第18R 栄光を掴み続けて
「お元気そうで何よりな事で」
秋になり、厩舎に戻って来た僕に対しアッパーグレードは相変わらずつっけんどんだ。
二ヶ月ほど、滋賀県の栗東トレセンを離れ北海道にいた僕。
その北海道の涼しい空気が僕にもたらしたのは何だったのか、正直自分でも分からない。
「とりあえず、自分が何様のつもりなのかは自覚できたよ」
「自分で言うかね」
「そして、もう同い年だけでよろしくやれる機会なんてないって」
「まだあるっつーの」
「え」
「今度のジャパンダートクラシック、そこまだ三歳同士で戦えるぞ」
「ああしまった…」
そこまで別にボーっとしていたつもりもないけど、そうだ、まだもう一度だけそのチャンスがあった。
ジャパンダートクラシック。
ちょっと前までジャパンダートダービーと言われ夏にあったレース。
今は十月だ。
また、大井競馬場で戦う事になる。
「今からだとステップレースなんかないからぶっつけ本番かぁ」
「お前ならそれでも勝てるだろ」
「対戦相手を見てるの」
「そんな暇ねえよ、こちとら次のレースで忙しいんだから」
「そりゃそうだよね」
アッパーグレードにはアッパーグレードの都合がある。僕にも僕の都合がある。
同じレースに出ない限りは仲間だし、いろいろ手助けだってできる。僕には芝のレースの事はわからない…とは言えないけど、それでも全く無力でもないつもりだ。
とりあえず、自分で確かめてみる。やっぱりレパードステークスを勝った彼が一番の強敵になるだろう。まだ対戦した事もない、逃げ馬。どうすべきか。大井競馬場の直線は短くないけど、それでも東京ダービーの時のペースと比べると速い。距離の違いもあるけどこのペースで単騎で行かれると危ないかもしれない。
……でも後は、ほとんどどこかで見た事のある面子ばかり。ユニコーンステークスや東京ダービーで戦って来た、お互いに手の内を知ってる同士。いや落ち着け、まだ他にも戦った事のない馬がいるかもしれない。僕が休んでいた間に、他に何か別の馬が出て来ている。そうに決まっている。
「久しぶりにコースに戻って来たんだから!」
「ああごめんなさい!」
おっとその前にコースに慣れておかなきゃいけない。たった二ヶ月少々休んでいただけなのに何だか違って見えるコースに戸惑う事もなくとりあえず走る。背中は軽いし足取りも悪くない。
で、とりあえず馬なりの調教を終えるとどこか寂し気な笑顔を浮かべながら助手さんは去って行く。何があったんだろう。別にそんなに悪い気はしないけど、とにかくその時まで体を作らなきゃいけない。
そして何より、流れって物がある。
「早速元気そうね」
「ボンバーエンド」
「あんたはすぐジャパンダートクラシックでしょ」
「うん、みんなが秋華賞や菊花賞でいいレースが出来るようにしないといけないから」
「でもね、こっちはまずステップレースがあるの。そこで頑張らないと」
ボンバーエンドは、紫苑ステークスってとこで2着した馬と共に秋華賞。アッパーグレードとシャットダウンは、菊花賞。
僕のジャパンダートクラシックは、その両方のGⅠの前。ある意味僕は前座であり、四頭にいい流れを作るための存在。もっともボンバーエンドたちにはまだ前のレースがあるけど、それはステップレースであって本番じゃない。僕はそれこそいきなり本番であり、文字通り最後の一戦でもある。
「でも本番じゃないんでしょ」
「浅野先生が言ってたわよ、スプリンターズステークスに出るような馬がいればいいのにってのはぜいたくな悩みだなって」
「確かにね」
「ま、せいぜいJBCクラシックとかの事でも考えたら?そうすれば気が引き締まるんじゃない?」
「ありがとう!」
「相手をよく見る事を忘れちゃ駄目よ」
「うん!」
ボンバーエンドは、実に優しい。自分のレースの事があるのにこんなにアドバイスをくれるだなんて。
(そうだよね、GⅠ勝ったから終わりだなんて簡単な世界じゃないよね。もっともっと強くならなきゃいけない。でも、勝った時は勝ったなりに喜んでもいい、それが取るべき態度のはず)
その上で、僕のやるべき事はそこまで難しくないはずだ。その次にJBCクラシックとか言う事になってもならなくても、一戦一戦誠意をもって当たるだけ。
他に何が出来る訳でもないんだから。
「満を持しての復帰戦。三歳同士では格が違う上に枠順も恵まれている」
「ココロノソニックを負かすとすればレパードステークスで見せた逃げに持ち込む事の出来るこの馬だけ」
新聞記者ってのはいい加減なお仕事だ。いや、ファンの皆さんの答えが120円とか言う数字として出ている以上、この評価は妥当なのかもしれない。でもまた黒帽を被る山本さんを乗せる僕は幸運ではあるし、大半は負かした事のある相手。同じようにやればいいとか言うのは簡単だけど、同じようにうまく行くか。
「今日は早めに抜け出す事も考えようか」
いや、そんな簡単な話はない。いつも通りのやり方では対策される。もうされているのかもしれないけど、毎回毎回同じ手ばかりとって勝てるほど甘い話はない。山本さんだってそう言ってるし、約四か月ぶりだけど自分なりにやってみる、山本さんに任せてみる。
『おっと、ココロノソニックもう先頭だ!』
と言う訳で東京ダービーと同じように四番手ぐらいで進み、直線に来る前に山本さんの指示に従い先頭に立ってやった。
ロングスパートとかする気はないけど、先頭に立ってじっと後方に視線をやる。
なんだなんだ、めちゃくちゃ迫って来てるじゃないか。
でも構う事なく走る、コーナーでちょっと気合を入れる。
あれ、追って来なくなった。差が詰まる事も全くなく、むしろ広がるばかり。
手綱が緩くなった。まだゴール板を通過してないのに。
まあいいや、ゴールしよ。
「古馬との対戦に向けて全く問題はなしか」
「あくまでもここまではですからね。最後は手を抜いて走らせたぐらいですから」
「まあ予定通りJBCクラシックだな、浦和から中京かな」
三歳ダート馬の頂点に立ったつもりの僕が次に目指す事になるのは、浦和競馬場でやるJBCクラシック。いよいよ、古馬の皆さんとの初対決になる。
そして中京って事は、まさかチャンピオンズカップ?これで僕はGⅠ2勝って事になるし資格はあるんだろうけど、改めてどんどんと決まって行く流れに困惑するしかない。
「おいココロノソニック!」
「どうしたの」
「どうしたのじゃねえよ、どうせお前今年の年末もここ来るんだろ!先輩に仇取ってもらうからな!覚えてろ!」
とか思ってると戦った馬からそんな風に怒鳴られたりもする。ここに来る…えっと、東京大賞典の事かな…ってまだ今年だけであと三回は走る事になる…のかな。でもまあ、それならそれでいい。浅野先生と山本さんとファンの皆さんに応えるために、僕は目の前のレースを勝つだけ。
そう思ってスタンドの方を見るけど、何だか静かだ。僕を応援してない?いや違う、電光掲示板だ。
(12…万円?)
3連単は12万円越え。単勝は120円なのに。
でも配当が高いって事は、多くの人が買わなかったって事だ。確かにそれは、多くの人にとっては意気消沈する話だ。
結果的に高い配当をもたらした馬にとっては災難って言うか皮肉って言うかって話かもしれないけどね。




