第11R なぜか皐月賞にも
「望外だと思うか」
「うん」
「その姿勢は大事だ」
シャットダウンは僕のスプリングステークス二着をこう評価してくれた。そうだ、僕はあくまでもダートで勝って来た。芝での挑戦はたまたまそれなりにうまく行っただけでしかない。
次はどこに行くか分からないけどお金も入ったし、しばらくは休む事になるんだろうか。
「で、やっぱりユニコーンステークスかな」
「それは先生が決める事だ。とにかくお互い全力を出す事だ」
「そうだね」
次の目標はやっぱり、ユニコーンステークスか。京都競馬場で春の天皇賞が行われる週にやるダートのレース。
スプリングステークスが駄目なら駄目で、最初からこの予定だったから別にどうとも思わない。
もちろん次も負けたら危機感も芽生えるけど、今はまだそんなに疲れてもいないしそのまた先の事も考えたくなる。まさか東京ダービー?いや、そんな捕らぬ狸の皮算用をしてもしょうがない。次のレースに向けてゆっくり休もう。って言うか馬運車って疲れるね本当。
それで、栗東トレセンに帰って来た僕の前にやけにどっさりと干し草が置かれる。確かに僕はスプリングステークスの時も五百キロを越えているから食べる量もそれ相応だし実際お腹は空いていたけど、それにしても多い。もちろん水も多い。よく食べる事を牛飲馬食と言うらしいけど、それでもアッパーグレードよりも多いってのはどういう事なんだろうか。
「いいよな、何もかもうまく行ってる奴は」
食事の最中、そんな事を言って来る仲間もいる。彼は確かスプリングステークスの日の芝1200mの未勝利戦を勝った馬で僕と同じようにそれなりのご褒美をもらってしかるべき存在だ。と言うか八戦も走っている時点で僕より偉いじゃないか。丈夫である事はそれだけで財産だってのはお父さんを見る限り明白だった。普通に八歳一杯まで走るような馬は二歳の夏にデビューする事はないらしい。誰にだってそれぞれのピークがあるようにいつ活躍するかは馬それぞれとしても、丈夫で長持ちってのは立派なセールスポイントだ。浅野先生はそのことが分からない人じゃない、僕はそう信じている。
でもやはり、首を傾げたくなった事もある。
「皐月賞ですか」
僕の次のレースは、皐月賞。
そりゃ確かに、優先出走権を取っちゃったし。
でも皐月賞からユニコーンステークスとなると中一週だ。
「まあレース後の疲労次第だろうね。疲れてなければ行くし、ダメならば夏のレパードステークスまで休養だな。着順にもよるけど」
「着順って」
「まあ勝つかどうかはともかく掲示板に入ろうもんならばまだ少し未練を持ってもいいと思ってる、二ケタとかなったらもうさすがに芝は走らせないかな」
「わかりました」
ふーんなるほど、最後のレースになるかもしれない訳だ。それが皐月賞だなんて、ほんの一ヶ月前は考えもしなかったのに。
「お前と対戦するんだな」
「そうなるね」
「まあ、お互い幸運を祈ろうじゃないか」
「頑張ろうね」
「頑張ろうねかよ……」
皐月賞って事は、当然アッパーグレードやシャットダウンとも当たる事になる。シャットダウンは相変わらず優しいがアッパーグレードは相変わらず無愛想だ。
「お前な、毎年何頭の馬が出て来るのか知ってるのか」
「知らない」
「七千八百頭だよ」
「七千八百…」
「その内半分が牡馬だとして三千九百、三千九百を十八で割るといくらだ」
「二〇〇…と、一七かな」
二一七分の一。とんでもない話だけど、その二一七分の一の内三つを僕ら浅野厩舎が占める事が出来るだなんて物凄い話だ。計算すると一千万分の一以下らしい。
「で、もし僕が出なかったらどうなるの」
「今回は賞金上位と優先出走権を持ってる馬が結構被ったからな、賞金900万の馬でも抽選があったらしいぞ」
「ってか先生もよくお前に金払ったよな」
「お金?」
「皐月賞を走るためにはクラシック登録料ってのが要るんだよ、お前も二回分これまでやってたから4万円払ってたんだ、そんで今度の皐月賞に出るに当たってもう36万円かかったんだよ」
「40万円かぁ…まあ走れば返せるよね」
皐月賞ってのは実に難しい。走るだけでお金がかかるだなんて、しかも三段階も。ああ途中からお金を払っても出走できるけど200万円かかるらしい。スプリングステークスの二着賞金(2200万円)から見れば少ないけど、やっぱり40万円の五倍だからなあ。40万円ならば完走するだけの出走手当で返せるけど、200万円なんて未勝利戦の一着賞金の三割ぐらいかかる。
「お前にだけは負けないからな」
「大雨でも降らない限りは大丈夫だと思うけど」
「…言ってみたかっただけだ、俺は誰にも負けねえからな、シャットダウン、お前を含めてな」
「同じ厩舎の仲間でも、こうして同じレースに出る事になった以上は敵味方だ。大雨が降って馬場が荒れればココロノソニックにもチャンスはある。何が起こるか分からないのが競馬だ」
「そうだね」
やはり、前走はまぐれでしかない。僕が勝つには、大雨でも降って馬場がぐちゃぐちゃになってスピードの要らない展開が必要だ。皐月賞は最も速い馬が勝つと言うけど、僕としてはそんな展開欲しくない。
「あのさ、年に一回の晴れ舞台を、と言うか生涯一度の晴れ舞台がそんなひどい事になっててもいいのか」
「僕に天気を変える力はないよ」
「お前だと何か出来そうに思えて来るんだよ」
「スプリングステークスって良馬場でしょ」
「シャットダウン…」
「ああ。どんな状況でも勝てるのが強い馬だからな、よろしくな」
晴天の下で競馬が出来ればそれでいいけど、毎回毎回そんな都合のいい事に何かならない。シャットダウンの言うように何が起こるか分からないから競馬は面白い。それなのに何だアッパーグレードと来たら、僕が天気でも変えられそうみたいに。
で、ふと首を回してみると、何かアッパーグレードに賛同する声が多い感じじゃないか。
「シャットダウン…」
「まあ、運も実力の内だ。いい枠が当たるように祈ろう」
「そうだね」
とにかく僕らは、皐月賞に出る事になった。
既に多くの二歳馬がやって来て、夏からのデビュー戦に向けて稽古を積んでいる。何があるか分からないのが競馬だ、僕らを追い越す馬がここにいるかもしれない。追い越されないためにも、きっちり走らなければいけない。先輩の貫禄を見せ付けなければいけない。
(でもまあ、せっかくのクラシックレースだし楽しくやろうか)
まあそれはさておき個人的にはせっかくの機会を楽しんでおくに越したことはない。
とりあえずは二度とない機会に向けて、まずは…ああ、いけない、おしっこ…………。




