第24R 唐突過ぎる別れ
第一部最終話です。
「お前ここで年越しすんの」
「うん」
「ボンバーエンドは知っての通り北海道へ帰ったよ。来年二月ぐらいにはこっち帰って来るって」
「たくさんの仔がここを離れるよね」
東京大賞典が終わった時には、今年もあと五十時間ぐらいになっていた。
そこから馬運車で栗東トレセンに帰って来た僕だけど、そこにいる馬は行く前の三分の二ぐらいになっていた。
「アッパーグレードは」
「短期放牧もせずにここで越年。京都記念か中山記念使ってドバイ行くか大阪杯行くか考え中だって」
「ドバイかぁ。夢だよね」
ドバイ。中近東にある砂漠の国。そこには世界中から名馬が集まる。そんな所でレースが出来るなんて本当に幸せだ。もちろん相手は強いだろうけど。
「お前に言われたくねえよ」
「えっ」
「多分だけど、お前も行く事になるぞ。いや俺はたぶんお前のおまけだな」
しかも、僕まで行く事になるらしい。
そうだ、お父さんもドバイには行った事がある。でもあの時とは何もかも違うはず。相手も、コースも。
「お前は本当に、なんていうかさ」
「本当に何」
「知ってるか、『え?スライムって最強の敵じゃないんですか?』っつーアニメ」
「知らない」
「俺もこの前まで知らなかったけどさ、それ見てすっげえ納得できたよ。しかし実際隣にいるとそんなもんなんだろうなって」
アッパーグレードがアニメを見ているとは思わなかった。僕が見ているのは競馬の中継だけで、でないとしても人間の陸上競技とかばかり。そっちのが参考になりそうだしドバイに行くとなったらお父さんのそれを含め過去のレースも見ておきたいと思ったけど、アッパーグレードが見たって言うんなら今度見てみようかな。
「その『え?スライムって最強の敵じゃないんですか?』って人気あるの?」
「あるけどさ、多分お前には合わない。ってか昨日が最終話だったから見るんなら原作小説だな」
「小説なの」
「『めざせ小説家』ってサイトに載ってるよ、まあ今は一部だけどな。全部読みたかったら単行本でも買うんだな」
で、どうやら『え?スライムって最強の敵じゃないんですか?』ってのはインターネットのサイトから人気になった小説が原作で、それがアニメ化されたらしい。全く知らない世界だったけど、そこまで人気になるんならば面白いんだろう。
とりあえずスマホで調べてみる。
えっと、中世ヨーロッパ世界を模した舞台で、片田舎の村に住んでいた一人の少年がずっと「スライム」を相手にして勝てずにいた。でもその「スライム」はとんでもなく強くて、けど二人っきりで過ごしていた老人からは「そんな弱い魔物も倒せなくてはすぐ死んでしまうぞ」と言われ続け、自分は「スライム」にも勝てない弱い存在だと思い必死にトレーニングを続け、やっと「スライム」を倒した所にやって来た魔物たちを鎧袖一触にしてしまい、そこから旅に出て…と言う話らしい。
なるほど、弱いと思い込んでいた存在が度肝を抜く活躍をすると言うギャップを楽しむお話か。
確かにそのギャップは面白いけど、何度も何度もやってると飽きられる気がする。
その主人公の活躍と言うより、それに振り回される周囲の人間を見ている方が楽しくなるかもしれない。と思ったら実際それらの外伝作品もあり、そっちも既に単行本化までは行かないけどそれなりに人気が出ているらしい。
(完全無欠って、つまらないのかな)
みんながこの作品をどう楽しんでいるのかは分からない。
「ありがとう、本当にすごいね!」
「……何がだよ」
「だってなんで僕の事がわかるの?」
「これを見てお前の事がわかったんだよ」
「そうなの」
「その返事が何よりの証拠だよ、それにお前って牝馬からの人気に対して鈍感だしよ」
「成績を上げれば勝手について来るんじゃないの」
同世代の牡馬の中で種牡馬になれるのは百頭に一頭どころか千頭に一頭だ。もちろん種牡馬にも格差はあるけど、現役時代の成績の上下が種付け数を左右する世界である以上現役時代の人気にどれだけの意味があるか僕はわからない。
「……なあお前、今年のリーディングサイアー知ってるか」
「アッパーグレードの」
「ああ、親父だよ。GⅠ勝ち数は2つだけど重賞を17個も取ってたからな。それが日本って国だよ。アイムノットハムが俺らの前の日のレースで挙げた勝ち鞍の金もまた貢献してる」
アイムノットハムと言う名前が、もう懐かしい。彼もヒガシノゲンブ産駒だってスプリングステークスが終わるまで知らなかったけど、とりあえず真面目に走って活躍してるならばそれでいい。
「でもさ、二年連続とは言えいつまでも親父の天下が続くわけじゃねえ。俺もいずれはGⅠ取ってどこかで血を継ぐ事になる」
「そうだね。そして僕の子どもと」
「それを俺の親父とお前の親父と、シャットダウンの親父はやって来た。流れって奴だ。そう、流れって、奴だ……」
運命と流れが積み重なり、いずれ僕とアッパーグレードとシャットダウンの子どもが戦う事になる。戦わないとしても同じ場所に立っている。それが歴史と言う物だ。
そんな当然の話のはずなのに、アッパーグレードはテンションが低い。いくら年末とは言え一体どうしたんだろうか。
「あのさ、お前気付かないの?」
「何を?」
「シャットダウン今何をしてるかって」
「シャットダウンも北海道に戻ったんでしょ」
「まさかお前、知らねえって言わねえよな!」
「え?」
「………………………………はっきり言ってやるよ、ワンダープログラムさんはとっくに死んでるんだよ」
「そうなんだ」
そうなんだ。
実際、何と言えばいいか分からないから他に何も言いようがない。
「って、いつ」
「本当に何にも知らなかったんだな…お前どこ見て生きて来た訳」
「割と本気で、自分の目の前だけ」
「一点集中の恐ろしさかよ…ってか物心付いた時にはワンダープログラムは死んだって事が常識になり過ぎて立ってオチかよ…まあとにかくな、ワンダープログラムさんは四年前の六月に亡くなったんだ、ちょうど種付けを終えた頃にな」
四年前。
つまりその時の子どもが今三歳、つまりシャットダウン……。
「って、まだ九歳だろ」
「年齢なんか関係ねえよ、と言うかGⅠ勝ち馬自体シャットダウンが最初だった」
「それで…」
「だからあいつ、オーナー様の命令でやめるんだってよ」
「やめるって」
「現役をだ!」
「そうか…………って、引退する訳……?」
「そうだよ!」
シャットダウンが、引退する…………?
(だからあんなに…)
って言葉は、出て来なかった。
あんな風に、いつもクールだった彼らしからぬ走り。
その美しさと強さに、感動が先に立った。
そのせいか知らないけどあまりにも唐突な別れに対して何か思う所はないのかと言われても、正直何も思い付かない。
多分、時間をもらっても思い付く気がしない。
「だから、来年は俺が古馬GⅠを取るからな」
「頑張ってね!」
僕はそれ以上何も言わずにすぐ側のアッパーグレードと、遠くに行ってしまったシャットダウンの事を見送った。
この後外伝4話、「ハッピー・テロリスト」6話を経て第二部突入となります。




