明かされる真実 4
「もう涙は止まりましたか?」
「あ、はい。ごめんなさい……」
「謝ることではありませんよ。ジルがたいへん失礼をしました」
少しの間、リヒターは何も言わず歩いていたが、沈黙が息苦しくなる前に陽葵に優しく声をかけてくれた。
リヒターが陽葵をエスコートして連れて行ってくれたのは、通りがかる度に素敵だと思っていた真っ白なガゼボの下にあるテーブルセットだった。
昼間はここでお茶をすることもあるのかもしれない。
リヒターは「もてなすものがなく、すみません」と言いながら、陽葵のために椅子を引いて座らせてくれてから自身も席に着いた。
「陽葵様には先日のお礼を伝えたいと思っていたんです。我が国の多くの騎士を救ってくださって、ありがとうございました」
「いえ、私はできることをしただけで……」
「それから、今まであなたとジルの庭での逢瀬を覗き見していたことを謝らせてください。すみませんでした」
陽葵はまったく気が付いていなかったが、ジルのさっきの言いようだと彼はリヒターが覗き見ていることには気が付いていたのだろう。
また何も知らされていなかったことにチクリと胸が痛むことを感じながらも、陽葵は無理に微笑んでみせた。
「いえ。私が疑われるのは当然ですから」
「ご理解いただけてありがたいです」
リヒターは作り物のようにきれいな微笑みを返して来たが、陽葵が災禍の神子であることを疑っていることを隠しはしない。
ジルもきっとリヒターと同じように微笑みの下に疑念を隠していたのだろう。
それに気が付きもせずに恋に落ちていた自分の愚かさに打ちのめされた気持ちでいると、リヒターはふっと笑みを深めた。
「どうやらいろいろと誤解されているようですね」
「……なにをでしょう?」
「あなたを疑っているのは、ジルではなく僕です。ジルから陽葵様に関する報告は受けていましたが、どうもジルがあなたに肩入れしているように感じていたので、自ら判断するために時折覗き見をしていたんですよ」
「ジルさんはさっきまで私に幻覚魔法をかけて、ジルさんにしか私の声が聞こえないようにしていたんです。きっとジルさんも私を疑っていたんだと思います」
落ち込む気持ちはあるが、初対面の相手に悲しみをぶつける訳にもいかない。
懸命に笑みを保とうとしたが、正直な陽葵の眉尻は垂れてしまっていた。
「女性が無理に笑おうとする姿は胸が痛みますね。愚弟があなたを傷つけてしまったことが申し訳ないです」
「愚弟……? あの、ジルさんは先代の女王様の親族だったと聞いてたんですけど」
「それはジルが周囲についている嘘です。王である僕の判断で、あなたには真実を伝えさせてください」
またジルにつかれていた嘘がひとつ明らかになり、陽葵は暗闇に突き落とされたような気がした。
今までのジルの優しさも言葉も、もうどれを信じていいのかわからない。
寄る辺ない気持ちになった陽葵は縋る思いでリヒターの言葉に耳を傾けた。
「ジルは私の異母弟です。今は亡き父の隠し子として一般人の実母の元で育てられていたのですが、実母が病で亡くなったのを機に父が城へと連れて来ました。王家の血筋が流れるものには、王家の紋章が痣として刻まれる。ジルの胸元にも、その痣がありました。その痣は僕より濃く、生まれ持った魔力は他に類を見ないほどに膨大だった」
この世界に来てすぐに、メイディアが言っていたことを思い出す。
——やっぱり世界はおまえを王としてたってことじゃないかい?
あれはジルが先代女王の親族であることを理由にメイディアが口にした言葉だと思っていたが、現国王の実の弟だということは王位継承権がジルにはあるということだ。
はじめて知ったジルが王子様であるという事実に陽葵は目を白黒させてしまう。
「失礼なことを聞いていたら申し訳ないんですけど、その痣とか、生まれ持った魔力とかが王位継承争いに絡んじゃうということはなかったんですか?」
「思いきり絡みます」
「ですよね?」
屈託のない笑顔で肯定するリヒターに陽葵は食い気味に戸惑いの声をあげた。
「ジルは優秀です。僕は別に生まれなど関係なく、ジルが王位に就いても構わないと思っていました。でも、亡き母は違った。ジルが城に来て1年が経った頃に、ジルの痣を火の魔法で炙って火傷で消した上で、父の隠し子は病死したことにしました。そして、母の親族と偽って、ある魔法使いに弟子入りさせました。その魔法使いがメイディアです」
次々と明かされる真実に、陽葵は追いつくことに必死だ。
幼いジルが胸元の痣を焼かれたときの苦痛を思うと、胸が痛む。
そして、それと同時にメイディアがジルの師匠であるということが信じられなかった。
「メイディアさんは私より少し年上くらいに見えていたんですけど、そんな年齢の魔法使いでも弟子をとれるんですか?」
「彼女の年齢の話はタブーです」
「えー……。いや、それよりそんな酷いことをジルさんにして、先代の王様は怒らなかったんですか? ジルさんのお父さんなんですよね?」
「父もジルには興味がないようでしたからね。ジルが僕の両親を憎み、国を滅ぼそうなんて考えにならなかったことに、僕は感謝していますよ。彼ならできてしまうかもしれませんからね」
眉を下げた困り顔で冗談っぽくリヒターは言うが、本音だったのだろう。
ジルはその血筋と魔法の能力でリヒターと敵対することもできただろうが、それはしなかった。
「王様は、きっとジルさんにとっていいお兄さんだったんですね」
「どうでしょう。幼いジルがいいようにされるのを、僕は黙って見ているしかありませんでしたからね」
リヒターが今度は苦く笑う。
常に言葉に合わせて完璧な表情を見せているように感じたリヒターだが、この表情だけは本物の感情がこぼれてしまったもののように感じられた。
「私、本当にいろいろ誤解してましたね。特に、メイディアさんのこと……。恥ずかしいです」
「恋する乙女の勘違いが暴走しがちであることは、僕も妻との関係で承知済みですからお気になさらず。それに、ジルがあなたにわがままで幻覚魔法をかけ続けていたことは事実ですから、あなたには怒る権利があります」
いろいろなことが一気に判明し、ジルに騙されていたような気持ちになっていたが、冷静になれば陽葵はジルの話をまともに聞くこともできていなかった。
幻覚魔法をかけていた理由をジルは自分のわがままだと言っていたが、どういう意味なのか聞けていない。
リヒターは陽葵の気持ちに寄り添ってくれるが、自分の幼稚さが恥ずかしい。
肩を縮込ませると、身を包むマントからジルの香りがして堪らなく彼に会いたくなった。
「私が恋する乙女だって、バレバレですかね……?」
「先程の喧嘩を見て気付かない者がいるとしたら、その人間は相当な鈍感か頭の出来がよくないでしょうね」
「だけど、私は多分いずれ元の世界に帰ってしまうんですよね。恋したって意味ないのかも」
気持ちが落ち込んで、自嘲気味に陽葵は言う。
ジルだって、陽葵が元の世界に帰れることを願ってくれていた。
凜に会いたい気持ちもある。
複雑な気持ちを処理しきれず、ため息をこぼした陽葵にリヒターは「そうですね」と腕を組んだ。
「僕の話で恐縮ですが、妻とは政略結婚だったんです。幼い頃から許嫁として決められていた相手が妻でした」
「え、はい」
「どうせ結婚するのだから、恋したって意味はないと僕は思っていたんですが、妻が言ったんです。恋なんて意味を考えてするものじゃないでしょう、と。僕は彼女のその言葉を聞いて、意味がなくとも他の男を好きになられては困ると猛アプローチをして彼女の心を今も繋ぎ止めています」
リヒターは相当な愛妻家らしい。
妻の話をするリヒターのまなざしは甘い。
「恋は意味を考えてするものではありません。僕は王としてはあなたを疑っていますが、ジルの兄としてはあなたの恋を応援したい。このまま魔王が復活することなく平穏な時が続き、陽葵様が帰らずにジルと一緒になりたいと言うのであれば、僕はあなたにこの世界で生きる偽りの身分を提供することもやぶさかではありません」
陽葵はまだ涙に濡れているまつ毛を感じながら目を瞬かせる。
伺ったリヒターの表情は笑顔だったが、本気で言っているように見えた。
「本当ですか?」
「もちろん」
「どうしてそこまで?」
国を守る王として疑い続けなければならない対象である陽葵のために身分まで用意してくれようとする理由がわからない。
半ば呆然としながらたずねた陽葵にリヒターは兄の顔で微笑んだ。
「罪滅ぼしです。ジルに僕ができることは限られていますから」
リヒターは幼い頃のジルを守れなかった自身のことを許していないのだろう。
彼がこういう人だから、きっとジルも国に反旗を翻すことなく、リヒターに尽くす騎士となったのだ。
「リヒターさんはいい王様で、いいお兄さんですね」
「そうですか? ありがとうございます」
くすくすと可笑しそうに笑ったリヒターは、その後陽葵を自室まで送り届けてくれた。
ベッドに戻った陽葵は、その晩真剣に考えた。
(私は元の世界に帰りたいのかな、帰りたくないのかな)




