わがままな神子 3
「ジルさんに聞きたかったことがあるんですけど」
「なんでしょう?」
「ノワールってなにで、ジルさんはどんなお仕事をしてるんですか? メラスさんもルーティさんもここに来ても忙しそうで」
騎士団暗部組織というざっくりとした紹介はされたものの、ノワールがなにをしているのか陽葵は知らされていなかった。
「ノワールは騎士団の中でも最も少人数の部隊です。主に隠密任務を請け負います。私はその部隊の隊長として、騎士を取りまとめています」
「スパイ的な?」
「はい。秘密裏な要人護衛や王が要求すれば暗殺もノワールの仕事です」
「暗殺……。ジルさんも人を殺すの?」
「必要とあらば。とはいえ、最近は戦争もなく、王もその辺りがうまい方なので、殺しの仕事はありませんが。魔物討伐の人手が足りないときに駆り出される程度なので、腕がなまらないように日々の鍛錬は欠かせません」
神妙な表情でうなずくジルに、陽葵は膝の上で両手の指を組んだ。
ここが異世界なのだということを強く感じる。
人の殺し合いも、魔物との命の奪い合いも、この世界では当たり前に存在することなのだ。
深く考えるともっと怖くなってしまいそうで、陽葵は努めて笑顔を作って違う質問を投げかけた。
「そういえば、メイディアさんでしたっけ? あの方が、ジルさんのことを王とか言ってたのはどうしてですか?」
——やっぱり世界はおまえを王としてたってことじゃない?
妖艶な声でメイディアがジルに言っていた言葉を思い出す。
あの言葉を聞いていたため、陽葵はずっとジルが王ではなかったのかと密かに疑問に思ってきた。
ジルはため息をついて、軽く額を押さえる。
面倒そうな様子に聞いてはいけないことだったかと陽葵は身構えたが、ジルが胡乱なまなざしを向けたのは陽葵ではなくここにはいないメイディアに対してだった。
「あの人は自由な発言が過ぎる。不敬罪で殺されても文句を言えない」
「えっと……?」
「私が今は亡き先代王妃の親族だから、勝手なことを言っているだけです。国王陛下はリヒター様です。あなたも神子とはいえ、まだ祝福の神子だと決まったわけではない。迂闊な発言をして不敬罪に問われないようにご注意を」
「わ、わかりました」
陽葵は慌てて口を押さえる。
しかし、そこで陽葵はハッとした。
「でも、私が迂闊な発言をしても、聞こえるのはジルさんだけですよね?」
「私が王に告げ口しないとも限らないでしょう?」
「そんなひどいことするんですか!?」
「冗談です。ですが、油断なきように」
からかったジルが楽しげに口角を上げる。
美しい顔が微笑む様は艶っぽくも見えて、陽葵の乙女心がキュウッと音を立てた。
(イケメンってズルい! 意地悪言ってもかっこいい!)
「陽葵様」
「っはい」
「そろそろ、いいですか?」
陽葵が膝の上で握っていた手の上にそっとジルの手が重ねられる。
男の人の大きくて骨張った手の感触にドキドキして、陽葵が身を硬直させたまま俯いていると、ジルのもう片方の指がそっと陽葵のあごに触れた。
「あ……」
優しく顔を上げさせられて、ジルのラベンダー色の瞳と目が合う。
(これは魔力の補給! 人工呼吸みたいなもん! ドキドキしちゃだめ!)
自身にそう言い聞かせてもバクバクと跳ねる心臓は言うことを聞かない。
堪らず陽葵がギュッと堅く目を閉じると、唇にあたたかな呼吸を感じた後に、ゆっくりとジルの唇が触れたのを感じた。
ほのかに体の中心から熱が指先に広がっていく感覚がする。
魔力が補給されていることを感じながらも、心臓がうるさすぎてそれどころではない。
唇が離れた瞬間、ほっとして目を開けて後悔した。
ジルのラベンダー色の瞳に、陽葵の黒い瞳が映るほどの距離感で目が合ったからだ。
「っ、目、閉じてください!」
「……ああ、忘れてました」
「忘れた!?」
キスをしている顔をまじまじ見られていたのだと悟り、真っ赤になって怒る陽葵に、ジルはぽかんとしている。
目を閉じるのを忘れるなんてことがあるのか。
ギョッとしている陽葵に、ジルは軽く咳払いをした。
「いや、あまりに必死な表情だったので、つい」
「慣れてなくて悪かったですね!」
「そういえば、これが二回目のキスですもんね」
「もうっ!」
ふむ、と納得した様子のジルの意地悪さに陽葵は顔がますます赤くなる。
くすくす笑ってその様を見ていたジルは椅子から立ち上がった。
「怒らせてしまったようなので、今日はこれで失礼します」
「……また、来てくれますよね?」
顔の熱は引かないが、唯一おしゃべりできる相手がいなくなってしまうのは寂しい。
思わずジルのローブの袖をつまんで上目遣いにたずねると、ジルは目を見開いて瞬きをしてからそっと陽葵の手を外させた。
「キスをした後にそんな風に男を引き留めてはいけませんよ」
「ジルさん以外から魔力はもらいませんし、声も聞こえないんですってば」
「そうですか」
なぜかどこか満足そうに微笑んだジルは、外した陽葵の手を柔らかく握り直して、子どもに物を言い聞かせるときのように軽く揺らした。
「必ず七日経つ前にあなたに会いに来ます。それまでいい子にしていてください」
「……わかりました」
ジルの優しい声が照れくさくて、わざと拗ねたように唇を尖らせて陽葵が返事をすると、するりと繋いでいた手は離された。
「では、おやすみなさい。陽葵様」
「はい。ジルさんも、おやすみなさい」
ドアまでジルを見送りに行った陽葵は、ジルが閉めたドアの向こう側に消えると、深く息を吐く。
まだ続くドキドキは胸を押さえると掌にまで伝わってきた。
「はーっ、キスって心臓に悪い」




