わがままな神子 5
日中はあまり窓辺に寄るとルーティからもメラスからも注意される。
陽葵が日々を過ごしている部屋は三階に位置しており、窓は庭に面している。
窓の外は人が多く通る場所ではないらしいが、それでもまだ存在を秘匿されている状態の陽葵があまり窓から顔を出していて見つかっては面倒ということが理由らしい。
とはいえ陽葵があまりにも退屈を持て余していることは護衛のふたりも理解しているのだろう。
陽葵に厳しいルーティも夜に明かりを消して星空を観察することは許してくれており、メラスはこの世界の文字が読み書きできれば意思疎通ができるはずだと子ども向けの絵本を今日の昼間に差し入れてくれた。
夢中になってその絵本の文字を書き取って日中を過ごした陽葵だったが、夜になると明かりを消して窓辺の机について星を見上げた。
夜間の護衛であるルーティは続き部屋になっている隣室で、こちらの物音に気を配りつつも陽葵がひとりになれる時間を確保してくれている。
ルーティもメラスもいい人だとわかってはいるが、日中ずっとコミュニケーションがとれない相手と傍にいることに、陽葵も疲れを感じていた。
こうして夜にひとりで星をぼんやりと見上げている時間は、異世界に来た孤独を癒やしてくれる。
陽葵のいた世界と変わらず存在する月と星は、陽葵が住んでいた街では考えられないほど美しく今夜も夜空を飾っている。
きらめく星々をゆっくり瞬きをしながら見つめていると、トントンと部屋のドアがノックされた。
「ジルです。今よろしいですか?」
聞こえたジルの声に、陽葵はぴょんと跳ねるように椅子から立ち上がった。
飼い主の帰宅を待ちわびていた子犬のようにドアに駆け寄った陽葵が「どうぞ!」と声を上げると、開いたドアの向こうから木でできたトレーを持ったジルが現れた。
「来てくれたんですね、ジルさん!」
「約束しましたから。それにあなたはおしゃべりしないと、元気ではいられないようなので」
「えへへ、そうなんです」
この世界に来るまで、自分がこんなにおしゃべりが好きだとは思っていなかった。
ジルが来てくれただけで心が弾んで仕方がない。
「本当に紅茶持って来てくれたんですね!」
「紅茶ではなくハーブティーだそうです。夜に飲むなら、こちらがいいだろうと。よく眠れるそうですよ」
「誰かから教えてもらったんですか?」
「私はこういったことに詳しくないので、ルーティが買って来てくれたんです」
「ルーティが……!」
じーんと感動が体を走る。
出会った当初ほどの剣呑さはなくなったが、ルーティは陽葵を嫌っているのではないかと常々感じていたのだ。
続き部屋へのドアに向かって感謝の念を送ってから、陽葵はジルが窓際の机に置いたトレーの上に視線を戻した。
「お菓子もあるんですね」
「夜なので少しだけですが」
「かわいい」
小さな皿にのせられているのは、粉砂糖がかけられた星形のクッキーだ。
机につくように促されてジルにハーブティーを注いでもらうと、目の前のカップからほわっと優しいりんごに似た香りがした。
「いいにおいですね」
「カモミールティーです。嫌いではないですか?」
「はじめて飲みます」
「では、試しに」
ジルが隣に腰掛けるのを待ってからティーカップを手に取り、ふーふーと息を吹きかけて冷ましてから口をつける。
香りと同様にりんごに似た優しい甘さは、胸の奥をそっとほぐしてくれるような味だった。
「とってもおいしいです」
「よかったです。そちらの世界では女性はあまり紅茶やハーブティーは嗜まれないんですか?」
「私はお姉ちゃんがいるので、お姉ちゃんが飲んでる紅茶を分けてもらってたくらいですかね」
「お姉様が。……ところで、失礼を承知で窺うのですが、陽葵様はおいくつなのですか?」
「17歳です」
「17」
ジルがぎょっとした様子で陽葵を見る。
陽葵はキュッと眉を寄せた。
「なんですか、その目は! なんだか失礼なことを考えられてる気がします」
「いえ、随分幼いなと」
「ひどい!」
「失礼。こちらでは17歳の女性は既に結婚をしている方も多く……」
「ジルさんは何歳なんですか?」
「25歳です」
「えっ、じゃあジルさんも結婚してるんですか?」
「していたら、魔力の補給を理由にあなたにキスすることを妻に承諾してもらわねばならなかったでしょうね」
なるほど、と納得したふりをしてクッキーに手を伸ばす。
本当は二回目の魔力の補給で受けたキスがあまりにも丁寧だったことを思い出してドキドキしたことを隠したかった。
「ん! クッキーも、ほろほろしてておいしいです」
「それはよかったです」
ジルもクッキーをつまんで、形のいい唇に運ぶ。
おいしかったのか軽くうなずきながら味わっているジルは、唇についた粉砂糖を軽く舐めた。
(あの唇と、キスしたんだ)
ふと浮かんだ言葉に、陽葵は慌ててカモミールティーにもう一度口をつけた。
部屋を暗くしていてよかった。
ジルに真っ赤な顔を指摘されていたら、破廉恥女扱いされても文句は言えない。
「最近、部屋の掃除をされているそうですね。今日はメラスから絵本を受け取れましたか?」
「はい。知ってたんですか?」
「掃除の件はルーティから報告がありました。絵本は渡す前にメラスから許可がほしいと頼まれました」
当たり前だが、護衛のふたりは陽葵のことを逐一ジルに報告している。
日頃の様子がジルに筒抜けだと思うと、少し恥ずかしい。
ぼーっとばかりしていてだらしないなんて報告されていないことを祈っていると、ジルは指先についた粉砂糖を皿の上で指を擦って落としながら陽葵にたずねた。
「この部屋にいるのは退屈ですか?」
「はい。それはもう」
メラスから絵本を差し入れられたときは、文字を学ぶというやることが増えたことに大喜びしてしまった。
陽葵が大真面目にうなずくと、ジルは苦く微笑む。
「でしょうね。あなたが外ばかり見たがることも聞いています」
「でも、仕方ないですよね。私が祝福の神子か災禍の神子かってわからないでしょうし」
陽葵自身、自分が魔王を討つ存在なのか、魔王を呼ぶ存在なのかなんてわからない。
災禍の神子なんて危なそうな存在である可能性を考えると、ジル達が陽葵を野放しにできないことは納得していた。
とはいえ、退屈なものは退屈だ。
陽葵がため息交じりに答えると、ジルはふっと笑みを優しくした。
「そうですね。ですが、ひとつだけ。今日でようやく確認が終わったことがあります」
「なんですか?」
「今のところ、この世界に魔王は復活していないようです」
陽葵はぱっと表情を明るくさせて前のめりになる。
「本当ですか!?」
「ええ。ですが、我々の観測できないところで魔王が秘密裏に復活を遂げている可能性はあります。まだあなたがどちらの神子かという判断はできない」
「……そうですか」
思わず陽葵は唇を尖らせてしまう。
魔王がジル達にはわからないところで復活している可能性があるだなんて言いだしたら、陽葵はいつまでも疑いが晴れないことになる。
魔王は復活していないことを証明するだなんて、悪魔の証明をしろと言われているようなものだ。
このまま部屋に閉じ込められたままであることを覚悟した陽葵に、ジルは柔らかい眼差しを向けてくる。
陽葵の不満を楽しんでいるのかと、ちょっとムッとしたが、ジルはすぐに予想していないことを言った。
「外に出てみますか?」




