第12R お客様気分でダメなの?
『八番!ダート三戦三勝のココロノソニック、前走に引き続きの芝挑戦!果たしてこの別舞台でどこまでやれるのか!』
GⅠレースのアナウンス、と言うかテレビ中継の声。
これが、選ばれた空間だってわかる。
自分が選ばれた十八頭の中の一頭だって認識できる空間である。
勝った負けたとか以前に、誇らしい話だ。
ここに立つために、みんな目一杯努力して来たんだろう。
僕だって、そのつもりだ。
僕だって!
「何しに来たんだよ」
「走りに」
でも、パドックで前後の馬にそう言われまくった時には腹も立った。
ただでさえ内枠が良かったのに四枠八番と言う中枠に入り、しかも晴天続きで全くの良馬場。まあ中枠自体はスプリングステークスで経験してるからいいけど、完全な良馬場ってのは参った。降水確率10%ってのが外れてくれないかなと思いながら土曜日を過ごしたけど、やっぱり今日も雲一つない快晴。と言うか明日から天気が下り坂って何だよもう!
だから僕もつい言い返したけど、したらいきなり前の馬がこっちに向かって後ろ足を蹴り上げて来た。
『ああっとどうしたんでしょうか!』
普段はおとなしいと評判のその馬がなぜ急にこんな真似をしたのかってファンの人やアナウンサーさんたちは騒いでいたけど、喧嘩を最初に売って来たのはどっちだって話だ。喧嘩を売っておいて逆ギレなんてみっともないったらない。
「あのね、ダートばっかり走ってたからここに来ちゃダメって誰が言ったの?」
「うるせえよ!」
「……」
「誰が黙ってろって言った!」
と言うか、支離滅裂だ。相手するだけ無駄だとそっぽを向くと、また蹴り上げて来た。
「よせよ、お前弥生賞でシャットダウンとやり合ってただろ。そん時こいつの話聞かなかったのか」
「聞いてねえよ」
「なら覚えておけ。こいつに構ってスタミナを無駄に浪費するな」
「ああそうだな」
で、六番の馬はそんな事を言う。ああそう言えば、七番の馬はシャットダウンと弥生賞で戦って三着に入って出走権を取ったんだっけ。それで六番の馬はきさらぎ賞でシャットダウンと戦って二着に入ったんだった。シャットダウンが僕の事をどう言っているのかは気にならない訳じゃないけど、たぶん余計な事は言わなかったと思う。
「……………………」
実際、この皐月賞でも一番人気だった五枠十番・シャットダウンは何も余計な事を言わずにじっと歩いている。ああいう風になれればいいと思うけど、僕にはまだ無理だ。
どうなったらああなれるんだろうか。皐月賞が終わった後にでも聞いてみたい。
(しかしアッパーグレードもボンバーエンドも変な事を言うな…)
アッパーグレードはもうなってるとか言うけど、あんな風に平然と言うか泰然自若としていられる事は僕には出来ない。まるでこの競馬場の騒音全てをそよ風のように受け流しているあの顔は、とても普通の馬のそれじゃない。あれが大人って事なら、僕はまだまだお子ちゃまだ。
ボンバーエンドもボンバーエンドで桜花賞で二着に終わりあんなに悔しい思いをしたはずなのにちっとも泣かずにいる辺りやっぱり大人なんだと思う。彼女自身は四馬身も差を付けられれば悔しいとか以前の問題よとか言ってたけど、僕と違って桜花賞を入厩して来た時からの目標にしていたから悔しくないはずがない。なのにアッパーグレードと同じようにあんたみたいに生きられればねとか言って来る。
僕の生き方が何だって言うんだろうか。まだ三歳なのに。
いずれにせよせっかくのチャンスだから生かすに越したことはない、でも別に負けてもそれほど痛いとは思わないってのがそんなにまずいのか。
「お前に取っちゃ皐月賞はお遊びなんだろうけど、生まれた時からここを目指してやって来た奴が山のようにいるんだぞ!」
「知ってる」
「お前の知ってるは薄っぺらいんだよ!」
「体験した事がないし、何より生まれた時から皐月賞を走れるなんて思ってなかったから。僕の夢はフェブラリーステークスだったから」
「理想と現実のギャップなんて誰にでも、あるんだよ……」
アッパーグレードの言葉はいつもと変わらない。確かにアッパーグレードが言う通り僕にとって皐月賞はおまけのレースでありボーナスステージだった。もしうまく行けば行ったでそれで良し、ダメならダメでダートで頑張ればいい。口で言うのは簡単だけど実際に出来るかどうかはわからないが、それでもダートではまだ負けてないって現実はある。次の相手は古馬の皆さんかもしれないけど、それはそれでぶつかって行くだけだ。
「すげえよな本当」
そんな僕は二歳の、いや生まれた時からずっと聞かされて来た人間の話がある。
大谷翔平と言う、野球と言うスポーツで活躍する人。
野球ってのはボールを投げる人と打つ人に分かれる。そのほとんどが片方の専門家であり、どちらかでも一流になれば一年で僕らのGⅠレース一つ分を稼げるらしい。でも大谷さんって人はその両方をいっぺんにやり、どっちでもとんでもない実績を世界の最高のリーグで挙げていると言う。それを、二刀流と言うらしい。
競馬界にも二刀流はある。
芝とダート、両方で活躍する馬の事だ。
でもそんな馬は僕の知る限り十頭もいない、年間のGⅠレースが地方競馬のそれを含めれば四十はあるのに。お父さんだって生まれてから引退するまでの五十一戦全てダートだった。要するに一本の刀でもやたらと難しいのに二刀流を使いこなせるなんて天才じゃなきゃ何だ。お父さんを一流じゃないなんて奴がいたら怒鳴り散らしてやりたいけど、そんな存在でもうまく行くもんじゃない。
「お前ならやりかねねえから困るんだよ」
「アッハッハッハッハッハッハ…………!」
だからアッパーグレードがスプリングステークスの前にお前なら二刀流もできるんじゃねえかと言った時には思いっきり笑ってやった。一体僕を何様だと思ってるんだろうか、シャットダウンともアッパーグレードともボンバーエンドとも違って重賞なんかひとつも勝ってないじゃないか。実際スプリングステークスでは勝てなかったしこの皐月賞だってダメもとで出てるし、アッパーグレード自身が言ったように僕にとって皐月賞はお遊びでしかないんだから。
全員が全員、真剣勝負をしなきゃいけないのが礼儀だって?そんな話、僕は知らない。
僕の走りたいように走るだけ、僕なりに。




