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分裂する意思(責任の取り方Ⅱ)~ココロノソニック号物語~  作者: ウィザード・T
第一部 たくさんの意思(二、三歳)

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第4R シャットダウンとアッパーグレード

「あーあ……」


 ゴール板を通過すると同時に、そんな声が聞こえて来た。

 真上からではない、真横からだ。


 僕だって、一番でゴールできるとは思わなかった。

 駄目で元々とか言う気もなかった。


「枠順がいいからじゃねえか」

 そんな風に毒付かれたけど気にならない。

 実際僕だってそう思うから。

 一枠一番なんて言う大当たりを引いた運の良さのおかげ。

 でなければ、ソエで二ヶ月も休んでいたのに勝てる訳もない。




「お前な、もう少し…」

「何なの」


 とにかくヒヤシンスステークスを勝った僕に対し、アッパーグレードは相変わらず冷淡だった。

 確かに三連続で内枠を引くなんてラッキーがなければ、こんな結果はない。それこそ一生モノの運を使い尽くしたかもしれないと言える。


 その点、アッパーグレードは違う。


「見てたけどさ、素晴らしいレースじゃないか。中団に構えて残り400からサッと抜け出してさ、そのまま押し切るなんて」


 僕がソエで休んでいる間に、アッパーグレードは素晴らしい結果を出した。

 まず去年の内に第二戦の未勝利戦を勝ち、先々週の共同通信杯でも一番でゴールした。重賞を勝つって事自体百頭に一頭の話でありこの時点で僕よりも上だ。

「ああごめんなさい、アッパーグレードはさすがですね」

「そうじゃねえんだよ、そうじゃ……」

「え?敬語とかの問題じゃない?」

「もういいよ」

 で、結局アッパーグレードは付き合ってられないとばかりに行ってしまった。何が悪いんだろうか。



「シャットダウン」

「どうした」


 僕はシャットダウンに話しかけた。

 愛想はアッパーグレードと同じくあまり良くないけど暇だから聞いてやるかと言う空気を出しているシャットダウンならば僕の悩みもわかると思ったからだ。


「アッパーグレードはどうしたの」

「勝って兜の緒を締めよと言う。お互いその事を忘れてはいけない」

「シャットダウンも凄いよね、決して浮かれ上がらないでさ」

「幸運だっただけだ」


 シャットダウンもまた、重賞を勝った。

 三歳になったばかりのお正月の週にデビュー勝ちしてその次のきさらぎ賞を制覇。

 アッパーグレードと同じく重賞勝ち馬になった。


 やっぱり、僕と同じようにラッキーだったからなんだろうか。いや、レースを見る限り僕のもちのき賞と同じように中団できっちり構え前が空いた所を素早く動き、後続を振り切ると言う王道の勝利。しかもそれをオレンジの帽子を被った滝原さんを乗せながら十四頭もの相手を前にやったんだからすごい。僕は三回とも十一頭以下でしかレースをやっていないのに。


「まあな、勝って兜の緒を締めよをは俺たちだけじゃなく誰にでも当てはまる。お前もだ」

「そうだね、次どこになるかまだ聞いてないけど」

「だからこそ、アッパーグレードはイラついてるんだろう」

「え?」

「お前はそれを破りそうだからな」



 僕がそんな昔から続く真理を、破ろうとしている?

 シャットダウンの口から出たとは思えない素っ頓狂な言葉に、僕は口を大きく開けた。


「どうしてだよ」

「お前、本当はもう少しかかるはずだったんだ」

「先生からもここはクラス慣れで次のレースが狙い目かなって、思ったより回復が早かったけどそれなりに痛かったし」

「でもお前は回復した。ノーザンスザクさんも焦っちゃ駄目よって言って厩舎を去ったし、お前もそのつもりだったんだろう」

「三ヶ月ぐらいかかるかなって思ってた」


 でも年明けぐらいには痛みもなくなり、普通に調教できるようになり、何とかヒヤシンスステークスに間に合った。けど、ただでさえケガ明けの上にヒヤシンスステークスは東京。直線が長い上に今まで走った事のない左回り、そしてスタートしてから少しの間本気で走った事のない芝コース。内枠だったから芝は少なかったけど、どうしても芝よりダートの方が時間がかかる。

 例えばヒヤシンスステークスと同じ東京競馬場の純粋な芝マイル戦の東京新聞杯ってレースと、ヒヤシンスステークスと全く同じダートマイル戦だけど古馬の走る武蔵野ステークスってレースでは、平均して2秒ほど東京新聞杯の方が早い。2秒ってのはそれこそ十馬身近い差であり、文字通りの大差だ。

 

 でもそれを、僕は勝ってしまった。


「アッパーグレードは俺と同じ牧場の出身で、昔からの幼馴染だ」

「幼馴染…」

「俺とあいつは今時珍しい仲だとか言われてる。お前は…」

「僕はセリで1700万円だって」

「それが普通だ」

 僕ら競走馬は一歳の段階でセリ市にかけられ、それなりの値段で欲しい人に引き取られて行く。中には2億3億とか言うとんでもない馬もいるけど、そんなのはもちろんごくまれであり1700万円と言うのはそれほど安くもないが高くもない、ごく普通の値段だ。

 でも中には、自分の牧場で繫殖牝馬を育て、自分の牧場で仔馬を育て、そのまま厩舎に送り出す人もいる。そういうゲームがすごく人気になったって浅野先生とかは言ってたけど、そんなのはファンタジーらしい。


 そのファンタジーが、ここにはある。


「その牧場には数十年以上の歴史がある。それこそ日本一とも言われている。だから幼馴染とか言っても実は二ケタはいた」

「すごいね」

「でも期待されている存在もいればされていない、いや期待される方向がそもそも違っていた。古馬になってから活躍すればいい、短距離で活躍させたい、あるいはお前と対決する事を踏まえていたような仲間もいた」

「ダート路線…」

「そうだ。ダート路線は、タフで長持ちする馬が強い。お前の父親のココロノダイチさんのように、八歳まで走り切る事を目的としている仲間もいた」

「僕はシャットダウンの仲間を」

「今回は負かしていない。だが今回は、に過ぎない」


 そしてシャットダウンやアッパーグレードの仲間は、この国のどこにでもいるほどに数が多いらしい。

 僕の目標である、ダート路線にも出て来ると言う。どんな馬がいるのか名前は教えてくれなかったけど、後で調べてみよう。


 どんなトレーニングを受け、どんな血統を持ち、どんな走りをこれまでして来たのか。実に楽しみだ…

「ちょっとアンタ」

「何!」

「自分のとこでやんなさいよ、ねえシャットダウン」

「俺が呼び止めたんだ、気にするなボンバーエンド」

 そんな僕に突っかかって来た、ボンバーエンドなる牝馬《女の子》。


「彼女も幼馴染なのかい?」

「違うぞ」

「そうよ関係ないわよ、って言うかそれだからアンタモテないのよ」

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