あふれた想い 2
陽葵が目を覚ますと、いつもの部屋のベッドに寝かされていた。
普段の朝と同じように、小鳥が木の枝を飛び移りながらかわいらしく鳴いている姿をぼんやり眺めて、自分のまぶたが腫れぼったいことに気が付く。
ジルから魔力の補給を受けて倒れた後、どうなったのかわからない。
だが、自分が情けなく泣いたことは覚えている。
陽葵が瞼を擦っていると続き部屋のドアがノックされた。
「陽葵様、メラスだ。目は覚めたか? 入るぞ」
昨夜の護衛はメラスが引き受けてくれたらしい。
ドアを開けて入ってきたメラスは陽葵の顔を見ると安心した様子で息を吐いた。
「顔色もよさそうだな。魔力切れと極度の疲労で倒れたんだろ。お疲れさん。もう平気か?」
「はい! もう元気モリモリです!」
返事が聞こえないメラスに意図が伝わるように両手で二の腕に力こぶを作るポーズをとる。
笑顔の陽葵に笑みを返したメラスは、ベッドに座っている陽葵の前にひざまずいた。
「メラス?」
「昨日はあんたのおかげで多くの騎士の命が救われた。みんな謎の魔法使いって陽葵様のことを呼んで感謝してる。騎士のひとりとして、俺も感謝を伝えたい。本当にありがとう」
物語の中で主に忠誠を誓う騎士のような礼儀正しさでメラスが頭を下げる。
飄々としたいつもの態度とは違いすぎて、陽葵はおろおろしながらベッドサイドのテーブルに置いてあったスケッチブックを手に取って言葉を書き記した。
『メラスが他の人と会話してくれたおかげでみんなを助けられました。こちらこそ、ありがとうございました』
陽葵の声はジル以外には聞こえない。
メラスが怪我人や他の救護にあたっていた騎士とコミュニケーションを取ってくれたからこそ、陽葵はスムーズに動くことができた。
微笑んで感謝を伝えた陽葵に、メラスは一瞬きょとんとした後にわははと大きな声で笑った。
「俺は普通に話してただけだろ。自分だけの手柄にしてもよかったのに、陽葵様はお人好しだなあ」
可笑しそうに言ったメラスは立ち上がって陽葵の頭を犬を褒めるようにわしゃわしゃと撫でる。
されるがままにされた陽葵はくすぐったさに声をあげて笑った。
まだどこか張り詰めていた緊張の糸をメラスがぷつっと切ってくれた感覚がした。
メラスとじゃれていると、廊下に続くドアが前触れもなく開く。
驚いて陽葵がそちらに顔を向けると、ひょこりと顔を出したのは気まずそうな表情をしたルーティだった。
「目が覚めたの?」
「ルーティ! もう大丈夫なの!?」
「近い近い近いわよ!」
飛び跳ねるようにベッドから立ち上がった陽葵はルーティの頬を両手で包んで、あらゆる角度から彼女の無事を確認する。
あまりに至近距離での陽葵による健康チェックにルーティは顔を真っ赤にしながら陽葵から一歩離れて叫んだ。
「見ての通り、もう元気だから! そんなに確認しなくていい!」
「よかった……」
訓練場でぐったりと倒れていたルーティの姿を思い出すと、また涙がにじみかける。
「陽葵のおかげで元気になれた。ありがとね」
「え、今、名前呼んでくれた?」
ルーティは面と向かって陽葵の名を呼んでくれたことはなかった。
驚いた陽葵がスケッチブックに『名前!』とひと言書いて見せると、ルーティは腕を組んでそっぽを向く。
「と、友達なんだから、呼び捨てにしたっていいでしょ」
「ルーティ〜!!」
「あーもー泣かないの! 泣き虫!」
様々な喜びが入り交じって涙声になった陽葵がルーティに抱きつくと、今度はちゃんと抱き留めてもらえる。
ぎゅうぎゅうと抱き締め合う陽葵とルーティをメラスがにこにこと眺めていると、またドアがノックされた。
この部屋に立ち入りを許されているのは、陽葵の存在を知る者だけだ。
ルーティとメラスがここにいるということは、残りは会ったことのない王と、一度だけ見たことのあるメイディア、そしてジルだけということになる。
王とメイディアはこの部屋に訪れたことはないため、高確率でジルだ。
そのことに気付いた瞬間、陽葵はぴしっと固まった。
「陽葵様は目覚められたのか?」
「わー!」
ルーティを抱き締めていた陽葵は大慌てで背も高く肩幅も広いメラスの後ろに飛んでいって隠れる。
「わー?」
ドアを開けて入ってきたジルは陽葵の謎の叫びを怪訝に思って眉を寄せたが、陽葵はそれどころではなかった。
今の陽葵は髪は寝癖だらけで、瞼だって腫れぼったい。
こんな顔でジルに会いたくなくて、陽葵はメラスを盾に隠れてジルに声をかけた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 今来ないでください!」
慌てた陽葵の乙女心はジルには当然伝わらない。
強引なキスとあの状況で責めるようなことを言ったことで嫌われたのかとショックを受けたジルが真顔のまま顔色を失っていると、「あー」とメラスが気まずそうに陽葵を振り向いた。
「陽葵様? ジルさんにはもう会いたくないのか?」
「え、なんで?」
声は聞こえなくとも、陽葵があまりにもぽかんとしたためメラスには陽葵が疑問に思ったことが伝わった。
「会いたくないわけじゃないなら、なんで隠れてるんだ?」
「寝起きな上に情けない顔してるからでしょ」
呆れた様子のルーティに陽葵は親指と人差し指で丸を作って正解だと示す。
さすが女の子同士。
乙女心を理解してくれたルーティに陽葵は感謝した。
「あたしが陽葵の身支度を手伝うから、ジル様は外で待っててください。護衛はあたしが引き継ぐから、メラスも外」
ルーティがビシッと外を指差しても、ジルはまだ白い顔のまま硬直している。
メラスが苦笑いしながらジルを引きずるようにして退室して行き、陽葵はルーティに大袈裟なほどに感謝してから身支度を調えた。




