明かされる真実 2
ジルにしか聞こえないはずの陽葵の声が、メイディアには聞こえている。
混乱する陽葵とルーティが視線を交わす中、メイディアはゆったりと腕を組んだ。
「ジルには君の声が聞こえているけれど、他の者には聞こえないという現象が事実なら、君には幻覚魔法をかけられていた可能性がある」
「幻覚魔法ってすごく難しいはずですよね……?」
おずおず尋ねた陽葵にメイディアは口角をゆったりと上げた。
「そうだよ。よくお勉強しているようで感心だね。並みの魔法使いに扱える魔法じゃない。他に幻覚魔法について知っていることは?」
「えっと、幻覚魔法はかけた本人には効かなくて、自分と同等かそれ以上の実力を持つ魔法使いには看破される可能性が高いって書いてあったと思います」
ジルが持って来てくれたたくさんの教本の中に書かれていた内容を思い出して話しながら、陽葵の思考はある可能性にたどり着いていた。
そんな高度な魔法を扱えて、陽葵の傍にいる人物なんてひとりしかいない。
メイディアは微笑んだまま、囁くように陽葵が認めたくなかった事実を告げた。
「君は『ジル以外には声が聞こえない』という幻覚魔法をかけられている。私がそれを看破できたのは術者と同等かそれ以上の実力を持つ魔法使いだからだ。そして、そんな魔法使いはジルしかいない」
「嘘でしょ……?」
動揺に目を見開くルーティを横目に、陽葵はショックで一瞬声も出せなかった。
この世界に来たばかりの頃、陽葵は孤独でたまらなかった。
その大きな要因はジル以外に陽葵の声が聞こえる人物がいなかったことだ。
ジルだってそれは理解していたはずだ。
「っどうして……?」
「どうして?」
メイディアは嘲るような響きを隠さずに笑って陽葵の問いを繰り返した。
「考えればわかることだろう。君は祝福の神子か災禍の神子かわからない存在だ。そんな危険な存在は、どんな思想を持ち合わせているかわからない。仲間を脅迫されたり誘惑されたりされては困るからね。だから、ジルは君に幻覚魔法をかけたんだろう。用心深いあの子らしいよ」
「でも、ジルさんは、私を祝福の神子だと信じるって……!」
——私はあなたが祝福の神子であると、何があっても信じます。
ジルがそう言ってくれたとき、陽葵は心から嬉しかった。
信頼に応えたいという気持ちもあって、陽葵は治癒魔法の研鑽に努めることができた。
例え陽葵を疑って幻覚魔法をかけていたんだとしても、陽葵を信じると決めたなら、その時点で幻覚魔法を解いてくれているはずだ。
告げられた言葉が受け入れられない陽葵に、メイディアがさらに歩み寄ってくる。
その美しい顔をぐっと近づけてきたメイディアは、陽葵の体の横から手を伸ばす。
そして、陽葵の背後にある机に散らかしたままにしていた紙に描かれた魔法陣のひとつをワイン色の爪先でトントンと指し示した。
瞬間、陽葵はサッと血の気が引く。
「神子殿。君に許可されている魔法は限られているはずだ。こんな研究をしている君を、祝福の神子だと信じるのは無理があると思わないかい?」
ゾッとするほどの色香を放ったメイディアの微笑みに、陽葵は震える唇を噛み締めるしかなかった。
陽葵は帰還魔法が完成しかけているとジルから聞いて焦った。
治癒魔法だけでは、万が一魔王が復活したときに対抗できる祝福の神子になることはできない。
ジルに必要とされる祝福の神子になるためには、魔王に対抗できる手段が必要だと考えた陽葵はこっそりある研究に没頭するようになっていた。
それが、今メイディアが指差している魔法陣で使用する光を使った攻撃魔法だ。
災禍の神子である可能性がある陽葵が攻撃魔法を使えることは、ジル達にとって脅威になる。
そのため、陽葵はルーン文字が読めないルーティとメラスの前でだけこの研究を行い、ジルには研究の形跡がバレないように隠し通してきた。
魔法使いであるメイディアがルーン文字を読めないはずがない。
すぐに研究の形跡は隠すべきだったのに、陽葵はメイディアの唐突すぎる訪問に気を取られて隠すことを失念していた。
メイディアが陽葵を災禍の神子だと断じれば、陽葵はどうなるのだろう。
緊張で嫌な汗が滲む。
「言い訳くらいは聞こうか」
目の前の赤い瞳を見つめ返して、陽葵は乾燥した唇を舐める。
声が震えないよう、陽葵は腹に力を込めて返した。
「私は、ジルさんの信頼を裏切ることはしません」
メイディアの微笑みは変わらない。
恐怖に戦慄く体を押さえるために陽葵がぐっと掌を握りしめると、メイディアはそっと身を離した。
「まあいいだろう。私は君にジルを貸しているだけだ。泣かせたら許さないということだけは覚えておいてくれ」
「え……?」
ジルを所有物のように話すメイディアに陽葵の心は大きく揺れる。
メイディアのジルについて語る表情は慈しみすら感じられる優しいものであり、陽葵の脳裏には嫌な想像が駆け巡った。
(そういえば、最初からメイディアさんはジルさんと一緒にいたよね……?)
この世界に陽葵が迷い込んだときも、メイディアはジルとふたりきりでいた。
そして、ふたりは揃ってこの世界で相当高位な魔法使いであることは陽葵も理解している。
同じ視座に立てる、こんなに妖艶で魅力的な異性がいたら恋仲になってもおかしくはないのだろうか。
(もしかして、ジルさんとメイディアさんは……)
ふたりの関係を想像しただけで、さっき攻撃魔法の魔法陣を指差されたときよりも胸の底が冷える。
怖々と窺ったメイディアは、もう陽葵に興味を失ったかのようにルーティの肩に手を置いていた。
「ルーティも重症を負ったと聞いたよ。ジルは君を信頼している。これからもあの子を支えてやっておくれよ」
「はい。ありがとうございます」
「ではね」
ジルを支えるようにメイディアが頼むことは、ルーティにとっても当たり前のことらしい。
その事実が、また陽葵の胸を突き刺した。
優雅な足取りで去って行くメイディアを見送って、陽葵は力なく椅子に腰を下ろす。
顔色の悪い陽葵をルーティは心配してくれたが、恋心が痛んでうまく笑顔で誤魔化すことはできなかった。




