学びの喜び 5
陽葵が持つ魔法の才能は凄まじいものだった。
言語の習得が異様に早かったときから頭のよさは感じていたが、陽葵の潜在能力はジルが想定していた以上だった。
護衛に付いていたメラスの報告によると、ジルが渡した魔法の教本を陽葵は半日も経たずに全て読破して、すぐに魔法の実践に活かしはじめたらしい。
ーー彼女が災禍の神子だったとき、おまえは彼女を殺せるんだね?
メラスの報告を聞いて、ジルはメイディアからの問いを思い出した。
殺せる。
殺せる、はずだ。
メラスかルーティを常に陽葵の傍に置き、逐一行動や言動を報告させているのは陽葵を護衛する意味もあるが、監視する意味もあった。
陽葵が災禍の神子だと判断したときに、すぐに陽葵を殺すことができるように。
最初から殺すことになるかもしれない対象として、ジルは陽葵とかかわってきた。
仕事であれば、命を奪うことに抵抗などない。
陽葵の命も淡々と奪えるはずだ。
それを確かめるために、ジルは毎夜時間を作って陽葵の部屋を訪ねるようになり、その度に陽葵は練習の成果として魔法を見せてくれた。
陽葵はすぐに魔法陣から作り出す光の小鳥を蝶の形に変え、部屋を埋め尽くさんばかりの巨大な鳥に変え、繊細な魔力操作も覚えて光の強弱すらも簡単に操るようになっていった。
日に日に上達する陽葵の魔法は、彼女が災禍の神子だった際には脅威でしかない。
「……すごいな」
そして、陽葵に魔法を教えた7日後の夜。
陽葵が見せた魔法はジルを圧倒していた。
スノードームをひっくり返したようなきらめきの中、光でできた小さな魚の群れが部屋を自由に泳ぎ回っている。
何の変哲もない部屋の天井がまるで水面のように見えるのも、光の魔法によるものだ。
降り注ぐ光すらも魔法によって生み出した陽葵は、複数の魔法陣を同時に展開させる方法すらも獲得し、今や3つの魔法陣を同時に展開させてこの幻想的な空間を作り出していた。
「えへへ、ありがとうございます」
感嘆の息を漏らすジルに、大事そうに杖を両手で持った陽葵がはにかんだ様子で笑う。
手放しで陽葵の才能と努力を褒めてやりたいところだが、ジルの心境では素直にそれはできなかった。
(これだけの魔法が使えるとなると、彼女は敵になったときに脅威になりかねない……)
今はジルの言いつけを守って安全な光の魔法のみを使っているが、陽葵なら今の技術を攻撃魔法に転用する方法など簡単にわかるだろう。
このまま陽葵に魔法を使わせていていいのか。
ジルが密かに葛藤する中、陽葵は杖を振って展開していた魔法陣を消す。
幻想的な空間は光の粒となって霧散し、部屋は元の平凡な空間へと戻る。
いつもなら、このまま夜の庭に散歩に出るか、お茶を飲んで過ごすが、立ち尽くしたまま動けないでいるジルに陽葵は怪訝そうに首を傾げた。
「ジルさん?」
「……ああ、いえ。少し圧倒されていただけです」
「ええ? 大袈裟ですよ。そんなに褒められたら照れちゃいます」
陽葵はにへらと笑って何でもないように言うが、このレベルの魔法を使えるようになるには並みの魔法使いであれば年単位の研鑽が必要になる。
陽葵のことを、今までどこかただの迷子の少女のように感じてきたが、やはり彼女は異世界から来た神子なのだ。
この世界の人間の常識では考えられないようなことを、陽葵は簡単に成し遂げてしまう。
それが、今のジルには恐ろしかった。
抵抗もなく殺されてくれれば、ジルは迷いなく殺せるかもしれない。
だが、陽葵が必死に魔法で応戦してきて、殺さないでほしいと言ってきたらどうだろう。
陽葵が泣く姿を想像しただけで、信じられないほどに胸が痛んだ。
「ジルさん、今日はお疲れですか?」
「え?」
「顔色がちょっと悪い気がして。大丈夫ですか?」
歩み寄ってきた陽葵がジルの顔を覗き込んでくる。
あどけない表情を間近で見るとたまらない気持ちになり、ジルは咄嗟にドアを指し示した。
「少し疲れているだけです。気晴らしに散歩に出掛けたいのですが、付き合っていただけますか?」
「もちろんです。ありがとうございます」
にこにこと嬉しそうに笑う陽葵は普段外に出られないため、夜の散歩に誘うと無邪気にはしゃいでくれる。
その姿をかわいらしく思ってしまう自分を心の奥に追いやって、ジルはいつも通りに羽織っていたマントを陽葵に被せた。




