたんです」
「頼もしい言葉だね、でも油断大敵だよ」
たった一つの敗因を取り除くため、僕は気持ちを落ち着ける。十三頭の存在など気にする必要はない。そうだ、そういう事だ。
と言いたいがそれはそれで落ち着けない。新馬戦の時から他の馬のデータを自分なりに分析して来たのが僕のスタイルであり、今回もまたあの四頭以外の他の馬を探していた。
ココロノソニック 1.3倍
ネヴァーロスト 9.6倍
アイムキングス 18.2倍
ダブルブレード 23.1倍
カースブレイカー 30.2倍
マジカルラナウェイ 90.1倍
以下 100倍以上
…ま、いなかったんだけど。
「今回もココロノソニック包囲網なんて」
「敷かれるだろうね。でもキミならやれるだろ?」
「全ては山本さんに任せます」
「わかったよ」
それが勝つための一番の近道ならばためらう意味もない。勝つための、道ならば。
「薬が弱すぎたか?」
「……」
パドックに出て来るや否や、いの一番にこんな事を言い出すオッサン。これが上位人気馬の言い草かと思うと情けない。と言うかまったく真剣な目付きでそんな事を言えるなんて、どんな感覚をしてるんだろう。レースが終わったらアッパーグレードやボンバーエンド、浅野先生に相談してみよう。
「ダメっすよ、まだまだわからせないと。大海原に泥水一滴垂らしてもすぐ消えますよ」
「大海原じゃなくて蒸留水だろ。シャットダウンの親友気取りとか言うけどあの性格じゃなきゃ務まらないだろうな」
「そうっすね、あんな三冠を取るような怖い馬と一緒なんて息が詰まりますよ」
したらカースブレイカーまで乗っかって、シャットダウンの批判までして来る。三冠馬が怖いだって?あんな真面目で頼もしい存在はいないじゃないか。確かに他の馬からすれば自分たちの勝ち星を奪う厄介な存在だが、ダート路線を進んでいる以上ほぼ関係ないはずだ、ドバイワールドカップとかじゃあるまいし
「しかしやっぱアイムキングスさんが一枠一番である以上」
「逃げるだろうね。かつて東関東二冠を取った時の様に」
「最近はちとひるんでたって言うか日和ってたって言うか、まだ若いはずなのに無駄に打ちのめされてたとか、ああじゃなきゃアイムキングスさんじゃないんすよね」
で、アイムキングスさん。
その馬が本当は逃げ馬であり僕が対峙した時には逃げをやめて先行馬になってたけど、確かに羽田盃と東京ダービーを勝っていた時は逃げ馬だった。
でもその二冠の後は全然勝てず四歳の時に日本テレビ盃を取ってから三番手ぐらいを走る先行に切り替えたけど、それで着順こそ上がったけど勝ち鞍があった訳でもない。二着とシンガリではどっちがいいかって問題の答えは言うまでもないしいい着順が取れるんなら脚質なんぞ何でもいい、ただフェアな手段を取ってくれればそれでいい。
ただおそらく、前走と同じ様な逃げ方をして来る。
強引で、乱暴で、止まるなら止まれと言わんばかりの逃げ方。
でもあんなめちゃくちゃなはずの逃げ方なのに、三着に残れた。それがアイムキングスさんの実力であり、普通ならばもっと手ごわくなるはずだ。もちろんアイムキングスさん一頭だけを警戒するわけには行かないし、僕にとっては山本さんの指示の方が大事だ。カースブレイカーが付き合うのか否かは知らないけど、あれでアイムキングスさんとクビ差の四着だからやって来る可能性はある。
止まれの合図がかかる。山本さんが背中に乗り、57キログラムの重みが加わる。いつもの事だけど、いよいよレースが近いなって感じられる。帝王賞に限らずGⅠってのは定量戦だからみんな重量は同じだけど、違うなと感じる事もあるしそうでない事もある。そして今回は前者…
(いや何考えてるんだ、みんな同じだろ!)
いやそんな事はない、後者だ、みんな同じだ!
何より、大井競馬場はともかく帝王賞と言うレースは初めてじゃないか!
ここに王者なんていない、みんなが挑戦者だ。
僕がディフェンディングチャンピオンズカップでいられるのはJBCクラシックから。そんな特権を生かさなくてどうする。
「……………………」
そんな我ながら随分と図々しい特権を生かそうとした僕に、視線は容赦なく飛んで来る。
不愉快ではない。
馬たちの中にはカースブレイカーたちのように敵意だけでなく、純粋にライバルとして戦う気である馬もいるかもしれない。あるいは僕に憧れを抱いてくれている馬もいるかもしれないってのはうぬぼれだけど、少なくとも敬意を払ってくれている馬はいると信じたい。
人間の皆さんだって同じだ、純粋にレースを間近で見たいだけの人もいれば大金を賭けている人もいる。僕に賭けている人もいれば、賭けていない人もいる。みんなには、みんなの立場がある。
パドックを出る。
人の視線はごくわずかになり、馬の視線が強くなる。
敵意、敵意、敵意。
絶対に、お前だけには勝たせない。
いや、俺が勝つ。
当然と言えば当然の視線が飛んで来る。
まさか僕が勝たなければそれでいいとか考えているような奴など、ここにはいない。いちゃいけない。
「相変わらず澄ました顔だな、今日ここで吹っ飛ばしてやるからな」
相変わらず口の減らない奴。
無言のまま睨んで来る馬。
自分こそココロノソニックを正せると思い込んでいる奴。
迷いを吹っ切ろうとしている馬。
もちろん他にも視線はある。けど彼らと戦うと言う事。
それが僕の役目。
迷いを吹っ切り、前回の無念を晴らし、自分こそが正しいとか言うこの場において一番邪魔な概念から離れ、無駄な事を言わずに戦う。
それこそが僕が今、なすべき事だ。




