第21R 「ルーチンワーク」
「満面の笑みだね」
「俺だってこんな顔ぐらいできる」
厩舎に戻って来たシャットダウンを取り囲む黄色い声。その黄色い声にこたえるような満面の笑み。
僕なんか一度だって見た事のない、と言うか誰にも見せた事のないだろう笑顔。あんな風に笑えるんだと思うと見直した気にもなった。
「でも」
「でも次は古馬との対決だって言うんだろ」
「次はココロノソニック、お前の番だぞ」
「そうだね」
「俺の次は有馬記念だ、その前にお前の古馬初対決を見せてもらうぞ」
そして僕にも微笑んでくれた。そうだよな、僕のが古馬との初対決は先だよな。
「でもそれって」
「言いたい事はわかる。だがお前はお前だ」
でもそれは、あくまでもシャットダウンとアッパーグレードとボンバーエンドと僕の中ではでしかない。条件戦では夏からもう古馬との戦いが待っている。しばらくは負担重量で優遇してくれるけど、この時期になるともうそんな物はない。その事に気付いた僕に対しシャットダウンは親切だった。本当こういう所が好かれる理由なんだろうなあ、僕には出来ないけど。
とにかく古馬との初対戦って事で意気込んでやって来た浦和競馬場。
ディフェンディングチャンピオンを始めとした名だたる強豪たちがずらっと並んでいる。
「歴戦の雄の厳しさを教えてやりたいよ、出来るかどうかは別問題だけどな」
「やってやるのが役目だろって、何腰が引けてるんだよ」
「おいココロノソニック、実はこちとらお前の親父と現役生活ダブってんだよ、まあこっちは二歳でそっちは八歳だったから一緒に走らなかったけどな」
ダート路線だと七歳八歳はそれほど珍しくない。
お父さんは今十三歳だからその馬は七歳、一緒に走った馬でも三歳ならまだ八歳、四歳ならば九歳。今回八歳以上の馬はいないけどもしかしたら会えるかもしれないと思うとワクワクもする。
でも同時に、ドキドキもしている。
1.6倍。
また、こんな人気。
重量差などないのに。
「これまで通り走ればいい」
そんな簡単に言われても、今回はオレンジ帽。
浦和競馬場ってとこは大井競馬場よりもさらに狭い。曲がりもきついから距離も余計に通らされる。
「じゃあ前に行く?」
山本さんの指示はとても簡単で、とてもわかりやすかった。
ジャパンダートクラシックの時は四番手だったけど、もっと前に行こうって事か。じゃあそれでいい。直線も長くないし平坦だし、どうせ駄目でもまだまだこれからだし。
ゲートが開く。
『おーっといきなり先頭に立ったココロノソニック!』
そう言えば逃げ馬なんていなかった。前と言っても二、三番手ぐらいのつもりだったのにいつのまにか先頭に立っていた。スローペースになればこっちの物だ。
まあさすがにそんな簡単に問屋が卸してくれる訳もなく後ろからつつかれたんでペースを上げたけど、これでもスローペースから普通のペースになっただけ。
コーナーを曲がり向こう正面に出た。あ、手綱が動く。わかった、一気に突き放す。
ああ、付いて来た。多くの古馬の皆さんが付いて来た。でも僕はシャットダウンじゃないけど、シャットダウン見たいにうまく行くかどうかはわからないけどどうせ一番にゴールすればいいだけ。タイム差も着差もどうでもいい。
そんな思いのまま、きついコーナーを曲がり直線へと向かう。
ふと後ろに目をやる。まだ来てる。差はざっと三馬身ぐらいか。
あ、ムチが入った。よし、今だ。
『ココロノソニック!ココロノソニック!まだまだ脚を残していた!』
引き離す。見えなくなって行く。でもまだ、さらに後ろから来るかもしれない。最後まで、気は抜けない。
……と考えていた時には、全てが終わっていた。
「歴戦の古馬たちがお前の洗礼を受けさせられたじゃねえか」
「中央競馬ってどんなとこだっけ」
「地方競馬場よりは広いんじゃねえの」
アッパーグレードは笑う。僕がつられて軽くおどけると同じ調子で返してくれた。本当にいい友達だ。
ユニコーンステークス以来となる中央競馬のレース・チャンピオンズカップ。中京競馬場で行われる1800mのレース。左回りで坂がある、けど芝はない。しかも開催週。
(内枠が当たればいいのに)
対戦相手はどれほど変わっているだろうか。おそらくこれまで戦って来た馬が中心だろうけどまだ他に、お父さんが勝った事のある武蔵野ステークスとか、その次のみやこステークスとかを勝った馬が出て来るんだろう。また力を付けた勢いのある存在が向かって来る。僕も負けてはいられない。
「相変わらず元気だな」
「まだまだレースはあるからね」
「こちとら有馬記念までお休みだよ。って言うかお前が特別なんだっつーの」
「芝だって大変でしょ」
菊花賞または秋の天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念。GⅠ三連戦プラスステップレース一戦で計四戦。
それが古馬芝の一流馬の王道ローテーション。春の場合は大阪杯、春の天皇賞、宝塚記念及びステップレースで同じく計四戦。
確かに僕の場合ジャパンダートクラシックまたは南部杯、JBCクラシック、チャンピオンズカップに加え年末に東京大賞典があるから四連戦だけど、一戦しか違わない。南部杯を第一戦にしてしまえばそれこそ計四戦で芝の王道ローテーションと同じ。
芝はダートより足に負荷がかかるとか言うけど、スプリングステークスに皐月賞と連続で芝を走ったはずなのに疲れなかった以上、僕には違いが今ひとつ分からない。
「まあ、お前はそれでいいよ。本当なら俺もジャパンカップ行ってみたかったけど菊花賞で気合入り過ぎて疲れちゃってな」
「月並みだけど頑張ってね」
「お前も頑張れよな」
僕は中京競馬場へ行く。秋の風は既に冷たくなって来てるけど、レースにかける思いは熱いつもりだ。
で、チャンピオンズカップ。
理想とも言える一枠二番。
単勝オッズ1.2倍。
正直、当たった事のある馬ばかり。
でも中京競馬場だからあまり強引に前には行かず、ジャパンダートクラシックと同じように四番手ぐらいに構える。
内に被せて来る馬はいるけど気にはならない。砂が飛んで来ても知った事か。直線ちょっと手前で山本さんの指示が飛ぶ。コーナーを生かして前に出る。前には逃げ馬しかない。残り300で捕まえる。引き離す。後ろから来る馬はいる。でもようやく本気で行ける時が来たってのに追い付かれる理由なんかないと気合を入れる。
あまりにも単純明快なルーチンワークだった。
「有馬記念出すべきかもな」
そのルーチンワークを終えた僕の耳に入る、有馬記念って単語。
なぜか、レース中より胸がざわめいた。




