第16R もう何も怖くない
「威張りくさるのって、そんなに楽しいのかい?」
「うん」
威張りくさる。要するに威勢を張ってえらそうにするって事。
そんなの、楽しいに決まってるじゃないか。少なくとも偉くなった気分にはなれる。まだ僕はGⅢしか勝ってないけど、それでも重賞を勝っていない馬から見れば上だし、同じ三歳の未勝利馬からすれば途方もない差が付いている事になる。威張ってもいいはずだ。もちろん皐月賞馬のシャットダウンやチューリップ賞勝ち馬のボンバーエンドよりは格下だし、GⅢ一勝は同じだけどスプリングステークス・皐月賞と連敗したアッパーグレードもまた僕よりは上。
もしかして、シャットダウンたちが威張らないんなら僕にも威張る権利はないって言うんだろうか。だとしたらそれは不公平だと思う。
「空威張りかもしれないけど、自分が強くなった、偉くなったって誇示する事で責任を感じる事も出来る。そんな真似をしてしまったからにはもっと頑張らなきゃいけない、なるほどああいう事を言うだけの事はあるよなってみんなに思わせなきゃいけない。確かにちょっと怖いけど、楽しいか楽しくないかで言われたら楽しいよ」
「へぇ……」
「キミ…いやあなたは楽しくないの?」
「はぁ……」
僕の答えがあまりにも意外だったせいか、その馬は何を言っていいかわからなくなってしまったようだ。
確かにみっともないのは間違いないけど、それでも自分が勝ち得た栄光の分ぐらいは自慢してもいいと思う。もっともっとを求めてストイックにやる?そんな事をして付いて行けるのは文字通りの天才たち、それこそ千頭どころか一万頭に一頭どころかそれ以下の存在だけ。僕がまさかその天才だって?馬鹿馬鹿しい。
「自分が勝ち取った分も威張れない馬が一番上にいると、下の馬たちは常に息苦しくなるよ。シャットダウンだって皐月賞を勝った後はこれでGⅠ馬になれたんだって静かだけどしっかり笑ってたし、それぐらいの事も許されないのは怖いよ」
「う、うん……いやね、勝った上で威張るのはいいんだ。でも…」
「成果を挙げないのに威張るのが良くないって事?」
「まあ、ね…自分の責任を果たすのは大事な事だけど、自分のそれじゃない物まで背負い込んで自分のせいだって言い張るのは傲慢だよ」
「自分の、責任……」
自分の責任。
浅野先生や調教助手の皆さんに僕に乗ってくれる山本さん、馬券を買ってくれた人の為に走る事。
……えっと、それ以上思い付かない。
後は、お父さん、お母さん、生産者の人に所有者の人……?ああもう、ギブアップ!
「その馬ってのは、一体どこまで責任を背負っちゃったの?」
「その馬には親友がいた。
元々優しくて真面目だった。
けどその馬のせいで物凄く荒々しい乱暴な走りをするようになっちゃったんだ。それでその後七戦しか走れないで引退してしまった」
「ズルい事言わないでよ」
ズルい言い草だって、すぐわかった。七戦しか走れなかったって言い方をするのって、その七戦がとんでもない成功だった事を覆い隠してるなって。
「ズルいよ、確かにズルいよ。でもね、それ以上にその馬は彼の親切丁寧で優しい性格を愛していた。自分のせいでその性根を歪めてしまったと思い込み、何とかして目を覚まして元に戻してあげなければいけないとずっと悩んでいた」
「それで自分は勝てたの」
「勝てなかった。七戦の内四戦で戦ったけど全部完敗。全くやり方を変えないで同じ真似をやらかし続けて、ずーっと相手は一着自分は二着」
「ダッサ!」
思わず言っちゃった。
だって、実際にダサいじゃないか。
自分のせいで相手の性格を変えてしまった、優しかった存在をおそらくはかなり悪い方向に。
でもそれの原因も何だかわからずになんとかしなきゃなんとかしなきゃって慌てふためくのは何ていうか情けないし、それ以上に競争相手の事を思って何かをやるだなんて聞こえはいいけどぶっちゃけ甘い。シャットダウンがアッパーグレードに手を貸すような、いや逆だアッパーグレードがシャットダウンに手を課すようなもんじゃないか。
「取り越し苦労とか杞憂とか言う気はないけどお、いやキミは僕たちと違う世界を生きているようだね」
「違う世界…」
「彼らの苦労に気付くかもしれないし、気付かないかもしれない。悲しみにも、苦しさにも。それがラッキーなのかアンラッキーなのかは僕にはわからない。
ただこれだけは言える。きっとキミの仲間が言いたかったこと、それはキミが天才だって事だ」
天才!?僕が天才!?
天才ってのはヒガシノゲンブであり、ワンダープログラムであり、ノーザンスザクさんであり、多分シャットダウンの事だ。確かに僕はシャットダウンと肩を並べたいけど、そんな事が出来るかどうかわからない。
人生は「したいけどできないけど」と「できるけどしたくない」の二種類しかないって浅野先生だか誰かが言ってたし馬だって同じだろうけど、シャットダウンと肩を並べるだなんて前者じゃないか。活躍の軸が違うからと言えばそれまでだし今でもそう思ってるけど少なくとも僕は自分が天才だとかうぬぼれるつもりはない。
「否定しようがしまいが真実だ。さっきキミは何て言った?」
「何て…」
「自分が勝ち取った分も威張らないの…はおか…しいって」
「それは等身大の話じゃないか!あなたはなぜ!」
「滅多に…ないから、ね……自分を天才だと思い、込んでる、普通…と、違って、ね…………………でもさ、自…の才覚に…気…ずに、振…うのは、ど…向き、でも、同じ、………………」
ここまで言って、その馬は消えた。
で、気が付くと朝の光が差し込んでいた。
一体何だったんだろうか。
(威張りくさるな、か……)
それ以上の事を何も覚えていない。
あとは、どうやら夢を見ていたらしい事だけ。
どこかの馬が、僕に何かを言い聞かせようとしていた。
でも何を言いたかったのか、全然記憶に残っていない。
覚えているのは、威張りくさるなと言うフレーズだけ。
威張りくさる。どういう事だろう。
わざわざ夢にまで出て来て、何が言いたかったんだろう。
とりあえず、朝焼けがきれいだ。
今日もご飯をちゃんと食べて頑張ろう。




