明かされる真実 3
ジルに幻覚魔法をかけられていたこと、メイディアとジルは深い関係にあるかもしれないこと。
ふたつのモヤモヤを抱えたことで落ち込んだ陽葵は、メイディアが去った後も魔法の研究に戻ることはできなかった。
日が暮れるまでぼんやりと外を眺めて過ごし、あまり夕食も食べられず、食後はひとりにしてほしいとルーティにお願いして早々にベッドに潜っていた。
(ジルさん、恋人がいないとは言ってなかったもんね)
結婚していることは否定したジルだったが、恋人がいるかは確認したことがなかった。
キスによる魔力の補給を当たり前に行うジルに恋人がいるなんて想像もしていなかったのだ。
(あれだけきれいな人なんだから、メイディアさんがジルさんの恋人でも不思議じゃないよ)
考えれば考えるほど、胸が痛くて泣きたくなる。
布団を頭の上まですっぽり被った陽葵は、暖かい暗闇の中で自嘲した。
(幻覚魔法かけられてたことよりも、ジルさんに恋人がいるかもって方がショックだな)
異世界に迷い込んだ陽葵を孤独にさせた一番の要因がジルだったという事実よりも、ジルに恋人がいるかもしれないという可能性のことばかり気が付けば考えてしまっている。
ジルに幻覚魔法をかけられていたことに憤るべきだと自分でも思うのに、ジルとメイディアが恋人だったらと考えるとあふれ出す悲しみの方が圧倒的に大きかった。
恋心とはこうもままならないものらしい。
じわ、と滲んだ涙を拭っているとドアを叩く音がした。
芋虫のように包まっていた布団から陽葵は顔だけ出す。
叩かれたのは、ルーティがいる続き部屋のドアなのか、廊下側のドアなのか、布団の中に潜っていた陽葵には判断がつかなかった。
「ジルです。まだ起きておられますか?」
がばっとベッドの上で陽葵は起き上がる。
次の瞬間、廊下側のドアが開き、顔を覗かせたジルは目を瞬かせた。
暗い部屋の中、髪をボサボサにした陽葵がベッドの上で布団を被って座り込んでいる様は、ジルを驚かせた。
「……元気がないと聞いて気晴らしに散歩でもと思ったのですが、体調が悪いなら」
「行きます! 行きたいです!」
ジルには聞きたいことがある。
大慌てでベッドから飛び降りた陽葵は髪を手櫛で整えながらジルに駆け寄る。
必死に散歩に行きたがる陽葵を見て、ジルはいつものように微笑んで自身が羽織っていたマントで陽葵の体を包んでくれた。
「本当に体調が悪いなら隠さず言ってください。すぐに戻りますので。わかりましたね?」
「わかりました」
ジルのマントからは相変わらず彼の温もりと香りが伝わってくる。
きゅっと心臓が縮こまるような喜びを感じると共に、この喜びを自分は享受していいのかという不安が襲ってきて陽葵はうなずくふりをして俯いた。
夜の庭は何度来ても美しい。
ジルが持つカンテラの明かりに足下を照らされながら、新しく咲いた花の美しさに目を奪われていると隣でジルがぽつりと言った。
「今日、メイディアが訪ねたそうですね。彼女から報告がありました」
弾かれたように陽葵はジルを振り向く。
はずれかけたフードをジルが直してくれる手つきは優しいが、陽葵の心臓は嫌な速度で速まっていた。
メイディアがジルに何を言ったのかわからない。
もし攻撃魔法の研究を陽葵がしていることをメイディアがジルに話していたら、失望させてしまったかもしれない。
怯えた表情で見上げた陽葵にジルは胡乱げなまなざしを返した。
「どうしたんですか? なにかメイディアにからかわれましたか?」
「え……?」
「彼女は人をからかって遊ぶところがあるので、お気になさらず。メイディアが陽葵様に不快な思いをさせたなら私から謝ります。申し訳ない」
ため息交じりに謝罪してくるジルに「いえ」とか細い声で返しながらも、陽葵はひっそり傷ついていた。
メイディアの行いを身内の行動のように謝罪するジルと彼女の距離感は相当に近しいものだ。
「あの、ジルさん」
「なんでしょうか?」
「私に幻覚魔法をかけていたのは本当ですか?」
庭に設置された噴水の水音がやけに大きく聞こえる。
陽葵の問いに足を止めたジルは、一瞬の躊躇の後にうなずいた。
「本当です。……メイディアから聞いたんですか?」
「はい」
「なんであの人はそれは報告してないんだ」
苛立たしげにジルが表情を歪める。
簡単に怒りを向けても仲直りが容易な関係であることを察して、傷が抉られるような痛みを感じた陽葵は追い詰められてジルに迫った。
「どうして、私にそんな魔法をかけたんですか?」
「……あなたが災禍の神子であった場合に、その言葉が他者をそそのかす可能性があると判断したからです」
「でも、ジルさんは私を祝福の神子だと信じるって言ってくれたじゃないですか。その後も魔法を解かなかったのは、どうしてなんですか?」
「それは……」
ジルが気まずそうに目を伏せる。
幻覚魔法を解かなかった理由は、なにか陽葵が思いも寄らないようなものなのではないかと少し期待していた。
陽葵が納得できるような理由をジルが提示してくれるのではないかと縋っていたのだ。
だが、そんな希望は打ち砕かれた。
ジルは陽葵のことを本当は信じてなどいなかった。
「嘘だったんですね。私のこと信じてくれてると思ってたのに」
「それは違います」
「信じてるなら、どうして幻覚魔法を解いてくれなかったんですか? 私が寂しがりだって知ってたのに」
文字を覚えるまでの陽葵の孤独をジルは知っていた。
筆談でしかコミュニケーションを取れない不便さもわかっていたはずだ。
身近で陽葵を見ていたにもかかわらず、幻覚魔法を解かなかったジルに対して感じていたのは怒りではなく悲しみだった。
好きな人にずっと疑念を向けられていたということが何よりもつらかった。
(信じてもらえてると思ってたなんて、ばかみたい)
こみ上げてきた涙が堪えきれずに頬を濡らす。
泣き顔を見られることは悔しく感じられて、陽葵が両手で顔を覆うとジルは狼狽えた様子で陽葵の頭にマント越しに触れた。
「陽葵様、すみません。魔法を解かなかったのは、私のわがままで……」
「もう、いいです。ジルさんは嘘ばっかり」
弱りきったジルの声に被せるように陽葵は彼の言葉を拒否して顔を覆ったまま一歩大きく下がる。
頭を撫でようとするジルの手を避けて、陽葵はしゃくりあげた。
「っ……もう、これ以上やめてください。メイディアさんだっているくせに!」
「メイディア……?」
信じているなんて嘘をついて、あんなに素敵な近しい女性が存在する人を、もうこれ以上好きになりたくない。
大声を上げて泣きたい気分だったが、そんな恥ずかしいこともできず、立場上この場から逃げ出すこともできない。
早く泣きやまなければと陽葵が必死に目元を拭い、その様をジルが戸惑いながら見守っていたところにもう一人の男が現れた。
「ジル。神子様を泣かせるなんて、重罪だよ」
噴水の影から現れたのはカンテラを持ったきれいな男だ。
金色の髪と瞳は夜の庭でも輝いて見える。
見るからに品のある顔立ちの男が突然声をかけてきたことに陽葵は呆気にとられていたが、ジルは苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。
「リヒター様……。覗き見はおやめくださいと前にも申し上げました」
「ジルの客人ということにして閉じ込めている部屋に僕が出向くわけにも行かないだろう。今夜もこっそり神子様を見ておこうかと思ったんだけれど、明らかに修羅場だったからね。それに陽葵様とは一度話してみたかったんだ」
聞いたことのある名前の響きに、陽葵は記憶を辿る。
ジルが以前話していたその名前の持ち主に記憶が行き当たり、陽葵は涙も引っ込めてハッとした。
「お、王様?」
「そう、王様です」
にこりとリヒターが陽葵に微笑みを向けてくる。
まさか自分の声がリヒターに聞こえると思っていなかった陽葵が驚いてジルを見ると、ジルは眉を寄せて気まずそうにしたまま陽葵の無言の問いに答えた。
「幻覚魔法は解きました。もう不要なものですから」
「……そう、ですか」
なぜこのタイミングで幻覚魔法を解く気になったのか。
理由がわからず戸惑う陽葵とジルのぎこちないやりとりを気にした様子もなく、リヒターは陽葵の顔を覗き込んできた。
「陽葵様。ジルは帰してしまっても構いませんか?」
「えっ」
「リヒター様、困ります」
「喧嘩をした相手に護衛されたくないでしょう。僕があなたを責任を持ってお守りしますので」
ジルはリヒターを睨んで抵抗しているが、確かに今はジルと一緒にいることがつらかった。
リヒターが笑顔で陽葵の前に手を差し出す。
今は心に余裕がない。
ジルときちんと向き合うためにも、陽葵はリヒターの手を取った。
「……お願いします」
「だそうだよ、ジル。陽葵様は僕が部屋まで送り届ける。もう下がりなさい」
リヒターに淡々と告げられたジルはぐっと唇を噛んでから、「失礼します」と頭を下げて去って行った。
遠ざかるジルの背中を見ていると罪悪感が沸き起こる。
ジルの立場なら陽葵を全面的に信じることは難しかったかもしれない。
メイディアとの関係だって、なんの確証もないまま嫉妬をぶつけてしまった。
次から次へと自分の落ち度に気付いて沈んでいく気持ちを引っ張り上げるように、リヒターは陽葵の手をエスコートしてジルとは反対方向に歩きはじめた。




