わがままなふたり 2
(お父さん、お母さん、いってきます)
両親の仏壇の前で手を合わせた陽葵は、異世界への渡り方を悩んだ末に外に出た。
昨夜の雨でできた水たまりは既にだいぶ小さくなっている。
もう一度踏めばあちらの世界に行けはしないものかと、ジャンプして両足で踏んでみたがバシャンと跳ねた水が服の裾を濡らしただけだった。
「ほんとにこの水たまりをジャンプしようとしたら異世界に行っちゃったの?」
「ほんとだよ。でも、朝より水たまりも小さくなっちゃってるし、だめなのかな……」
杖もなくなり、魔法も使えない状況で、どうやってあちらの世界に行けばいいのか見当もつかない。
とりあえず踏んでみた水たまりもなんの反応もなく、陽葵の胸はだんだんと焦燥に満ちてくる。
ジルはルーティとメラスと共に魔王を討つと言っていた。
この世界よりあちらの世界は随分と時間の流れが速いらしい。
今ここで陽葵があちらの世界に行けずにいる間にも、ジル達は魔王の元にたどり着き、その命を奪われてしまっている可能性があった。
「急がなきゃいけないのに」
水たまりに映る陽葵の表情には一切の余裕がない。
その様を見ていた凜が突然踵を返した。
「お姉ちゃん?」
「そんな顔しないの。水たまりなんて、また大きくすればいいだけでしょ」
なにをするつもりなのかわからずに呆然としている陽葵が見つめる中、凜は玄関先の巻き取り式のホースが繋がった水道を捻る。
凜がしぼったホースの先端から薄い膜になった水が出てきて、サァッと音を立てて水たまりに注がれた。
「陽葵は切羽詰まると難しく考えすぎ。もっとシンプルに考えてみたら?」
見る見る広がっていく水たまりを見下ろしていた陽葵に、凜がカラッとした声をかけてくる。
そのとき、陽葵の中にある考えが浮かんだ。
——私は魔法陣を省略する術を身に着けていますが、ほとんどの魔法使いは杖を補助具として魔力で地面や空中にこのように魔法陣を描きます。
はじめて魔法を使ったときにジルが言っていたことだ。
杖はあくまでも補助具。
それならば、この身ひとつでも魔法は使えるはず。
——杖の先に集中して、体の中にある力を注ぐイメージをしてください。
人差し指をピンと立てて、広くなった水たまりの真ん中で陽葵は腕を伸ばす。
ジルから魔法を教わったときの言葉を思い出して、指先に神経を集中させた。
体の中には、まだジルからもらった魔力が残っている。
最後のキスのときにも自然に受け取っていた魔力のおかげで、むしろいつもより魔力は陽葵の中に蓄えられていた。
「わっ、すごい!」
凜が驚きの声をあげる。
陽葵の指の先は光の粒が集まってきらめいていた。
そのまま陽葵は自身の体を取り囲むように空中に指先で魔法陣を描いていく。
杖がない状態で魔法陣に注ぐ魔力を調整するのはかなり難しかった。
それでも、必死に力を安定させて、陽葵は魔法陣を展開させる。
最後のルーン文字を書ききると、魔法陣が一際強く輝き、水たまりから光の粒が気泡のように浮かび上がって宙を舞い始めた。
「ほんとに魔法使いになっちゃうなんてね」
「信じてくれてたんじゃなかったの?」
「信じてたけど、びっくりはするよ」
当然でしょとばかりに胡乱な目を向けてくる凜に少しだけ笑って、陽葵は凜に手を振った。
「じゃあ、お姉ちゃん、いってきます!」
「いってらっしゃい! 絶対元気で帰って来なさいね!」
凜の言葉に背を押されて、陽葵は魔法陣が映る水たまりの中心をかかとで叩く。
水たまりに波紋が広がり、陽葵の体はまた浮遊感に包まれた。
どぼんと水の中に落ちる感覚。
ひとつ間違えれば体がバラバラになってしまう魔法だとわかっていても、陽葵にはこのままあちらの世界に行ける自信があった。
なぜなら、陽葵はみんなが信じてくれたように、祝福の神子であると自分を信じていたから。




