第17R 有頂天の中で
大井競馬場。
中央とは違う、少し小ぶりな舞台。
運も実力の内と言うにはあまりにもありがたい、一枠一番をもらった僕は実に愉快だった。
自分が何かしたわけでもないのに。
(日本ダービーに東京ダービーとなれば、それこそ文字通りの天下統一じゃないか)
シャットダウンは、見事に日本ダービーも制した。
皐月賞と同じく落ち着いたレースぶりで抜け出し、後続の追い上げも許さない。文字通りの横綱相撲。
アッパーグレードだって必死だったけど、二着争いに負けてしまいオークスに挑んだボンバーエンドと同じ着順に終わってしまった。
「俺菊花賞行かねえかもしれねえ」
とアッパーグレードは言ってたけど、シャットダウンは正直強い。皐月賞で戦った時よりさらに強い。下手すればダートでさえ敵わないかも…とは言いたくない。その時が来たら返り討ちにしてやる。
いや、そのためにもまずは目の前のレースを勝つしかない。
「……またお前かよ」
「回避してくれなかったのか…まあ二着だけでも狙うか…」
「ココロノソニックか…随分と活躍してるらしいじゃないか」
「ココロノソニックさんですね!一緒に戦えて嬉しいです!」
反応は様々だ。
ヒヤシンスステークスやユニコーンステークスで戦ってきた中央馬からはまたお前かと睨まれたりもうお前には勝てねえよと言わんばかりに匙を投げられたりし、地方競馬所属の馬からはお前には負けないぞと喧嘩を売られたり逆に敬意を示されたり、本当いろいろいる。
東京ダービーってのは元々地方競馬の、大井競馬所属の馬のためのレースだ。それが数年前に中央地方交流のダートGⅠレースとなり、僕ら三歳のダートホースのための大舞台になった。
文字通りのダートホースにとってのダービー、最高権威とでも言うべきレースだ。基本的には地方馬優先だけど、中央馬もいる。ユニコーンステークスに連対して出走権を得た馬を始めとして何頭かが招待され、大井を中心とした地方競馬の有力馬たちも来ている。僕が彼らの大半の事を知らないように、僕の事をどれだけ知っているのか分からない馬たち。ある意味未知の空間。
一応直線距離はそれなりにあるけど一周1600mと言う事もあり基本的に小回り。内枠有利か。
馬場はこれまでのそれに比べ重い。2000mって距離もありスピードだけでは戦えない。しかも梅雨時、実際今日は曇りだったけど昨日は雨、一昨日も雨。馬場は重馬場までは行かないけど稍重馬場。ダートってのは芝と違い濡れれば濡れるだけスピードが出やすいけどそれは中央競馬での話。地方、とりわけ大井競馬場所属の馬たちにとっては慣れているのかもしれない。
でも慣れ不慣れぐらいで負けたくない。ここに来たからには誰にも負けたくないとか言う平凡な事を言う気もないけど、これからダート路線で生きると言う事はこういう馬場で走るのが日常茶飯事になると言う事でもあり、こんな所で負けていては進む事は出来ない。単純な話、条件なんか枠順を除けばみんな同じだし。
それに、この数字。
1.9倍。
ユニコーンステークスの時よりは高いけど、それでもこれだけの期待がかかっていると言うのは気持ちとしては悪くない。でもユニコーンステークスと違って最低人気は500倍どころ900倍まで行っちゃってるように両極端な世界がある事にちょっとびっくりもした。
もし900倍とか言われながら勝とう物ならばどんなに気持ちいいか分からないだろうけど、人間は正直だ。勝つと思ったから応援し、勝たないと思ったから応援しない。好き嫌いとかじゃなく、お金を賭ける生臭い世界だからしょうがない。先生だって騎手だって、そのために力を入れている。勝てなければダメと言う厳しい世界にいる以上仕方がない。
(譲ってなんかやらない)
そんな上から目線めいた思いを抱きながら、雲が立ち込める空を見上げる。既に闇の支配力が高まり、僕らを見下ろしている。一体どこの誰が俺に抗えるのか、敵の存在を楽しみにしている。
誰か一人が輝き、全てを飲み込む。それが、競馬だ。
道中はいつもよりちょっと前に構え、柵にへばりつく。前は空いている。ペースは意外と早くない。
それを見越したのか外から仕掛けが来た。僕も山本さんの手綱に応えて一緒に上がって行く。前の逃げ馬もさらに突き放そうとする。スタミナ合戦?確かにダート2000mを走った事はないけど、芝なら2000mを走った事がある。負けてたまるか、どうせ当分走らないし、気合を入れるしかない。
『さあこれからコーナー回って直線!先頭は早くもココロノソニック!』
あ、もう先頭に立ってた。
そして何故か、嫌な笑顔が視界に入った。
ふざけるな。たやすく止まると思われてるのか。もう頭に来た。
『ココロノソニック、ココロノソニック先頭!後続を突き放す!残り100!やはりここでは格が違ったか!』
思いっきり気合を入れ直してやる。
前へ、前へと向けて思いっきり走る。文字通りの全速力。ヒヤシンスステークス以来かもしれないほどの思いっきりの走り。
なーんだ、誰も付いて来られないじゃないか。情けない事だ。
「本当、見事なもんだよ」
「負けたくなかっただけだよ」
勝利の感想なんて他に何もない。
負けたくないから勝つ。それだけだ。
文句を言いたいなら、勝ってから言ってもらいたい。弱肉強食の世界だ。正々堂々と戦って勝てばいい。その時には僕だって素直に負かした相手を素晴らしいと思うし、自分が足りなかったと認める。
とにかくこれで、僕はGⅠ馬になった訳だ。しかも賞金は1億円。日本ダービーの3億円と比べれば安いけど、それでも莫大な金額である事に間違いない。
「しかしこれで、どうあがいてもお前はスーパースターだ。その現実からは一生逃れられないぞ」
「スーパースターかあ」
スーパースター。響きのいい言葉だ。でも確かにその通り、僕はこれからGⅠ馬って肩書と戦わなきゃいけなくなる。
(この後はしばらく休みだから、その事についてゆっくり考えよう…)
休みだってのに、予定が埋まる。
いい事なのか悪い事なのかは分からない。
でも自分がもうただの馬でない事だけは、間違いなかった。
その確信が、何とも嬉しかった。




