第27R 東京大賞典
『二刀流で兄ココロノソニックをも越えるか、ココロノサケビ。前走マイルチャンピオンシップよりプラス3キロ』
『まだ世代交代は許さない古豪、ココロノソニックの同期カースブレイカー。こちらは増減ありません』
『そして一番人気、ラインラインライン。前走チャンピオンズカップに続き連覇しココロノソニックの跡目の座を確保できるか。ただ前走比マイナス10キロと言うのがどう出るか』
『アスタリスクガール。ココロノサケビと並び浅野厩舎から出走。フェブラリーステークスではココロノソニックに完敗もその後成長し前走はGⅠ制覇。体重はマイナス2キロ』
『そして大外フィールマイハート。前走は半馬身ラインラインラインを差し切れず。今シーズン四戦目もまだまだ元気。馬体重はプラス2キロ』
東京大賞典に出る、馬たち。
僕がこの二年間にわたり、対峙して来た存在たち。
ココロノサケビだって僕に喧嘩を売ってばかりだから対峙して来たって表現はそれほど間違ってないし、それこそ彼らとの戦いが僕にとっての日常だった。
その彼らの紹介文の中に出た、僕の名前。
「あなたと同じ時代を生きた存在は、永遠にあなたの名前に囚われ続ける。あなたがそこで何かをしている訳でもないのに。ボクだってまたしかりです」
「……」
「勝てると思いますか?」
「あそこに僕がいたとして?」
「そうです」
「うん」
「イエスかノーか、それは自分で考えて下さい」
これまで何度も戦い、ほとんどの場合負かして来た存在。同じようにやれば勝てる。その気持ちは今でも抜けていない。
勝ち逃げ?そうかもしれない。
でも実際にそこにいない以上、全てはタラレバ論だ。アスタリスクガールやココロノサケビが僕を負かしたいと、負かせると思っているのかはわからない。後で聞いてみるぐらいの資格は僕にもあるはずだ、とか言う僕の願いをアスカキングスは横手で振り払った。
「あなたはもう、あっち側の馬ではありません。アッパーグレードさんがどうしてるか気にならないのですか」
「便りがないのは良い便りだって」
「アッパーグレードさんは既に厩舎を去る準備を固めています。今年いっぱいはいるでしょうけど引退式もせずに北海道に行き、そこで種牡馬になります」
「後で別れの挨拶をしておかなきゃ」
「当然です。しかし今のあなたでは多分話なんか続きません。いつものように八つ当たりをされて終わりです」
八つ当たり。
何度も何度も聞かされて来た言葉。
僕が決して取り乱す事なく冷静に応じ続けた結果、立ち向かっている側がそんな風に感じてしまうらしい。僕としてはあくまでも自分なりに正しいと思っている事を言っているだけなのに、と言うかなぜか上に立ってしまっている。
「だけど、競走馬でなくなった僕はもうその言葉を裏付けるだけの力がないから」
「いいえ、アッパーグレードさんたちからいろいろ聞いて知ってるんです。あなたは元からそういう馬だった。卓越した実力があったから無視できなかっただけで、本当ならば触れたら飛び火して自分を焼き殺しそうな存在だったと。それで弱ければ笑えたけど強かった、強すぎた上にあなたは善良すぎた。構わなければ自分の心証を悪くするし戦って勝つためには何とかして心を乱すほかなかった。
そして、この前の有馬記念ではっきりしました。あなたの弱点は、仲間だと思っている存在の負の感情だと」
——————————仲間と思っている存在の、負の感情。
嫉妬、羨望、憎悪、そして痛み——————————
「パシャン」
あ、ゲートが開いた。
いきなり逃げるような馬はいない。いやラインラインラインが、落ち着いた様子で先頭に立つ。
二番手との差は半馬身。派手さはない。
無理をせずスローに落とし、逃げ切りを図る。だがその狙いを見切ったかアスタリスクガールも付いて来ている。
ココロノサケビとカースブレイカーは中団、フィールマイハートはその二頭の後ろ。
悪いけど他の馬は現状差が大きい。実際六番人気馬の単勝は45.9倍、五番人気のココロノサケビが10.7倍なのにだ。
『さあ残り1000!誰が新たなる時代を切り開くか!』
新たなる時代。僕のいない時代。カースブレイカーはもう六歳でフィールマイハートも来年六歳だからともかく、ラインラインラインにアスタリスクガール、ココロノサケビはその次代の主人公となる資格は持っているだろう。
しかし——————————。
「ほらその眼がいけないんです」
とまでなった所で、アスカキングスの右前脚が強く踏み鳴らされた。僕が毒気を抜かれた顔でモニターに目をやると、ラインラインラインが逃げる中アスタリスクガールが必死に歯を食い縛って抜こうとするが抜けず、フィールマイハートとココロノサケビが共に追い上げている。カースブレイカーはと言うと、脚が上がっていない。
正直、誰も脅威に感じない。
ここにいたら、とか言うのがまずいらしい。
「あなたに必要なのは温かく後進を見守るそれであって誰彼構わず喧嘩を売るような眼ではありません。そしてそれこそ、触れると火傷するとわかっていても多くの馬を巻き込んだ誘蛾灯なんです」
「何故君は全てを知っているんだい」
「あなたと同じです。理屈を積み重ねただけです。あなたがなぜあそこまで恐れられているのか、走れないなりに分析していました。他にする事ないですから」
「……………………」
「元々母からあなたの事を聞いていました、まだ二歳の時でしたけどその時からあなたは変わっていなかった」
「……………………」
二歳の時から、変わっていない。成長していないと言うのか。
「勘違いしないで下さい、善悪ではありません、正誤です。
競走馬としては正しいそれだと思います。しかし種牡馬としては違います。
母はおそらくあなたがここまで燃え上がり続けるとは思わなかった、自分が延々五年間、少なくとも二年間は燃えていたのに」
「傲慢だって言うの」
「傲慢ならばその方がましでした。あなたは他の馬を見下さない」
「一頭見下した馬がいる」
「それは誰が見てもそれに値する理由があったからです、正しい見下しです。
正しくない事をあなたはしなかった、そしてそれが他の馬を余計にピリピリさせた。
耐える馬もいましたけどその空気に反発してしまった馬は多かった。
でも正しいから、それが八つ当たりになってしまったのです」
説教される間に、レースは終わっていた。
タイムからして平凡。ラインラインラインの天下が本当に来るのか、どうにも疑わしい。
「勘違いしないで下さい、ボクだって好き勝手に言ってるだけです。なぜ真っ正直にこんなしょうもない子どもの言葉を聞いたんです」
「だから正しいと思っているから聞いているんだ」
「わかりました。生意気な子どもに付き合わせてしまい大変申し訳ありませんでした」
「大変参考になったよ」
アスカキングスの顔は、きれいに輝いていた。
彼になら、将来を託してもいい。
そんな安心感が、僕の全身を包んでいた。




