第19R それぞれの解釈
「いばりくさるなって言ったんです」
————————————————————いばりくさるな。
「それってまんま!」
「ええ。ですから模倣だと言ったのです」
「模倣って!」
「言葉が悪かったですけど、いずれにせよココロノダイチさんはワンダープログラムさんの成功を見て母に同じ事をしたようです」
「成功、なのか……」
成功。
確かにお父さんはノーザンスザクさんを目覚めさせることに成功したかもしれない。
「でもワンダープログラムは」
「はい。ヒガシノゲンブさんのその言葉にワンダープログラムさんは不意打ちを喰らってしまったように動けなくなり、さらに吠えかかられて頭を抱えながら去って行ったそうです」
「そしてすっかり馬が変わっちまったって訳か……」
「その後のヒガシノゲンブさんの活躍は言うに及ばずですが、同時にワンダープログラムさんがヒガシノゲンブさんの後塵を拝し続けるようになったのもまたしかりです」
だがその例であるワンダープログラムは、それから日本ダービー、菊花賞、春の天皇賞、宝塚記念。四度に渡り二着に負けた。自分が起こしてしまったヒガシノゲンブに負けた。
「でもよく見ると、ワンダープログラムはいつも中途半端な中団待機って感じでさ、もうちょっと後世みたいに追い込み戦法に徹するか、あるいはいっその事ヒガシノゲンブに喧嘩を売るように逃げに付き合ったりするとか方法があったんじゃないのかって思うけど」
「できなかったんです、ココロノダイチさんに怒られるまで。ボクも最初その話を聞いた時にはヒガシノゲンブさんの態度って逆ギレかと思ったんですけどココロノダイチさんもあれは威張りくさってるって言ってたとか」
「威張りくさってる…」
「自分がヒガシノゲンブさんの全てを壊してしまった、だから責任を取って正しいやり方で勝たねばいけない、教えなければいけないって」
「だから自分の考える正しいやり方で勝ち、何とかして皐月賞以前のヒガシノゲンブに戻ってもらおうとしたって訳か……もしかして菊花賞の後故障したのも」
アスカキングスは深くうなずく。
要するに、ワンダープログラムは一年近くずっと自分でなくヒガシノゲンブの目を覚ますために戦っていたのか。ダービー馬と言う最高の存在を、自分の思うがままの存在にするために。
「確かにそれはうぬぼれだね」
「ええそうです。実力も、と言うか実も整っていなかったのに相手を思うがままにしようとした。それこそ威張りくさっていると言われても仕方がないお話です」
「でもお父さんは威張りくさっていないと思うけど」
「空威張りではない事は間違いありません。しかし上から目線の物言いであった事は確かです。実際に上でしたけど」
威張るって言葉は、基本的に上から目線の意を含む。
同格のはずなのに必要以上に、等身大の自分より大きく見せるって事。
しかし実際に上である存在が上から物を言う事は、心情的にはともかく構造的には仕方がない事だった。
八年前のお父さんは既にGⅠ七勝馬、ノーザンスザクさんは重賞ゼロ勝の上お父さんより六歳も下。
一方十三年前の時のヒガシノゲンブはGⅢ一勝、ワンダープログラムがGⅡ二勝と言う差こそあれどGⅠと言う決定的な差はないし、ましてや同い年でライバルであったはずの存在。
「その立場を使ってお父さんはノーザンスザクさんを」
「焚き付けたのです。そして見事に成功した、それこそ勝ち逃げです」
「勝ち逃げって」
「あの死闘で競走馬として最後の使命を果たし、衰えではなく自分の都合によってのみここを去る事を競馬界に布告する。連続で大敗してもはやこれまでと思われた所からの挽回ですから素晴らしい物です。そしてそういう身だからこそ、ココロノソニックさんが出て来るまでの間、母を育てる事にした」
「まさか!」
「もちろん意図的な物ではなかったでしょう。しかしココロノダイチさんに、ほどなく自分が父親になると言う自覚がなかったとは思えません。ましてやヒガシノゲンブはココロノダイチさんの親友でしたから、自分にとっても子どもみたいなものだったのかもしれません」
ワンダープログラムは、失敗した。少なくとも、成功と言えるそれじゃなかった。
でも、お父さんは成功した。
何が違ったのか。
本当に上の立場から物を言ったから成功したのか、あるいは勝ち逃げを決め込む気でいたから成功したのか。
「ありがとう、本当にありがとう。聞いた事のない話だったよ」
「ボクも感謝します。やはりココロノソニックさんは走る事だけに全振りしたお方だったと言う事がわかりました」
「走る事に全振り…」
「それが正しいのは分かります。でもそうして鍛え上げられた刃は、誰にも扱えません。あなたはあなたでしかない」
「それってまさか」
「種牡馬として成功するしないかと言うと別問題です。あなたの姿は本当に正しい。ただ、誰も到達できない所にある」
「結局、最終的にはそうなるんだね」
お前には誰も追い付けない。
何度もそう言われて来た。
何とかしてみんな自分たちの方まで引きずり降ろそうとしたけど誰もうまく行かず、一頭、また一頭と敗れ去って行く。死屍累々の上に僕は栄光を築き上げ、今こうしてそのまま去ろうとしている。
「でも僕は、それを悪い事だとは思わない。
弱肉強食、適者生存。それがサラブレッドの世界。僕の体はこれまで叩きのめして来た他の馬たちの血で汚れている。自分ではきれいな手で天下を掴んだつもりだけど、結局返り血を落とす事は出来ない。
誰にも、出来ない」
「あなたは、正しい。しかしその正しさを背負える馬は多くない」
「わかっているし、まさに君の言った通りだと思う。けど僕は、その正しさを武器にここまでやって来た。変える気はないし変わる道もない、改めて確信したよ」
僕は、最後の最後まで自分のやり方で戦う。
そうはっきり、アスカキングスたちに宣言した。
後戻りするだけの時間も、その気もない。
(どんな舞台であろうとも、ね……)
僕が驕り高ぶっているのか、威張りくさっているのか。そんな事は分からない。
わかるのは、僕のレースはあと一回しかない。
それだけだった。




