第22R ああ、納得。
最優秀ダートホース。
それが僕に与えられる最大級の勲章、らしい。
もはやその称号を得ることが確定した僕。少なくとも今年のダート路線では頂点である以上芝で走ってもいいんじゃないか、とでも言うのか。
また、芝で走るのか。どうなるんだろうか—————。
とか考えながら帰って来たらやけにうるさい。
まあもし本当に有馬記念に出るんならば気にせずいろいろ準備しておかなきゃなと思ってると、浅野先生が重たい顔をぶら下げて来た。
「やっぱり東京大賞典にする」
なんだ、気のせいだったのか。
東京大賞典って事は、またまた大井競馬場で、また夜競馬って訳か。
有馬記念よりさらに後の、文字通り一年を締めくくるレース。
「今度も同じようには行かないぞ、GⅠ二連勝でお前は完全に追われる側になった。それこそ敵は手段を選んではくれない」
「手段を選ばない…?」
「それこそどんな手を使ってでもお前から白星をもぎ取ろうとする。わかったな」
「はい!」
そして僕は、完全に追われる立場になったって事が分かった。
JBCクラシックの人気は多分三歳の中での王者を持ち上げていただけで、チャンピオンズカップの人気はJBCクラシックがたまたまうまく行きすぎただけ。
…と言う貯金は、もう使い果たしたって事なんだろう。もう僕を青二才と思ってくれるような優しい先輩たちはいない。少なくとも来年の夏ぐらいまでは最年少世代でいられるけど、そんな話は僕に限っては通用しないって事なんだろう。
とにかく東京大賞典も、きっちり戦わなきゃいけない。休みはそんなにないけど、しばらく落ち着いて体を休め仕上げなきゃいけない。
「追われる身、かよ…」
「みたいだね」
「ってかなんで騒ぎになってたか知ってるか」
「知らないけど」
「先生はお前を有馬記念に出したかったらしいけどよ、みんなが大反対したらしくてな、俺もぶっちゃけ反対だけど」
毛づやのいいアッパーグレードがやって来る。
やっぱり浅野先生は僕を有馬記念に出したかったらしいけど、それに馬たちはかなり反発していたらしい。あまりにも馬が暴れる物だから何が悪かったのかと浅野先生も首を捻り続け、結局僕の有馬記念出走を断念したと言う。
「ありがとう」
「……ああそうか」
僕は有馬記念には出たくなかった。ダートが好きだから。芝で戦いたいと思わないから、いや戦いたくないって言うより勝ちたいから。スプリングステークスとか皐月賞とかのように負けてもいいやって気分になれるのはいいけど、それでも今の僕にとっては東京大賞典にて本当の本当にナンバーワンとして君臨する方が優先だった。
だからその事についてお礼を言うとアッパーグレードはまた素っ気なく五文字だけ言って去って行った。何だろう、一体。アッパーグレードも有馬記念に出る。その時の脅威が一頭でも少ない方が…ってのはうぬぼれでしかない。
(まさか…)
有馬記念は、ファンの皆さんの投票により出走できる馬が決まる。
一位はもちろんシャットダウンだが、二位が僕だった。三位の馬も四位の馬も今年GⅠレースを勝っているのにだ。もしかしたらこれを見て、僕を有馬記念に出そうとしたのかもしれない。でもそれは権利であって、義務じゃない。僕らにはレースを選ぶ権利などないけど浅野先生にはある。スプリングステークスの時には、僕はまだ重賞など勝ってないただの馬でしかなかった。でも今の僕はもうGⅠ四連勝した馬であり、芝のレースに出るだけで大変な事になる。ましてや僕自身にとって勝てる可能性のあるレースを外して、シャットダウンやアッパーグレードの勝利を阻むかもしれないのに出す理由などどこにもない。
「ココロノソニック」
「シャットダウン…」
「それぞれの為すべき事を為さねばならない。俺もおそらくはとんでもないマークを受ける事になる」
「でも年上の」
「確かに年上との対戦は未経験だがそんなのは誤差だ。全力でやらなければ勝利の二文字など来ない」
「応援してるよ」
「お前こそ東京大賞典を勝て。まあ、いずれお前ともう一回…と思わなかったと言ったら大ウソツキになるけどな」
シャットダウンは相変わらずクールだ。三冠馬、それも無敗のそれと言うこの上ない名前を背負って戦うって事がどんなに重いか、一体誰がわかるんだろう。同じ環境にいなければわからないだろうけど、誰がそんな環境に立てるのか。
そしてそのシャットダウンを相変わらず黄色い声が囲んでいる。あれがスーパースターなのか。ダートだって同じはずなのにとかは思わない。思って変われるのならば思うけど、そんな事をするならば寝てた方がまだ有意義だ。
で、有馬記念。
文字通りの人、人、人。皐月賞よりもずっと多い人。チャンピオンズカップよりも多い人。あの中で走れるのは名誉だけど、緊張だってする。テレビに映るアッパーグレードはあまり変わらないけど、シャットダウンは心なしか寂しそうだった。…寂しい?なぜ寂しく見えるんだろうか。
「ボンバーエンド」
「シャットダウンが言ってたわよ、あんたは気にするなって」
「気にするな、か…」
僕と彼が一緒に走る事は、おそらくもうない。厩舎は同じだけど別の道を歩いている以上、これ以上こだわる必要もないって事か。
あ、ゲートが開いた。
『おっと!アッパーグレードが今日は二番手!』
そしてアッパーグレードはかなり前にいる。普通では勝てないって事なのか。それこそシャットダウンに三回挑んで全部負けてしまった無念を晴らすって言う想いがにじみ出ている。
さらに、まだ最初の直線に入る前から八番手ぐらいだったシャットダウンを追い越して次々と他の馬が仕掛けている。このまま前へ行き、スローペースに落として逃げ切ってしまおうと言うのか。
シャットダウンは付き合わない。勝手にやっていろと言わんばかりに広い方に持ち出している。何だろうか、格が違う気がする。これが三冠馬なのか。
『さあシャットダウン!シャットダウンが上がって来た!』
そして残り1000mと言った所で動き出す。
違う。脚が違う。
中山の直線は長くない。それを見越すかのように一気に上がって行く。
アッパーグレードはどこだ。アッパーグレードはどこだ。
そう思う間もなくシャットダウンがコーナーを曲がって行く。まだシャットダウンは三番手だ。
しかしあっと言う間に先頭に立つ。
役者が違う。格が違うと言わんばかりに引き離す。
『二馬身、三馬身、四馬身…!!』
強い。強すぎる。
いくら今日が年末で次がいつになるか分からないとは言え、シャットダウンの走りは桁が違う。
まるで、全てを圧倒するような。もう二度と、俺に勝とうだなんて思うなと言わんばかりの。
そのシャットダウンのゴールと共に、浅野厩舎の湿度は大きく上がった。
みんなが、目から出す液体のおかげで。




