第13R 「ああ、やっぱり」
GⅠレースのファンファーレだ。
すごく近い。すごく大きい。すごく…いい音だ。
うるさいって馬もいるけど、条件はみんな同じじゃないか。
(もし僕の言葉が人間に通じてたら、どう思うだろうか?)
中には馬が怖がる、ここは人間たちのストレス発散の場所じゃねえ、黙って見てろって人間もいる。
でも僕はこの拍手も、歓声も、ファンファーレも楽しみにしている。むしろもうちょっとくれとも思っている。もしこの声が聞こえていたら、その人間はどう思うだろうか。アッパーグレードたちが言ったように、僕を特別図太い例外的な存在だと見なすかもしれない。でもこれだって競走馬の素質の一つなんじゃないだろうか。ずーっと無音の空間で、万全の状態で何の妨害もない理想の状況である調教のタイムだけを比べて勝敗が付くんならば何も面白くない。図太い事の何が悪いんだろうか。
サラブレッドは、選ばれた存在。
僕に1700万円もの値段が付いたのは、1699万円じゃ買えないからだ。もちろん億以上の値段が付いている馬もいるけど、こいつには1700万円払ってもいいやと思ってくれたと言う事でもある。期待に応えるとか考えてはいないけど、僕はもう5000万円近くは稼いでいる。少なくとも1700万円で買ってくれた人にとっては安い買い物になった訳であり、選んでくれた人にとってはありがたい存在になれた訳だ。誇らしい事じゃないか。
ファンファーレも拍手も声援も、その誇らしさをさらに高めてくれる。なるほど、こう考えるとGⅠに出るってのも素晴らしい事だ。
あ、まもなくゲート入りだ。
別にプレッシャーとかそんな物はないし、見てなかったけどどうせ人気もないし、まあゆっくりと…
『おっと九番の馬がチャカついております…』
『あと二頭ですが十六番が後ずさりしてしまいました……』
緊張するのは分かるけどいちいち面倒くさい。って言うかなぜそんな真似をするんだか、そう言えば十六番ってソレガコタエダだったよな、何やってんだか…ああいけない、ゲートが開く!
『各馬一斉にスタート!』
好スタートを切れたけど、いつも通り真ん中まで下がる。四枠八番だから左右は比較的広い。僕はもっと内でもいいけど、この時期になると内側は荒れるから外の方がスピードは出る。でも僕は荒れている馬場は気にしないけど、みんな荒れてるならともかく自分だけ荒れてるところを走るのはやだ。
まあごちゃごちゃ考えずに山本さんの言う通りに任せておく。ペースは早い、少なくともスプリングステークスよりは早い。当たり前だけど僕は2000mなんて走った事がないんで1800mの後がどうなるか分からない。シャットダウンがいる以上そんなのはみんな同じだとは言い切れない。
でもまあ、あまり疲れてはいない。前も空いているしその気になれば行けるとは思う。全速力のかけっこになったら自信ないけど、まあやるだけの事はやるまで。外の方がもっと空いてる感じだけど山本さんはそっちには行かない。もし僕の枠がオレンジとかピンクの帽子だったらそうなっていただろうか、そんなのはわからないけど。
あ、手が動いた。行けって事だ。
よし、気合を入れる。
前へと上がって行く。
…はずだったのに、上がって行かない。
僕の足が遅いんじゃなくて、周りも一緒に動いているだけだ。
先頭はまだ逃げている。でも見た所かなり危ない、このまま崩れるだろう。気を付けるべきは隣であり、後ろだ!
…と思えたのは一瞬だった。コーナーを曲がる間際に、外から一発の弾丸が飛んで来た。
『大外をまくって上がって来たのはシャットダウン!』
シャットダウンだ。弥生賞の時は中団から今の僕みたいに抜け出してたけど、今度は大外を回して一気に突っ込んで来た。
そしていつの間にか、先頭に立っていた!
差が開く。いや、まるっきり次元が違う。それでも最後までああだとは思いたくないけど、中山競馬場の直線の長さじゃ止まったとしても再逆転なんか無理だ。
でもまあいいかと思い直線に臨んだけど、前はともかく左右が誰も止まらない。僕よりも確実に速い。
ああもう、せっかくここまで来たんだから一つでも上の着順でゴールしてやると思って気合を入れるけど、それもまたみんなと同じ。
「あああ!」
初めてかもしれない叫び声と共に、必死に走る。少しでも前を目指して。
ああ、シャットダウンはもうゴールインする。それはわかってる、でも僕は、僕は負けない!
「お前はいちいち…」
「いちいち何だい」
「いや、ハナ差でも勝ちは勝ちだろ」
「ワンツーフィニッシュを決めたんだから凄いじゃないか」
「いちいち誠意があるんだよな、お前は…」
で、皐月賞の結果は一着シャットダウン・二着アッパーグレード。
浅野厩舎のワンツーフィニッシュ。
最高過ぎるじゃないか。
そして僕の番号である八番の数字も、掲示板に載っている。
ギリギリではあるけど、載っている。
「素晴らしいこったね」
「まあね、着順なんて今の今までわからなかったから」
「お前は誠意があるんだかないんだかわからねえんだよ、今回も物の見事に誠意を見せてさ」
「だから誠意って何なの」
「単勝12.2倍、五番人気馬がよ」
誠意って、五番人気の馬が、五着でゴールインしたって?って言うか僕そんなに人気があったの?
「見てなかったんだな…普段数字ばっかり気にするくせに」
「だってどうせ芝じゃ勝った事ないし」
「ダートとは言え三戦三勝の上にスプリングステークスで2200万円も稼いでおいてよくもまあ、お前はダートではとりあえず負けなしなぐらい強い上に芝でも戦えるんだろって言われてたんだよ」
「大欲は無欲に似たりと言うが、無欲も大欲に似るのかもな…」
シャットダウンは相変わらず口数が少ない。この場において誰よりも賞賛されるべき存在のはずなのにちっともおごり高ぶらず、次どうするかを考えている。見習いたいけど出来るとは思えない。
「お前よ、次もしかしたらダービーかもしれねえぞ」
「ダービー?もう芝とはお別れかと思ってたのに」
「2000万も持ってってよくもまあ…」
2000万円。
ヒヤシンスステークスの「一着」賞金より多い。それをこんな風に拾えたんだからこれ以上悪い思い出を残す気もない。
もちろん浅野先生の言葉に逆らう気もないけど、できれば終わりにしたい。




