第20R 三冠馬、シャットダウン
「皐月賞よりダービーはさらに着差を開いた。神戸新聞杯は着差こそ少ないが勝ちっぷりはより圧倒的」
「シャットダウンを止める新興勢力候補を夏の間探していたがどうやら無駄だったか。ラジオNIKKEI賞勝ち馬が京成杯オータムハンデと言うマイル路線に向かったのはどうやら正解。距離適性以前にシャットダウンとの実力差は大きい」
「アッパーグレードも前走圧勝。乱ペースになれば逆転は十分可能。そして三番手は結局京都新聞杯勝ち馬の…」
シャットダウンがダントツ、二番手アッパーグレード、三番手以下もダービーとほとんど変わっていない。食い込むとすればシャットダウンやアッパーグレードと当たらなかった夏の北海道勢だけ。
それが、菊花賞の構図だった。
「あそこにいたかったと思う」
「思わない」
「ダート路線を見下す気はないけどね、最初から本当に、全くなかったの」
「ないよ」
「あっそ」
ボンバーエンドは相変わらずだ。
まるでオスのサラブレッドとして生まれて来たからにはクラシックを目指さなければいけないような決めつけに僕が少しイラッとして素っ気なく答えると、まるでロバかポニーでも見るみたいな目になる。
「目標なんて馬それぞれだと思うし、どこかでうまく行けばいいじゃないか」
「でも生まれた時からその可能性を排除するのって違うと思うけど」
「浅野先生の所に来るちょっと前には僕の道はダートしかないって思ってたから」
「パパママのおかげさまって訳?いい年してファザコンマザコン?」
「競馬なんてそんなもんだろ。だいたいローズステークスだけじゃなく秋華賞までひどかったからってそんなに不貞腐れなくたっていいじゃないか」
「アンタと喋ってるとだんだん自分がみじめになってくだけだわ、シャットダウンのように黙ってうなずく事も出来ない訳…あ、アンタにそんな事を期待した私がバカだったわね」
言いたい事だけ言って帰るだなんて本当に勝手だ。
いくら秋華賞が大雨で重馬場、出遅れ、スローペースの三重苦で二番人気だったのに十一着に沈んだからって僕に八つ当たりされても困る。何を返せば満足するのか、答えを教えてもらいたい。
でもシャットダウンやアッパーグレードに聞いても無理だろうし、これから先困るのは古馬と言うより牝馬かもしれない。あ、ユニコーンステークスやジャパンダートクラシックにも牝馬はいたか…どっちもまったく後ろだったけど。
で、菊花賞。
当時は文字通りの秋晴れ。良馬場。
誰に味方するのか。
『打倒シャットダウンの一番手はやっぱり身内!セントライト記念圧勝の勢いそのままに、三度目の正直を果たす!アッパーグレード!鞍上は戸柱騎手です!』
『そしてそして、いよいよ登場!無敗の三冠馬目指して!シャットダウンを飛び越えたパーフェクトゲームを!シャットダウン、滝原騎手と共に登場です!』
本馬場入場。
二人へのアナウンサーの紹介文にも力が籠っている。
枠番はアッパーグレードが三枠六番、シャットダウンが五枠十番。
声援も、声援を生み出す人の数も、段違い。もちろん動くお金も段違い。
(これがシャットダウンかあ…三冠がかかったレースかあ…)
日本ダービーの時も見てたけど、どっちがより声が大きいかは分からない。
皐月賞の時は身近だったから大きいと思ったけど、調べてみると観客動員数はダービーより少なかった。中山競馬場と東京競馬場の差もあるけどやっぱりダービーってのはすごいと思うと共に、みんながシャットダウンを見に来てるのがわかる。もちろんアッパーグレードたちの逆転を望むファンもいるだろうけど、無敗の三冠馬となればそれだけで伝説だ。アッパーグレードが勝ったら三冠を阻止したとずーっと言われ続けるんだろうか。でも菊花賞馬なんてのになったらそれこそ永遠のスーパースターでいられるし、単純にアッパーグレードが手を抜くなんてありえない。
あ、ゲートが開いた。
どっちも頑張れ、としか言えない。
ペースは早くも遅くもない。
『シャットダウン!シャットダウンは現在…七番手付近!
おっとそこにアッパーグレードが被せて行く!』
だが一周回りかけた最初の直線で、アッパーグレードが動き出した。外に持ち出したシャットダウンの側にピタリとくっつき、並ぶ。
そして向こう正面の坂に入るや、一緒に上がって行った。
『もう動いている!戸柱騎手アッパーグレードが仕掛けた!そしてシャットダウンも付いて行く!あっという間に前二頭が先頭争いになった!』
これは何だ。もうお互いの事しか目に入ってないじゃないか。
「危険だ!」
思わず叫んだ僕だったけど、テレビの向こうに映った二人の顔は余裕だった。
何も心配するな、俺たちはこいつ以外には負けない。そんな声が聞こえて来る。
何だろう、他の十六頭がまるっきり置き去りじゃないか。十六頭だけじゃない。観客の皆さんや僕らさえも置き去りにして、二人っきりの戦いをしてる。
桁が違う。違い過ぎる。
いや、世界が違う。
そして、本当にきれいだった。
僕らの後ろの奴らに差されるかもしれない、あるいは足を壊すかもしれないとか言う危惧を全て吹き飛ばすかのように走っている。
この美しいそれに干渉したら何かを壊す。
黙って見守る事しかできない、他の何も許されていない、そんな空気が京都競馬場どころか日本中を支配している。
そのまま直線。
並んだまま二頭が直線に入る。
先に動いたのはシャットダウン。
『シャットダウン先に仕掛けた!無敗の三冠なるか!アッパーグレードも最後の一冠譲らない!』
かろうじて割り込めるアナウンサーの声。
先に抜け出そうとしたのはシャットダウンだ。だがアッパーグレードも全く退く気などないとばかりに食い下がる。確かに一歩進むたびにシャットダウンが前に出ている。けど、目に見えるほどの差は付かない。
このまま写真判定になるのか。皐月賞でもダービーでも一蹴されたアッパーグレードの逆襲が決まるのか。両目を見開き、まばたきさえ忘れた。
その僕の両目に映ったのは、白い輝きだった。
『シャットダウン!ここでわずかに離した!アッパーグレードも食い下がる!しかし残り100!差は広がりこそしないが詰まらない!』
シャットダウンは、文字通り歯を食いしばって走った。
あんなにクールで、ダービーの時でさえも余裕の表情だったシャットダウンが。まさかその歯の輝きに負けた訳でもないだろうけど、アッパーグレードが離された。
『シャットダウン!シャットダウン!ついに、ついに!無敗の三冠馬誕生!これぞまさに、パーフェクトゲーム!!』
「三冠馬かぁ……………………」
二分の一馬身差。決してこれまでのような大差じゃない。でも確かに僅差だし、アッパーグレードとの戦いは素晴らしかった。なのになぜか、とんでもない差があるように見える。僕とシャットダウンに差があるように。
アッパーグレードにはとても言えないけど、少なくとも今はアッパーグレードどころかどの馬が勝てるのか分からない。
遠い世界の存在である事を感謝しても、バチは当たらない。
そんな幸運に、秘かに感謝してみた。




