第20R 有馬記念
「あんな事言っといてなんだその顔は」
「必要な時は緊張するよ」
「お前はそれが出来るんだよな」
四年間の競走生活で身に付けた、芸の一つ。
だが今更引っかかる奴は、もういない。
いや実際に見せた事はほとんどないから即興芸だが、ただ単に大根役者だったのかそれをするには実績を重ねすぎたからなのかはわからない。
と言うか中山競馬場って場所自体、本当の本当に皐月賞以来であり新馬戦同然の気分だ。実はデビュー戦も中山競馬場だったけど、四年も前の事はもう覚えていない。データベースの中のひとつでしかなく、肌からはすっかり消えている。
(数字はどこまで雄弁か……)
それでも、数字は僕に沈黙を許さない。
人気投票、一位。当年のダービー馬らを差し置いての一位。
アッパーグレードは七位。
あくまでも人気投票はその馬を見たい、有馬記念ってレースに出したいと言うそれであって一番下だと百位にも満たない馬も出るけど、それでも多くの人たちが僕を有馬記念って舞台で見たいって事らしい。
「って言うか、ファンの皆さんはよっぽど待ちくたびれてたんでしょうね」
とかココロノサケビは言っていた。
ダートにしか関心を持たない僕とその事を分かっていた浅野先生のおかげで全く無縁な生活を送っていたけど、実際同じくファン投票の行われる宝塚記念での順位が
おととし 十八位
去年 十四位
今年 九位
で有馬記念が
三年前 四十三位
去年 七位
だった。去年に至っては出走しなかった馬としては二番目であり、もしおととしも故障してなければ十位台は堅いとまで言われていたらしい。
そんな中での、実質六度目の機会での初出場。
大井競馬場から自動車で三十分少々しか離れていない中山競馬場の空気は、思っていたより冷たい。
予想最高気温は9℃。真冬って事を考えればまあこんなもんかと言えるはずだし風もないけど、なぜか毎年感じていた熱気がここにはない。
それだけで、自分の立ち位置がわかる。
僕はあくまでも、オキャクサマでしかない。
ジャパンカップにおける外国馬と同じ、異世界からやって来たよそ者。
そのスタンスを変える気もない。
「異種格闘技戦をやる気か」
「うん」
「それで勝つ気か」
「そうだよ」
「だから先生はここでシャットダウンにお前をぶつけなかったんだよ。負けてもマイナスゼロのお前が相手じゃ得をするのはお前だけだ。確かにシャットダウンは勝っても負けてもどっちみち終わりだって決めてたからあいつそのものは痛くも痒くもないだろうけどさ…」
三年前にも、浅野先生は僕を有馬記念に出そうとした。結果的に断念して東京大賞典に回ったけど、確かにあの時から僕はダートを極める事しか考えてなくて芝なんてその間の余興みたいなもんぐらいだった。皐月賞の時も皐月賞ってクラシックレースを走れる事を純粋に楽しみ、着順なんて二の次どころか三の次だった。
「あと、二の舞を演じたくもなかったらしいしな」
「二の舞…」
「GⅠ十四勝、大層なこったよ。でももう一つ、お前には勝てる可能性があったレースがあった」
「何だい」
「羽田盃だ。お前をそこに出してりゃ大楽勝してただろうけど、それを先生は望まなかったってか怯えていた。後で嘆いてたよ、俺の親父と変わんねえって」
「ヒガシノゲンブさんと?」
羽田盃。牡馬三歳ダート路線の三冠の一冠目と言うべきレース。
僕はそこへ出ず皐月賞に回った訳だが、東京ダービーやジャパンダートクラシックではその羽田盃を勝った馬を一蹴した。
「知ってるかもしれねえしこの前のアスカキングスのそれで納得行っただろうけど、親父は菊花賞の後故障してそれ以来となった大阪杯は大惨敗した。
浅野先生と大阪杯の時の騎手だった滝原さんは口を揃えてたよ、ヒガシノゲンブって存在に脅えてたって」
「ワンダープログラムと同じように?」
「いや二人の場合はまた脚を壊すかもしれねえって面がでかい。実際凱旋門賞を最後に脚を壊して引退した以上まさにその通りではあったが今でもあの大阪杯は名手の名をほしいままにする滝原さんがもう何もできないのかってこぼした生涯の汚点みてえなレースになっちまった」
「それで元に戻した春の天皇賞があれだったから…」
「ああ。親父もお前も、杓子定規で測っちまったのが間違いだった馬だった。百分の九十九に通じる杓子定規だけどな」
その上で、アッパーグレードの結論はまた同じ所に行き着く。
僕がもう飽き飽きだと言わんばかりに天を仰ぐと、アッパーグレードもため息を吐く。
「お互い様とは言え、お前は何頭のサラブレッドの運命を狂わせてきたんだろうな」
「数えてない」
「ココロノサケビは結局、芝にもダートにも染まり切れていないまま古馬として過ごす事になるだろうな。二刀流と言えば体裁はいいけど、どっちつかずに終わるかもしれねえ」
「それはもう僕の干渉する所じゃない」
「そうだけどよ。勝てばさすがにココロノソニックの弟、負ければココロノソニックの弟なのに。阪神カップとかのが気楽かもしれねえのにさ」
マイルチャンピオンシップで三着に入ったココロノサケビの三歳馬として最後のレースは、有馬記念でも阪神カップでもなく東京大賞典になった。東京大賞典であわよくば兄弟対決とかって言われてたけど、こうしてお流れになったのは残念である以上に安心する。負けたら恥ずかしいし勝っても兄を越えられないと言われるし、僕にとっても面白くない。
正直最後の戦いとして、あまりふさわしくはないように思えた。
「まあとにかく勝負事に慣れるとよ、予想外の強敵は考えても予想に満たない弱敵の事は考えねえ」
「そうだね」
「お前の弱点があるとすればそれだが、それを突く方法はない。いやあったか、あの四歳の時のかしわ記念。ああ大丈夫だ、命がけで相手の足を引っ張ろうなんて奴はここにはいねえからよ」
その事を思えば、この有馬記念と言う皆が確実に正々堂々と戦いを挑んで来る舞台は今の僕にふさわしい舞台かもしれない。
「最後までよろしくね」
「こっちこそ」
胸が文字通り高鳴り出す。
決戦の近さを、実感せずにいられなかった。




