あふれた想い 1
数少ない魔法使いの中でもジルは突出して魔力が多く、幼い頃からその扱いにも長けている。
最強の魔法使いの名をほしいままにするジルが、全力の魔法を振るう機会は滅多にない。
そのため、王都に攻め入ろうとした魔物の群勢相手に滅多に使わない最高難度の魔法を何度も放った後は妙な興奮を感じていた。
だからといって、その昂ぶりを命の危機に瀕していた好きな人にぶつけていいわけがない。
「陽葵様はまだ目覚めてない。今は帰った方がいい。理由はわかるだろ?」
訓練場の忙しなさは陽葵の活躍もあって解消され、戦後の処理をあらかた終えたジルは、まっすぐに向かった陽葵の部屋の前でメラスに追い返されていた。
ドアを開けたまま話すメラスの体の横から覗くと、ベッドには布団をかけられた陽葵が眠っている。
穏やかな寝顔に見えるが、遠目からでは確信が持てず、ジルはメラスにたずねた。
「陽葵様の容体は安定しているのか?」
「ジルさんの強引な魔力の補給のおかげでな。でも、しばらく寝ながら泣いてた」
メラスの声には明確にジルを責める響きがある。
当然だ。
命をかけて他者を救った陽葵に強引にキスをして魔力の補給をした際に、ジルは陽葵に理不尽な怒りをぶつけて泣かせてしまった。
「メラスが陽葵様を救うために魔力の補給を試みたのはわかってる。……余裕がなく、悪かった」
戦場での昂ぶりをそのまま持ち帰って乱暴に振る舞った己が恥ずかしい。
メラスは小さく息を吐いたが、呆れた様子はなく困っているような表情をしていた。
「俺も騎士だ。命のやり取りで気持ちが昂ぶるのはわかる。でも、好いた女に理不尽な嫉妬心をぶつけて泣かせるのはジルさんも本意じゃないだろ」
「……ああ」
日頃からメラスはよく人を見ている。
陽葵の様子をジルに報告したときの反応で、メラスはジルの気持ちを悟っていたのだろう。
からかうような普段の言動からもそれは察していたが、年上のメラスに改めて注意されると、自身の幼稚さに嫌気が差す。
魔力の補給をした直後、涙を流した陽葵はジルの腕の中で意識を失い、眠りながらもしゃくりあげて泣いていた。
泣かせるつもりなど当然なかったジルは、自分のしでかしたことにただ呆然として陽葵を抱き締めていたのだが、その陽葵を回収してくれたのはメラスだった。
「メラスがいなければ、私はあのまま今もまだ立ち尽くしていたかもしれない。陽葵様を連れ帰ってくれてありがとう」
「いいえ。でも、ジルさんがあんな風になるのは意外だったな。もっと余裕のあるタイプかと思ってた」
「私もだ」
ジルは自分自身を冷静で落ち着きのある人間だと思っていた。
周りだってそうだろう。
だが、陽葵にだけは我を忘れてしまうことがある。
許可も得ずに不意にキスをしてしまったり、存在を隠さなければならないという都合上不合理だとわかっていても寂しげな彼女を外に連れ出してしまったり。
自分らしくいられなくなるほどに陽葵を好いている自覚がある。
そして、そんな陽葵が異世界の人間であることに、ジルは密かに苦しんでいた。
「そんなに好きなら、気持ちが落ち着いたら謝るついでに告白でもしちまえばいいのに」
「できるわけがないだろ」
「なんでだ? 俺は脈ありだと思うけどな」
「脈があろうがなかろうが、この気持ちを伝える気はない。彼女は神子なのだから」
いつか陽葵は元の世界に帰ってしまう。
どれだけジルが恋い焦がれても。
だから、それまでの間に泣かせたくはなかった。
陽葵の笑顔をできる限り記憶に刻みつけたい。
切なく微笑んだジルに、メラスは意図を察して目を伏せる。
ジルの3つ年上であり、同期でもあるメラスは誰よりも傍でジルを見てきた自覚がある。
初めての恋に葛藤する上司であり弟分のような存在であるジルの幸せをメラスは願わずにはいられなかった。
「陽葵様が目覚めたら知らせるよ。それまでにジルさんも気持ちを整えろ。まだギラギラした目してるからさ」
「……頼んだ」
メラスの言葉にうなずいたジルは後ろ髪を引かれながらも陽葵の部屋に背を向けた。




