わがままな神子 2
「今夜、あなたにキスによる魔力補給の許可をいただきたい」
一週間ぶりに会ったジルからの突然の願い出に陽葵は目をぱちぱちと瞬かせる。
そして、反射的に三歩ジルから距離を取った。
「な、なんでですか? 私、息もちゃんとできてるし、あの時みたいに苦しくないですけど」
「魔力は生きる限り自然に消耗していくものです。それを作る器官があなたには存在していない。いずれこちらの世界に来た瞬間と同様の苦しみに襲われることになります。それを避けるためにも、七日に一度ほどキスによる魔力補給が必要です」
「キス以外に方法はないんですか!?」
陽葵は今までに彼氏ができたこともなく、ファーストキスはいつか大好きになった人とロマンチックな雰囲気の中で果たしたいと夢見る乙女だった。
それが突然異世界に転移して、生命を維持するために致し方なく緊急の救命措置のために行われることになるだなんて想像もしていなかったのだ。
既にひとつ夢を打ち砕かれていた陽葵としては、これから七日に一度のペースで愛もないキスを淡々とこなすだなんて乙女心が許さない。
抵抗する陽葵にジルは真摯に答えてくれた。
「魔力器官が生まれつき存在しなかったり、その機能が何らかの原因で失われるということはあります。そういう人間は特別な医療装置による魔力補給が行われます」
「なら、私もそれで……」
「医療装置を使うために、人目を避けてあなたを七日に一度ここから医療機関に連れて行くのは護衛の関係上難しいです。それにあなたにはこの世界での戸籍も何も存在しない。医療機関に通ううちにあなたの正体が神子であることが露呈してしまう可能性もあります。諸々の判断の結果、私が経口補給を行うのがベストだと判断しました」
メラスが協議していたというのは、この辺りのことも含めてのことなのだろう。
三人が集って頭を捻った結果、ジルが魔力を経口補給することが最良ということになったのなら、知識が皆無である陽葵にこれ以上反論することはできなかった。
「じゃあ……、仕方ないと思います」
「そんなに私とキスをするのはいやですか?」
渋々了承した陽葵にジルが不愉快そうに聞いてくる。
この美形だ。
今までキスを迫って断られたことなんてないのかもしれないが、陽葵は正直いやだった。
「いやです」
「なぜ?」
「私がおしゃべりできる相手はジルさんしかいないんですよ? それなのに一週間も放っておいて、やっと来てくれたと思ったらおしゃべりもそこそこにキスしましょうって、なんか……すごく、いやです!」
ジルにとって陽葵はきっと突然降って湧いた面倒事に違いない。
それでも唇を許すことは、陽葵にとってかなりハードルの高いことだった。
思いきって伝えた本音は一蹴されてしまうことを覚悟していたのだが、ジルは黙ると窓際の机に歩み寄り、ふたつある内の椅子の一つを手で指し示した。
「では、こちらに」
「え?」
「おしゃべりがしたいんでしょう。確かに、知らない世界で不安なことも多いだろうあなたを構いもしなかったことは私の落ち度です。座って少し話しましょう」
「いいんですか?」
「あなたが話したいと言ったんでしょう」
ふっとジルが息をこぼして笑う。
甘やかす笑顔に嬉しくなって、陽葵はジルが指し示した椅子の元へと歩み寄る。
ジルは陽葵の椅子の背を押して座るようにエスコートをしてから、もうひとつの椅子に腰掛けた。
お嬢様扱いに思わずにこにこしてしまう。
この窓際の机は丸い形をしており、ふたつの椅子はどちらも窓の方を向くように置かれている。
自然にジルと隣り合わせに座る形になり、陽葵はジルの顔を覗き込んで微笑んだ。
「ここでお茶でもできたら素敵かもしれないですね」
「紅茶はお好きですか?」
「詳しくはないけど好きです」
「では、今度は持って来ましょう。合間を見て、あなたの様子ももう少し見に来られるようにします。私の配慮が欠けていました」
今まで事務的な物言いや、チクリと刺すようなことを言うジルのことを、もっと厳しくて怖い人なのだと陽葵は思っていたが、少し考えを改めることにした。
穏やかに話すジルは頭が硬くてわがままを聞いてくれないわけでもなく、きちんと陽葵の心を大切にしようとしてくれている。
その優しさに触れて寂しさに縮こまっていた心があたたまるのを感じた。




