あれから十年……
何の目標も持たない事が悪であるかと言う問いの答えは、多分NOだろう。だって実際に走らなければ強いか弱いか分からないように、どこが適正距離かなんて走らなければわからないんだから。
実際中山グランドジャンプでランザプログラムの仔を負かした馬は両親とも1600mまでしか勝った事がないからデビュー戦から連続で1200m戦を使ったけど連続で二ケタ着順に終わり、1400m、マイル、1800mと伸ばしてやっと勝った。
そしてその後さらに距離は伸び、2400mで二勝目。
ただそこからさらに距離伸ばしても頭打ちになってしまい、短くても3000m近い障害レースに転向。そこからGⅠ馬に上り詰めた。
この空の下には、現在進行形のスーパースターもいれば未来のGⅠ馬もいる。そして後者は、いかにもそれだって顔をしていない事も多々ある。
「全ての敵を侮るなって言うのは無理があると思う?」
「目の前のぐらいならば問題はないと思います」
「目の前の敵を倒すだけで頂点を掴む事など出来ない、って言うのは簡単だけど理屈だけで物事は動かないよね」
「そうです」
目の前の戦にばかり囚われ全体を見失えば大望をつかみ取れないとか言うには、そうでない例が多すぎる。自分だって天下とまでは行かないにせよかなり高い所まで行ったしヒガシノゲンブだって少なくとも日本ダービーの時は何か深い考えがあったようには思えない。
「兄からも聞いています。自分のせいでヒガシノゲンブは悪鬼羅刹になってしまったと」
「悪鬼羅刹って言うより悪ガキだけどね」
「本当は誰にも優しくて真面目でいい子なのに、全部僕のせいだって思おうとしていた時期があった…」
「それは威張りくさったうぬぼれだって言ってやった事もある」
「確かにその通りです。兄は無意識の内に奮闘する自分を誇りに思うようになっていた、そしてそれ以上にそうしない存在を見下していた。しかも全く悪意もなく」
努力は大事だ。
しかしその努力をしていると言う自分に溺れしていないと見なした相手を見下すならばまだしも、ワンダープログラムは自分こそ正しいと思い全員をそちらに向けようとした。ヒガシノゲンブがあんなに鳴ってしまったのは自分のせいだと思い込み、自分が正しいやり方でやれば目を覚ますだろうと思い込み、一年以上同じ事をやり続けて結果を出せなかった。僕があの時言ってやらなかったら、ワンダープログラムは一生GⅠを勝てなかったかもしれない。
「兄は優しすぎました。いい意味での冷たさがなかった。その温かさが生ぬるさに化けてしまい、そして甘さに化けてしまった。勝負事なのに甘さが目立ち、そしてその甘さがヒガシノゲンブさんにとっては嫌悪感と言うより憎悪の火種だった」
「ただのかっこつけにしか見えなかったんだろうね」
「ええ。そのええかっこしいを正すがために戦い続けたのがヒガシノゲンブさんです。
そう、もう今年で十年になりますね」
あの伝説の凱旋門賞から、今年の十月で十年になる。
十年一昔とか言うけど、僕にとってはそんなに過去の事には思えない。
まだ重賞を勝ったばかりの、世間一般では一流と呼ばれるぐらいの地位を得た時期のお話。
ランザプログラムはデビュー戦すらまだ戦っていなかったかもしれない。
「ヒガシノゲンブさんが引退間際になってやっと仲良く出来たのは、それこそ兄が等身大の自分に戻ったからでしょう」
「無理をしていい子ぶっていたワンダープログラムじゃなくなったから…」
「その兄とヒガシノゲンブさんが対決していたらどうなったかって話は本当によく聞きますけど、結果がどうなるかは知らない方が面白いですからね」
「ワンダープログラムが勝ってた気もするけどね」
実際逃げ馬として天下を取ったヒガシノゲンブと追い込み馬に転身して同じ数のGⅠを勝ったワンダープログラムが一緒に走ったらどうなったか、その質問は僕にもしょっちゅう投げ付けられる。僕は「執念の消えたヒガシノゲンブと枷を失ったワンダープログラム」と言う視点でいるからワンダープログラムが勝つと思っているが、それこそ執念に満ちたヒガシノゲンブと枷を失ったワンダープログラムの対決だったらどうなるかはわからない。
でも実際そんな平たく言えば全盛期同士の対決なんてないから、みんな次なる対決に夢を馳せた。
そう、種牡馬としての。
だってのに。
「あの時は何かの間違いだって思ったよ」
「私だって思いました。でも兄は不満を言う馬ではありませんから」
「苦しい思いはしただろうけどさ」
「そんなのはみんな同じですから」
ランザプログラムは、あの日、あの時から変わらない。
もう四年も前の事になる。
まだ現役をやめて一年も経っていない僕が聞かされた、とんでもないニュース。
——————————ワンダープログラム、疝痛にて死去。
——————————享年、九歳。




