わがままな神子 4
ジルの主な仕事は判断をすることだ。
部下からの報告を受けての指示出し、ノワールへの依頼を誰にどう振るか。
日々頭を使う仕事の中で、最も暢気な報告を受けるのは陽葵についての報告だ。
「今日も陽葵様はへたくそなお絵かきばっかでした。なんかしゃべってましたけど、あたしにはさっぱり聞こえません」
「そうか。いつも悪いな」
「悪いと思うなら、あたしをこの任務から外してください」
書類まみれの執務机の向こうで、不満そうな表情で立っているルーティにジルは苦笑いを返す。
ノワールは実力主義。
女性が少ない騎士団の中で、少数精鋭のノワールに見合う実力を持つ者はさらに数が減る。
現在のノワールにはルーティしか女性騎士がいなかったため、同じく女性である陽葵のよき相談相手になるかと思っていたが、そううまくはいかないらしい。
「陽葵様とは口喧嘩にもならないだろう。なにがそんなに気に食わないんだ?」
「あたしは守られるだけの弱い女が嫌いなんです」
「彼女は剣も魔法も使えない。異世界の人間なのだから仕方がないだろう」
困った口調でジルが諭すと、ルーティはあからさまにため息をついた。
「あの子、弱いだけならまだしもわがままなんですよ」
「わがまま?」
「へたくそな絵とジェスチャーで洗濯物とか料理とかできるって言ってくるんです。部屋の掃除も自分がしたいって訴えて、ほうきとぞうきん握って放さないし」
「では今は部屋の掃除は陽葵様が?」
「はい。洗濯物と料理はジル様から外に出る許可が降りてないから無理って言ったら落ち込んでました」
呆れた様子で言うルーティに、ジルも陽葵の言動を思い返す。
七日に一度キスだけしに来るというのは受け入れられないと言われたときには、わがままだとは思わず、確かにと彼女の初心な気持ちを尊重しなかった自分を反省した。
魔力補給のためにキスをしたときも、陽葵は明らかに慣れていない様子でガチガチに緊張しており、その初心さに驚いて思わずキスの最中にもまじまじと観察してしまったほどだ。
陽葵は黒曜の髪に美しい瞳を持つかわいらしい少女だ。
あれだけの容姿であれば異世界でもきっと引く手あまただっただろうに、そういった経験はないというのはにわかには信じがたいことだったが、あの反応でようやくジルは心から陽葵の言うことを信じた。
男というのは嫌な生き物らしい。
そんな陽葵がジル以外から魔力を補給してもらうつもりはないと言ったときは、彼女の依存心にじわりとほの暗い喜びを覚えた自分に内心僅かに狼狽えた。
陽葵の声が聞こえるのはジルだけだ。
それが理由で陽葵はジルを求めているだけだというのに、自分にだけ許されたことが存在すると言われると理由もない優越感が湧いてしまう。
ジルの心をあの短時間で振り回した陽葵は、確かに感情表現豊かで自分の望みを直球で伝える勇気のある少女だろう。
わがままだと言われればそうとも言えるが、少しでも何かしていたいと陽葵が望んでいるのは、きっとあまりにもできることがないからだろう。
何もわからない異世界で、陽葵はジルが思っていたよりも孤独を感じているのかもしれない。
陽葵は窓の外ばかり見て過ごしていると聞く。
ジルに放置されていたことに拗ねていたことといい、何もできることがない知らない世界で会話もできずに過ごすことを陽葵が苦痛に感じていることは明らかだった。
「話は変わるが、ルーティは最近女子の間で流行りの紅茶や菓子には詳しいか?」
「人並み程度に情報は仕入れてますけど……。まさか、あの子に差し入れするつもりですか?」
「そういった類いは嫌いな様子だったか?」
ルーティと同じ年頃の女子だからと言って、全員が紅茶や甘いものが好きとは限らない。
他に何か手土産になりそうなものはないかと思案を巡らせていると、ルーティは仕方なさそうに肩を竦めた。
「おすすめのお店のお茶と茶菓子を買ってきましょうか? 夜に飲んでもよさそうなものを」
「いいのか?」
「ジル様はお忙しいでしょう。そんなとこに買い物行ってる暇があるなら、あの子は会ってあげた方が喜びますよ。いつも退屈そうにしてますし、聞こえないって言ってんのにあたしにしゃべりかけまくってるくらいおしゃべりみたいなんで」
「……ルーティ。実は陽葵様のことをそう悪く思っていないんじゃないか?」
ジルほどではないが、ルーティだって暇ではない。
わざわざ買い物にでかけてくれるつもりらしいルーティは思いきり渋面を作った。
「話せもしない子と仲よくなれるわけないでしょ。上司の仕事を円滑にしてあげようっていう配慮です」
「そうか……」
心底苦々しそうに言うルーティにジルも苦い返事をするしかない。
言葉を交わせていれば、もう少し陽葵とルーティも仲よくなれていたかもしれないと考えると、また胸が痛んだ。




