第10R 責任の多寡
「何のつもりですか!」
「キミは自分がどういう存在か考えた事があるのか!」
「僕は馬です!サラブレッドです!」
「そうやって声を荒げもしない姿がどう映るか分からない、その意味が分からないとでも言うのか!」
ダブルブレードさんは僕が僕なりに野太い声で不誠実なやり方を責めたのに対し、逆ギレとしか言いようのない言い草で自分の反則行為と覆い隠しに来る。フェブラリーステークスの時も僕の驕りうんぬん言ってたけど、その驕りを正すためにって言うんならこんな手を使ってもいいのか。
わかりませんけどとか言う気すらなくなった僕が勝手にやってて下さいとばかりに前へと進もうとすると、ダブルブレードさんまで追いかけて来る。しかもずっと変わらずぶつかって来てまともに走れない。睨んでやっても全くひるむことなく、むしろ余計に強い眼力で睨み返して来る。
「山本さん!」
「何なのかわからない…」
山本さんやダブルブレードさんの騎手さんさえもわからないダブルブレードさんの突然の、と言うかアイムキングスさんやカースブレイカーに似た暴走行為。晴天のはずなのに誰にも予測できないような暴風雨が荒れ狂っている。
「ああもう!」
少しだけ見えた緩んだダブルブレードさん、いやもうダブルブレードで十分だの口元。
まるでもう自分がやるべき事は終わったと言わんばかりの一仕事終えた時の顔。
何のつもりだ、馬にとって一番にゴールインする事以上に優れた仕事がどこにあるって言うんだ。
しかもその顔に意地悪な処は全くなく、どちらかというと年長者として若い者に教えてやったと言うポジティブな方向の満足感に満ちている。
何様のつもりだ!
こんなアンフェアな方法でしか分からない事があるって言うんなら分からない方がずっとましだ!しかもダブルブレード自身にとって一生モノの烙印を押されると言うのになぜそこまですると言うのか!
もう付き合っていられるか!
「山本さん!!」
「まだもう少し…」
「じゃあなんでこんな事になるのか教えてくださいよ!」
「わからない…」
「こんなのと一緒に走れませんよ!」
「でも」
「でもも何もありますかっ!」
山本さんの指示を無視してスピードを上げてやった。
何のつもりか知らないけど最初からかっ飛ばして案の定ペースが落ちて来た前の二頭めがけて一気に追ってやる。当然ダブルブレードも突き放してやった。だってのにそれでもちっとも歪んでいない笑顔を崩さない。どうしたらあんな顔が出来るのか、こんなにもはらわたが煮えくり返ったのは生まれて初めてだ。
残り400、コーナー一歩手前で並んだ。でも意外と二頭とも粘りそうだ。面倒くさい事この上ない、一気に引っこ抜いてやる。
「この!」
しかし前が落ちない。あんなに飛ばしたはずなのになぜだ。フェブラリーステークスの時はこんなに強くなかったはずなのに。
強引にまたギアを上げてやる。それこそ全速力も全速力で。
そのおかげでようやく先頭に立てた。
しかしもう残り200?
でもいい、このまま先頭でゴールインすればすべて解決だ。このまま一気に突き放してやる……!
「あ……」
そのはずだった僕の口から出た、間抜けな一文字。
僕の遥か外を駆け抜けて行く、一頭のサラブレッド。
その一頭を見送るアイムキングスさんとカースブレイカーの、さっきのダブルブレードのそれに似た笑顔。
「あああ!」
抜かれる訳に行くかと思い歯を食いしばろうにも相手が速すぎる。こんな足を使える馬がいたと言うのか、と言う所まで来て気が付いた。
違う、これは僕が疲労していて遅くなっているだけだ!
本来ならば勝てる相手なのにその力が残っていないんだ!
なんてことだ…なんてことだ………!
——————加害馬であり八着入線したダブルブレードが被害馬・ココロノソニックに先着していない以上、着順の変更は行われない——————————。
知ってた。
よく知ってた。
でもその結果、一着を取る事が出来なかった。
「……それでいいのかと何度も聞いた。でもいいと言われた。言い訳をする気はない」
「敗因は分かってますよ、山本さんの言う事を聞かなかったからだって」
ネヴァーロストさんに、笑顔はない。
あの三頭に、今回の計画を持ち掛けられたと言う。自分が勝ってしまってもいいのかと言ったら一向に構わないと言われたと。
「ただ残念ながらと言うべきか、正直嬉しいんだよ」
「嬉しい」
「とにもかくにもGⅠレースを取った事には間違いない。
それに何より、ココロノソニックと言う存在に勝てた事が嬉しいんだ。こんな形でもね」
「………………」
僕に勝つ事が嬉しい。
それってなんとなく本末転倒じゃないだろうか。
実際、皐月賞で僕より先着した四頭の内シャットダウンとアッパーグレードはいいとしても三着馬は日本ダービー・セントライト記念・菊花賞と二ケタ着順に沈みその後GⅡ・GⅢでも掲示板にすら載れない着順続き。四着馬はダービーを諦めマイル路線に進んだけど重賞では全然歯が立たずオープン特別をつい最近やっと勝ったのが目一杯。もちろんまだ四歳だからいろいろ可能性はあるだろうけど、僕に勝つ事と栄光を掴む事は別問題のはずだ。
そして、僕を負かす事はもっと別問題のはずだ。
「ダブルブレードは」
「六日間(実質三週間)騎乗停止、罰金十万円、おそらく帝王賞もアウト。GⅠ馬が一戦で札付きに転落だよ」
「それなのになんであんなにヘラヘラしてられるんでしょうね」
「アイムキングスさんとカースブレイカーの顔を見た方がいい」
—————アイムキングスさんとカースブレイカー—————結局最後まで粘り三、四着を分け合ったは面白くなさそうにしていた。それでもネヴァーロストさんではなく僕の方を見ては楽しそうに笑い、満足そうに息を吐く。
僕に先着も出来なかったのに、何なんだろう一体。
「でも実際山本さんには本当申し訳ないとしか言えなくて」
「もう一回言っておくが私も他の三頭と同じくキミの敗北を喜んでいる。忘れないでもらいたい」
僕の敗北を喜ぶ…か…。
僕の敗北により多くの人の馬券が紙くずになった。
その悔しさをかみしめ、次こそは勝つ。
他に何が出来ると言うのか。




