第11R 「ソウヨウアイドル」と「ユアアクトレス」と「フェルスラヴァー」
ここに来て前作の登場馬たちの登場です(名前だけ)。
「馬の耳に念仏って本当だな、俺らが言うのも何だが」
「だって他に敗因が思い付かないから、あともう一つ僕が単純に遅かったから」
「それはうぬぼれじゃなきゃ何だ」
うぬぼれ。
確かにうぬぼれだ。
妨害行為に腹を立てて頭に来て山本さんの言う事を聞かずにめちゃくちゃな走りをしたから負けた。それ以外の敗因が思い付かない。それでなきゃ僕がただ単に遅いだけだ。
「ってかはっきり言われたんだろ、自分が勝つ事よりお前が負ける事が嬉しいって」
「変な馬たちだよ」
「俺に何を言わす気だ、世間的に見れば俺はおぼっちゃんなんだぞ。どっちかっていうとお前のがそういうのは詳しいはずなんだが」
「おぼっちゃん?」
「だからよ、お前はあまりにも性格が良すぎるんだよ。みんながみんなまともなやり方をして、まともな目標を持ってるとかって考えは優等生様のそれなんだよ」
おぼっちゃんに優等生。
大牧場育ちのアッパーグレードから出て来るとは思わなかった、おそらくあまりいい意味じゃない言葉。
「いいか、恨みつらみねたみひがみなんて誰にもあるんだよ。GⅠだからあるんじゃねえ、どこにもある。未勝利戦でもある、1勝クラスでもある」
「僕が勝てたはずなのに、展開が悪かったとか、馬場が悪かったとか、こんな事言うのはなんだけど騎手さんの腕が悪かったとか」
「その言葉は全部自分の責任だろうが!」
「でも人のせいにするのって正直」
「一将功なりて万骨枯る…ヒガシノゲンブもココロノダイチもワンダープログラムも、多くの馬を負かしてスーパースターになった。その負かされた存在が素直に相手を崇める事が出来るか?あ、僕は出来るけどってのはなしな」
「………………………………」
何も言い返せない、と言うか何も反応する気にならない。すごい馬だったんだなとか最初から僕とは世界が違うんだなってあきらめてそれで終わっていた気がする。
「あ、昔も僕はあの○○と一緒にやってたんだぜとか自慢話の種にするぐらいなら」
「だからそれはなしだって言ってるんだよ」
「じゃ何て言えばいいの!」
「自分で考えろ!」
「自分で考えたよ!」
「じゃあ言ってやるよ、お前の親父は人間たちにはともかくここの馬たちにはあんまり好かれてなかったんだぞ」
「え?」
お父さんがあまり浅野厩舎所属の馬に好感を持たれていなかった。
その事は知らなかった。
と言うか興味がなかった。
「話によればさ、だんだんと言葉少なになって自分への厳しさを隠さなくなったって」
「いいと思うけど」
「鉄の馬ってのは単純な誉め言葉じゃねえんだよ。ヒガシノゲンブは破天荒だったしワンダープログラムはそんなヒガシノゲンブに勝てねえナンバーツーが脱皮した姿としてめっちゃ人気があった、と同時に隙もあった。お前の親父にはそれがなかったんだよ」
「それって」
「ああ、だからヒガシノゲンブやワンダープログラムのような超一流には好かれてもそうでない存在には近寄りがたい怖い馬でしかなかった。後輩の牝馬も辛らつな言葉で潰れたとか聞くぜ」
「お前なんかとっとと引退しちまえって言われたとか」
「ちげえよ、せっかく重賞勝って自信を持ったとこに浮かれんじゃねえって言っただけだ、ただ鋭い眼光でな」
「…」
「そのフェルスラヴァーさんって馬の息子が、カースブレイカーなんだよ」
意味が分からない。
お父さんのせいで勝てなくなったらしい牝馬の息子が、わざわざ僕の事を恨んでこんな真似を仕掛けたって言うのか。確かに気持ちが分からないではないけど、そんな調子でやってたらそれこそ負の連鎖の塊じゃないか。
「お前今、カースブレイカーの事を心底から見下してるだろ」
「もしカースブレイカーがあのかしわ記念の仕掛馬だって言うのならね」
「聞いた話だから当てにはならねえが、少なくともネヴァーロストさんは無罪だ。あとの三頭の話に乗っかっちまったのは間違いねえだろうが、それでも勝たせてもいいと思われたのは間違いねえ。
お前、アイムノットハムって名前を忘れたとか言わねえよな」
「スプリングステークスで戦った…」
「あいつはアイムキングスさんの二つ下の弟だ、そんでダブルブレードさんの親父はここに所属してGⅠを取った事のあるソウヨウアイドルだ。そのソウヨウアイドルも元々お前の親父が可愛がってた後輩だけどだんだんと変わってく親父さんから離れて行ったらしい」
カースブレイカー、アイムキングスさん、ダブルブレード。
その三頭全てが、この浅野厩舎の所属馬の子どもであり、僕のお父さんに対しプラスの感情を抱いていなかったと言うのか。
「哀しいね」
「お前、あと何年現役をやる気だ?」
「わからない、お父さんと同じまではやりたいけど」
素直な気持ちを言うと共に、ついさっきまで赤みを帯びていたアッパーグレードの顔が急に元の色に戻って行く。
だってそんな悪い所ばかり背負って生きるだなんてみっともないし情けないし他にもいろいろな可能性があるはずなのに無駄にしてもったいないじゃないか。
「俺が先に引退したらどうする気だお前」
「GⅠ勝ってるし種牡馬になってヒガシノゲンブさんの後を継ぐんでしょ、応援するよ」
「だからお前自身はどうなるのかって話だよ」
「その時になってみないと分からないよ」
素直な気持ちを口にすればするだけ、アッパーグレードは遠い目になって行く。これが古馬になって行くって事なのか、自分のためだけに走ろうだなんて勝手なお子ちゃまの特権であり時間切れだって言うのか。
その本当の古馬としての走りってのが何なのか。お父さんも…ああお父さんにも苦悩していた時期がある。でもそれは戦績を見る限りデビューから初勝利までって言うより五歳時のフェブラリーステークスの次のマーチステークスからシリウスステークスの間、せいぜい東京大賞典ぐらいまでのはず。既に古馬になって久しいはずだし、その結果が「鉄の馬」である以上どうしろって言うのか。
「……」
そんな事実を踏まえた上で答えたはずなのに、アッパーグレードはそっけなく去って行く。
いったい、何がいけないんだろうか。




