反逆 3
「嫉妬するほどの才能だね。やっぱり君は神子らしい。今のところ、祝福の神子と呼ばれるか、災禍の神子と呼ばれるか、まだわからないがね」
「祝福の神子になりたいって、私はずっと思ってますよ」
メイディアの管理する書庫は迷路のようになっており、至る所に隠し部屋が存在しているそうだ。
リヒターに連れられて、彼が選定した魔王戦では前衛を任されることになった騎士達と顔合わせをした後、陽葵はすぐにメイディアに預けられて、その隠し部屋のうちのひとつで攻撃魔法の練習をしていた。
広々とした部屋は書庫の中の隠し部屋ということもあって、ここも相変わらず本で埋め尽くされている。
研究していた攻撃魔法のうちのひとつを出力を弱めにした上で披露すると、防御魔法でなんとか受けきったメイディアは感心した様子で陽葵を褒めてくれた。
「内緒でこそこそ攻撃魔法を練習していた甲斐があったね。だけど、優秀な魔法使いだからといって、魔王を討てるとは限らない。君を守るための前線は早々に崩壊し、あっという間に無惨な死を迎える可能性もある」
「わかってます」
うなずきながら陽葵は杖をぎゅっと握りしめた。
魔王は巨大な黒い竜であり、あっという間にひとつの村を滅ぼしてしまったと聞いている。
陽葵は戦場になど出たことはなく、当然そんな凄惨な現場を経験したこともない。
だが、訓練場で騎士の治療にあたったときに、黒いスカーフを巻かれた騎士を何人も見た。
恐怖に目を見開いたまま事切れている者、死にきれずにか細く呻いている者。
助けることのできなかった命と共に、事故で亡くなった両親のことも思い出す。
死を身近に感じることはあっても、実際に自分に降りかかる可能性があるものとして捉えることは、これが初めての経験だった。
当然泣きたいほどに恐ろしいし、逃げ出したい気持ちもある。
だが、陽葵はそれらの気持ちを押し殺してでも、魔王との戦いに出向く覚悟を決めていた。
メイディアは陽葵の前に歩み寄ってくると、窺うように瞳の奥を覗き込んでくる。
この人はきっと陽葵の抱える恐怖もお見通しなのだろう。
へにゃりと陽葵が情けなく笑うと、メイディアも眉を下げて笑った。
「私も鬼じゃない。戦闘経験もない子を魔王との戦いに放り出すなんて非情なことだと感じているさ。それでも泣き言も言わずに君が戦いを選ぶのはどうしてだい?」
陽葵はそっと目を閉じる。
浮かんだのはルーティとメラス、そしてジルの姿だった。
「私は私を信じてくれている人達の信頼に応えたいんです。そのために戦います」
「祝福の神子であると証明するためだと?」
「はい。メイディアさんのためでもありますよ」
「私かい?」
「攻撃魔法の研究をしてること、ずっと誰にも言わないでいてくれたじゃないですか」
メイディアにはジルにもリヒターにも、陽葵が攻撃魔法をずっと密かに研究していたことを暴露する機会はいくらでもあった。
それをせずに黙っていてくれたのは、陽葵が攻撃魔法を悪用してジルやこの世界に仇なす存在にはならないと信じてくれていたからだろう。
陽葵が懐いた笑みを見せると、呆気にとられていた様子のメイディアはくすくすと笑った。
「そうだね。私も君が災禍の神子だとは感じなかったから黙っていた。結果として、君を死地に送る準備を整えるなんていう損な役回りを任されてしまったがね」
「死地ではあるでしょうけど、私は死ぬ気はないんですよ」
「必ず帰ってこられる保障でも?」
「そんなものはないですけど、最後まで諦めるつもりもないです。生きて帰って、ジルさんに伝えたいことがあるんです」
「そうかい。もしかして私は君の義理の母になれるのかな?」
「それはどうでしょう?」
こんな時でも恋心は陽葵の頬を火照らせる。
魔王を倒して帰って来れば、きっと陽葵は祝福の神子として迎え入れられる。
そのときに陽葵はジルに一度止められてしまった想いを今度こそちゃんと告げるつもりだった。
魔王を倒せれば、陽葵はこの世界でもきちんと生きていけるという証明にもなる。
なにも心配せず、陽葵の隣にいてほしいと願うことができる。
その未来を夢見て、支えにすることでしか、死ぬかもしれないという恐怖に立ち向かうことはできなかった。
「出発まであまり時間がない。攻撃魔法に関しては問題ないから、後は体をゆっくり休めて……」
メイディアが言葉を途中で止める。
その瞬間、メイディアがこめかみに手を当てて頭痛に耐えるような表情を見せた。
「メイディアさん? 大丈夫ですか?」
「……ふふ、子どものいたずらか」
眉を寄せたままのメイディアは痛みを耐えているように見えるのに、どこか嬉しそうで陽葵は戸惑う。
こめかみを指先で揉んだまま、メイディアはマントを翻して本棚の形をした隠し部屋のドアへと足を向けた。
「君は神子としてよっぽど覚悟が決まっているようだ。立派に感じているさ。だけど、私は優秀な魔法使いではあっても、王に忠誠を誓って大人しく従うような人間ではない。かわいがって育てた愛弟子が、大ばくちに出るというなら乗ってやるほどの親馬鹿なのさ」
「どこに行くんですか……?」
「王都を守る都市結界を弱められた。都市結界の核は書庫の隠し部屋のひとつに設置されている。そして、その全ての隠し部屋の位置を正しく把握しているのは、私とその弟子しかいない」
「どうしてジルさんが!?」
魔法に精通しているジルならば都市結界を弱まらせる方法もきっと把握しているだろう。
だが、なぜジルがそんなことをするのか理解できない。
狼狽える陽葵に、メイディアはドアを開けながら笑顔で振り返った。
「そんなものは決まってるだろう。ジルは恋をする愚かな男になることにしたんだ。こうなれば私は都市結界の核の元に早急に行かなければならない。他に君への見張りを付ける暇なんてないくらいに急いでね」
「まさか、私をひとりにするため……?」
「ではね、馬鹿弟子。優しい師匠に感謝することだ」
微笑みを残して、メイディアは隠し部屋のドアを開けて去って行く。
次の瞬間、背後から伸びてきた腕に陽葵は抱きすくめられた。
いつの間にこの部屋に入り込んできていたのか。
振り向くと、そこにはこちらを覗き込むジルの顔があった。




