第18R 父さんの伝説
「ものすごく威張りくさったことを言ったそうです」
威張りくさった事。
一体どういうことなのか、全く及びもつかない。
「まさか俺はGⅠを七個も勝ってるんだぞとか」
「違います、みんな笑ってるじゃないですか」
「こいつにその手のボキャブラリーはねえよ」
適当に言ったらアッパーグレードたちに笑われた。実際、威張りくさるとか言われても他に何も思い付かない。
「強い馬の娘や妹は強いのが当たり前、ああ僕の祖母って言うか母の母はオークス馬ですけど、そんなのは耐えられないと愚痴をこぼしたそうです」
「泣きわめくとかじゃなく?」
「ええ。すっかり気力を失いかろうじて愚痴として吐き出していたような状態だったようです」
「その母に対して、はっきりと言ったんです。当然だろって」
当然。
確かに相当な言い草だ。
世の中に血統だけ良くて成績の伴わない馬は山と居るし逆もまたしかりだ。と言うかアッパーグレードの言う通り種牡馬なんてのは天才の集まりだからサラブレッドのほとんどが天才の父親の才能を受け継いでいないボンクラと言う事になる。
ましてやノーザンスザクさんの場合母親だけじゃなく、父親も凱旋門賞を制した上に種牡馬としても残念ながら今年はもう無理っぽいけど四年連続リーディングサイアーになったヒガシノゲンブと言う存在だった事もあり両面からのプレッシャーは半端じゃなかったはずだ。
「名馬の名を父と母に持つと言う事はオーナーさんたちの期待の証、スタートから背負わされて来た負担重量……」
「ふむふむ」
「こんなんでへこんでいたら他のヒガシノゲンブの仔に置き去りにされる、恩を仇で返すな、と。ああそれとランザプログラムさんも引き合いに出してたと」
「なるほどね」
「なるほどねとか言ってるけどお前わかってねえだろ。お前の親父はまだ二歳のお嬢ちゃんに向かってグダグダと説教垂れてたんだよ、しかも一番痛いとこを突くようにな」
「大人げないって言うの」
「大人げねえよ。GⅠをあんだけ勝ちまくってた存在がだよ、たかが二歳牝馬にその栄光を振りかざしてよ。ノーザンスザクさんはそんな事したか?」
確かに僕の知ってるノーザンスザクさんは優しい馬だった。
あれほど強いのに穏やかに笑い、僕たちを見守ってくれるような馬だった。
シャットダウンも多分ノーザンスザクさんの事は好きだったろうし、アッパーグレードだってそうだ。
「それで当然キレたんだろ」
「そうです、一体何様のつもりだって」
「GⅠ七勝馬様のつもりだったのかな」
「確かに上から物を言える身だけどな、ただでさえ弱り切ってた所にそんな追い打ちをかけるのは倫理に反するぞ」
「でもココロノダイチさんは、それが空論でない事を自分の手で示しました。あの名古屋の戦いはあまりにも感動的なフィナーレだったと聞いています」
お父さんの最終戦、あのチャンピオンズカップは八年前。
写真判定に十分近くかかり、ハナ差でGⅠ八勝目を決めた戦い。
そしてその次の週、阪神ジュベナイルフィリーズをノーザンスザクさんは制した。
あまりにも見事な有終の美と、切り開かれた未来じゃないか。
「うちの親父たちがいなくなった厩舎をココロノダイチさんが中心となって盛り立て、その上でノーザンスザクさんにバトンを繋いだって次第か」
「そのためにあんな事を言ったんだってわかるまで二年かかったそうです」
「感動的だな…とか思わなかったか」
「え、っと…」
「確かにそのエピソードだけ切り取ればカッコ良く聞こえるかもしれません。ですがそれがどこから来たのか分かりますか」
カッコイイセリフの裏に何があるのか。
自分の次の世代を育てたと言う功名心?
最後の一戦に臨もうとしていたお父さんが自分を追い込むための檄?
それとも……?
「言っておきますけど、ボクだって直に母から聞いたわけでもありません。あくまでも昔のココロノダイチさんたちの仲間だった馬からの又聞きだったり、その時に関わっていた人とかが物した話だったりします」
「つまり」
「信憑性はあまりありません。それでもいいならば」
「構わないけど」
「では言います。
ただの二番煎じです」
その問いに対し、アスカキングスは前置きした上で言ってくれた。
要するに、誰かの真似だったと。
「真似って…でもさ、かつての名言を引用して誰かに教えを与える事って山とあると思うけど」
「めいげんかもしれません、ただし、迷う言葉と書いてめいげんですが」
「何それ!」
迷言?どんな迷言だって言うんだ?そしてそれをなぜお父さんが真似っこする必要があったんだ?
「迷言ねえ、一体どんな迷言だったんだよ」
「くどいですがボクも正確には覚えていません」
「分かる限りで頼む」
「わかりました」
いつの間にか馬だかりが出来ている。二歳なのに古馬みたいな貫禄を持った馬のが、まるでそのまんま見て来たかのように口を開こうとしている。
「もう、十三年前、日本ダービーの事です」
十三年前。お父さんたちが三歳だった頃。
まだ未勝利馬だったお父さんと、ダービーでワンツーフィニッシュしたヒガシノゲンブとワンダープログラム。その時から何故か仲が良かった三頭。それなりの青春時代を送っていた頃。
「皐月賞で惨敗して、みっともなく泣きわめいていた。それがヒガシノゲンブさんでした」
「え…」
「そこにやって来たのが、ワンダープログラムさん。皐月賞では十三着だったヒガシノゲンブさんよりはましだったとは言え六着、そこで次こそは何とかしなければいけないと自分のためにも、ワンダープログラムさんのためにも檄を飛ばそうとしたんです」
あの恐ろしくも勇ましいヒガシノゲンブの姿からは及びもつかない情けないそれ。
そしてそれを元気付けようとした……!
「まさか…」
「そうです。強い馬の子どもは強くて当たり前みたいにみんなから言われて……と言う泣き言に対し、そんなのは当たり前だと一蹴してしまったんです」
「一蹴…!」
「慢心があった、恩を仇で返すような真似は出来ない。何とかしなければいけない。そんな口上を延々と並べたとか」
「それを父さんが」
「ええ。思いっきり真似をした事に、母も古馬になってから気づいたそうです。きっかけについては分かりませんけど」
ワンダープログラムさんのセリフを、真似たって事か。
それでその結果、その後のヒガシノゲンブの活躍は言うまでもないほどだからそれならば迷言って事には……。
「その言葉を聞いたヒガシノゲンブさんは何て言ったと思いますか?」
「さあ…」
「いばりくさるなって言ったんです」




