第2R 勝手にやります
「僕らの役目はわかっているつもりだ」
「お前らしいな」
「シャットダウンがもういない以上、僕らが彼の代わりをしなきゃならないって事」
「僕ら、か……」
自分なりにシャットダウンの引退を飲み込んだ僕が次に向かい合ったのは、自分のレースだった。と言うか、他に何と向き合えと言うのか。
そして正直、今年の三歳はあまり良くない。
確かにシャットダウン・アッパーグレード・ボンバーエンドがいた時と比べるのは酷だけど、十頭以上いるのに二歳の内に勝ち鞍を挙げた馬がまだ二頭。しかも片やダート、片や1200mとクラシック路線には縁遠い。シャットダウンの初勝利が三歳になってからの様に今からでも十分間に合うとは思うけど、シャットダウンが連続で出て来るなんて虫のいい話なんかない以上僕ら古馬世代が何とかしなきゃいけない。
「で、お前はどうなるんだよ」
「フェブラリーステークスに行くよ。その後は分かんない」
「俺はこの国を出るかもしれねえ」
「え」
「ただの海外遠征だよ。そのために京都記念か中山記念を使って、その後はドバイに行く事になる」
ドバイ。
中東の大きな競馬場であり、それこそ世界中の名馬が集まって来る舞台。
お父さんもそこに行った事がある。
それも、ドバイワールドカップと言うもっとも権威あるレースを走るために。
「僕も行きたいけどな」
「お前も来るんだよ」
「そう…」
「だから俺も行くんだよ、お前のおまけとしてな」
「そ……………………」
僕のおまけ。
そんな、と言い返すにはあまりにもアッパーグレードの声が強すぎた。字面も口調も弱々しいはずなのに、絶対にノーと言わせないと言う圧力が感じられる。
「僕の立ち位置を認めろって言うの」
「ああ。単純な話、ダートで今のお前に勝てる奴ってこの国にいるのか」
「いると思うけど」
「どうせ具体的な名前なんか出せねえだろ。今の三歳がお前と戦うのに最低半年はかかる。そこまでの間お前の天下を揺るがす奴なんか出ようがない。シャットダウンは四つでお前は五つ、計算できるだろ?」
「…」
確かに僕は去年GⅠを五勝した。そしてその内JBCクラシックからの三勝は年上の古馬相手。シャットダウンはGⅠ四勝、さらに古馬相手は有馬記念だけ。
そのせいか知らないけど、
年度代表馬
シャットダウン 250票
ココロノソニック 4票
該当馬なし 2票
最優秀三歳牡馬
シャットダウン 251票
ココロノソニック 4票
該当馬なし 1票
最優秀ダートホース
ココロノソニック 256票
あれほどの事をしたはずのシャットダウンは、年度代表馬でも最優秀三歳牡馬でも満票になれなかった。
そう、僕が阻止した。
そして僕が、満票を取ってしまった。
「海外遠征するのが、役目だって言うの…」
「でも現実だ。一年前まで絵空事…いやお前はやりかねないと思ってたけど」
「そう……」
「世の中自分が名馬だって思いこんでる駄馬は山と居る。そうだろ」
何だろう、このアッパーグレードの気持ちの強さは。僕に必死に言う事を聞かせようとしている。しかしそこに害意はなく、僕のためを思っているように感じる。その好意に甘えるべきなのか。
だがいずれにしても、やる事は決まっている。
「次、勝つから」
「まあ、そうだな」
僕らの本懐は速く走る事。
誰よりも先にゴールインする事。
芝もダートも変わらない。それだけの事だ。
そしてアッパーグレードは、京都へと向かいその本懐を果たした。
「おめでとう!」
「緒戦に過ぎねえよ。そっちこそいきなりGⅠだろ。いくらお前にかなう奴なんかそうそういないと言っても油断すんじゃねえぞ」
「ありがとう。それでドバイに」
「行く事になった。もちろんお前と一緒にな」
「海外遠征も君と一緒になら何とかなりそうな気がするよ」
「…………とりあえず目の前のレースを落とすんじゃねえぞ」
でもアッパーグレードは煮え切らない。やっぱり京都記念と言うGⅡじゃ駄目なのか。それこそ、次走のドバイ遠征に賭ける思いも強くなるんだろう。
だったら僕も負けてはいられない。いやその前にアッパーグレードの言う通り目の前のレースを勝たなければならない。二歳だろうが三歳だろうが古馬になろうがやる事は同じ。
そのための追い切りのタイムもそれなりに出ている。
いつも通り馬運車に乗り、いつも通り静かに厩舎を出る。
これが、僕の日常だ。
(シャットダウンの時は歓声も、あの時の悲鳴も、泣き声もすごかったな…)
シャットダウンは馬運車に乗る時も、皐月賞を勝って帰って来た時もすごい歓声を浴びていた。人間ではなく馬からだけど、皐月賞の時は正直耳が痛いぐらいだった。馬は人間の数十倍音に敏感だと言うけど、人間の声や音は気にならないのに馬同士の声ってすごく気になる。
シャットダウンの唐突な引退を告げられた牝馬たちの落胆と、その前の泣き声と言ったら本当に忘れたくとも忘れられない。ボンバーエンドだけは気丈だったのか声を上げて泣く事はなかったが、それにしてもどうしてあそこまでシャットダウンは牝馬にモテるのか。シャットダウン自身にその気がないのは少し一緒にいればわかるはずなのに、あるいはだからこそ難攻不落なる存在に挑もうとしていたのか。そう考えると本当に大した物だと思う。
東京競馬場に着いた。
一年ぶり、ヒヤシンスステークスの時以来だ。
パドックに入ると、そこには人・人・人。
皆が静かに僕らの事を見ている。少しだけ人の声も入って来るけど不愉快ではない。
『そして二枠三番、ココロノソニック。
昨年一年間でGⅠ五勝のダートの王者、満を持して今年初出走となりました。馬体重は510キロ、東京大賞典の時よりプラス4キロです』
なぜかアナウンサーの人の声も入って来る。明らかに持ち上げられている事を加味しても正直、嫌いじゃない。
何よりも、人気だった。
単勝オッズ
ココロノソニック 1.2倍
ダブルブレード 11.0倍
ネヴァーロスト 13.5倍
アイムキングス 20.6倍
カースブレイカー 25.9倍
第二部に出て来るメインキャラの顔見世です。




