三つ子の魂百まで
外伝はここで一旦終了です。第二部が終わったらまたやりますけど。
疝痛。
様々な要因により起こる激しいお腹の痛みであり、これにより命を落とした馬は少なくない。
最高の牧場にいて、最高の待遇を受けていたはずのワンダープログラムでも、そんな事は起きてしまう。
まだ九歳だったワンダープログラムには、四世代しか子どもがいない。
ヒガシノゲンブには八世代もいるのにだ。
「ずっと言われるだろうね、もしワンダープログラムが長生きしてたらって」
「ええ」
「ヒガシノゲンブはみんなが憧れる凱旋門賞を勝ち、種牡馬としてもこの国の頂点に立った。でも駄目なんだろうね」
「三冠馬を出せば追い抜いた事になるんじゃないか」
「ノーザンスザクで並んだってのは違うのかな」
ノーザンスザクは五年連続GⅠ制覇なんて事をやってのけた。
それでシャットダウンと互角だって言うのは僕のひいきなのかもしれないけど、無敗の三冠馬よりも希少、ってか空前絶後の記録なはずだ。
しかし何をやったとしても、ワンダープログラムが長生きしていれば、もっと子どもがいればと言われ続ける。
「あの時は初めて種付けを終えてようやく本当の意味で落ち着けた頃だったよ」
「兄が亡くなったのは九月でしたけど」
「毎年秋になると盛岡に行ってたからね、あっ毎年と言っても三年間だけど」
「お互い様です、春秋になるとどうしても現役時代の癖が抜けなくて」
「そうだよな…あの時は牧場主さんがあんな真っ青な顔をして来たから何事だと思って、それでワンダープログラムがあんな事になったと聞かされて…」
もしランザプログラムがいなかったら、あの時の年末以上に泣いていた。いい年して、泣きわめいていたと思う。
もちろんそれでも泣きはしたけど、ランザプログラムがきちんとしていたから何となく涙は抑えられた。
僕の現役生活六年半の内、ワンダープログラムと一緒にいたのは三年半。ヒガシノゲンブに至っては二年。でも僕はその三年半及び二年の方がずっと価値がある気がする。その三年半があってこそのGⅠ勝利とか言う気はないけど、GⅠを勝てなかった時期の方が思いが強いってのはおかしいんだろうか。
「痛かっただろうな」
「そう聞いています。でもほとんど痛がる事もなかったそうです」
「それって発見が」
「非常時と言うのは本性が出る物です」
最後の最後まで、決して弱音は吐かなかったらしい。確かにワンダープログラムらしいけど、実にもったいない。少しでも痛がっていれば初期症状の段階で発見でき、今でも健在だったかもしれない。ヒガシノゲンブは割とあっさり痛がる方であり、僕だって自分なりにダメだと思えばダメって言えた。
そしてランザプログラムは、ワンダープログラムのその性格を知っていた。
「三つ子の魂百までと言います。この三つ子ってのは三歳、私たち馬のそれではなく人間の三歳であり私たちから見れば生後一、二ヶ月です。その時から兄はおとなしそうに見えて意地っ張りな仔馬だったそうです」
「僕の知ってるワンダープログラムだよ」
「ええ。あなたにたしなめられるまで全く変われなかったワンダープログラムです。しかし残念ながら、あなたと離れて元に戻ってしまったのです」
「キミは…」
「種付けのために兄のいた牧場に向かった事もありました。けど今更何かを言っても変わる馬ではないので」
悲しそうではあるけど、飲み込んでいる目。
兄妹とか言うけど一緒に過ごした期間なんてそれこそ浅野先生の厩舎にいた時の一年半ぐらいのはずなのに、彼女は僕よりもワンダープログラムの事を分かっている。
もうワンダープログラムが死んでから四年になるけど、彼女はその時から、いや初めて厩舎に来た時からちっとも変わっていない。
「ヒガシノゲンブとは」
「一昨年ヒガシノゲンブさんと初めて種付けする事になりまして、その際に初めて聞きました。生き急ぎにもほどがあるって」
「生き急ぎってか死に急ぎって気もするけどね」
「かもしれません。兄からしてみれば種牡馬としての本分を果たしきれない事を恐れたのでしょう、実際あの年は182頭に付けて受胎数170だったですし」
受胎率90%越え。凄まじいほどの高比率であり、その内一頭があのシャットダウンだと考えれば成功ではある。
しかしそれがこの時既にノーザンスザクを出していたヒガシノゲンブへの対抗心の結果だと言うのならば、哀しいと言うか腹立たしい。
「うちの子たちがどんな風になるのかはわからない。でもせめて違う世界の子とは仲良くしてもらいたい。もちろん戦う時は正々堂々と全力を尽くして欲しいけど」
「優しそうに見えてドライですね。それがやっぱりココロノダイチさんの本質ですか」
僕は芝とダートを別世界だと思っている。
二刀流なんてよほどの天才がやらない限りどっちつかずになってしまう。芝でも短距離馬と長距離馬は別世界だし、共に仲良く手を取り合ってと言うのは不可能じゃないと思っている。
(ココロノソニックは、その天才だって言うのか?)
しかしココロノソニック、彼は本物の天才なのか?
我が子なのに、あまりにも僕の想像を越えている。
スプリングステークスとか皐月賞とか芝を使われたのは浅野先生の親心だったと思うけど、たぶんその事をココロノソニックはわかっていない。
そしてわからないまま、白星を重ねて行く。
「子供の事を黙って見守るのが親の仕事です」
「うん…」
でも、ランザプログラムにはかなわない。
その通り、僕に出来る事は、何もない、
いつかココロノソニックが引退して種牡馬になったら、ちょっと文句を言ってやろう。
その日が来るまではだらけててもいいかと、僕は地面と同じ色の息を吐き出した。
第二部は7月5日からです。それまではハッピー・テロリストをお楽しみください。




