学びの喜び 3
「やった! 何からやります!? 火の球ぽーんとか、水ざぶーんみたいな感じですか!?」
「落ち着いてください。そんな危険な魔法はまだです」
興奮する陽葵にジルは至極冷静に言うと、陽葵が机の上に置きっぱなしにしていたスケッチブックに鉛筆で見たこともない文字が含まれた魔法陣を描いて陽葵に見せた。
「この魔法陣は光を操る魔法陣です。魔法は魔法陣を使って、体内の魔力に指示を出して使います。書かれているルーン文字が魔力への指示です。私は魔法陣を省略する術を身に着けていますが、ほとんどの魔法使いは杖を補助具として魔力で地面や空中にこのように魔法陣を描きます」
説明しながらジルは人差し指を立てて、まるでそこにガラスの板があるかのように空中に光の線を使ってスケッチブックに描いたものと同じ魔法陣を描き出す。
その魔法陣の中心にジルが触れると、そこからたくさんの光の粒が溢れて小鳥の形となり、部屋中を羽ばたいてから消えていった。
一瞬の幻想的な光景に陽葵は目を輝かせる。
こんな魔法を自分も使えるのかと思うとワクワクが止まらない。
「光の魔法なら危険も少ないです。一緒にやってみますか?」
「やります!」
瞳を輝かせて大きくうなずいた陽葵に、ジルはふっと笑って陽葵が杖を持った手に手を重ねた。
大きな掌に包まれるドキドキと、これから魔法を使うことに対するドキドキが混ざり合って陽葵は小さく息をのむ。
ジルの手に導かれて、陽葵は杖を前へと向けた。
「杖の先に集中して、体の中にある力を注ぐイメージをしてください」
「はい」
魔力の扱い方なんてわからない。
それでもジルの言葉を信じて、陽葵は杖の先にある薄紫色のクリスタルへと神経を集中させる。
すると、クリスタルが内側から発光しはじめた。
「わっ」
「いいですね。このまま魔法陣を描きます」
ジルの手が陽葵の手を引いて、杖の先の光で魔法陣を空中に描いていく。
キラキラ輝く光の線が、さっきジルがやったのと同じように美しい図形と文字を描いていく様は自分がやっていることだというのに不思議だった。
「魔法陣の中心を杖で叩いて発動してください」
「は、はい!」
ジルの手が離されて、陽葵は思いきって自らの意思で空中に浮かぶ魔法陣を杖の先で軽く叩く。
パッと魔法陣が一瞬光を強くしたかと思うと、魔法陣の中心から飛び出したたくさんの粒が小鳥の形になって部屋中を飛び回った。
「やった! すごい!」
陽葵の黒い瞳に光の小鳥が輝く。
光の粒子を振りまいて飛んでいた鳥が消えるまで夢中で目で追っていた陽葵は輝くような笑顔でジルを振り向いた。
「ジルさん、魔法使えまし、ん」
興奮した陽葵が話している途中でジルは陽葵の肩を抱き寄せてキスをしてきた。
驚きに目を見開いた陽葵は、はたと思い出す。
(そ、そっか。今日、魔力の補給日だった)
魔法を使えることに気を取られていて忘れていたが、魔力の補給をするためにジルはキスをしたのだろう。
体の内側がゆっくりとあたたまる感覚に、魔力が補給されていることを感じる。
(きれい……)
目の前にあるラベンダー色の瞳に見惚れていると、ジルはゆっくりと唇を離した。
「……失礼しました」
陽葵が瞬きを3回するまで、なぜか離れなかったジルはパッと陽葵の肩から手を離して半歩距離を取る。
必要に迫られてのことなのだろうが、突然キスをしたことをジルは申し訳なく思っているのかもしれない。
罪悪感を抱かせないように陽葵はあえてへらりと笑った。
「すっかり忘れてました。今日、魔力の補給日でしたよね。やっぱり魔法を使うと、魔力が一気に減ったりするんですか?」
「ええ、そうですね。この程度の魔法では大丈夫でしょうが、今後魔力を多く消費する魔法や大技を使用する際は注意が必要です」
「わかりました。それより、また目閉じなかったですよね? 恥ずかしいので、閉じてください!」
「忘れてました」
「もうっ!」
陽葵がいつも通りに振る舞ったことで、ジルも普段の振る舞いを取り戻す。
にっこり笑って悪びれもしないジルに、陽葵は不満を露わにしたが、ジルは気にもしていない様子だった。
「ですが、これではっきりしましたね」
「何がですか?」
「あなたには魔法の才能があるようです。才能がない人間はそもそも杖に魔力を流す感覚がわからないので」
「そうなんですか?」
「あなたは魔法もきちんと発動させられた。あとは学びを深めて鍛錬を積めば、他の魔法も使えるようになるでしょう」
そういえばルーティも言っていた。
——魔法は努力も必要だけど、才能がないと完全に無理。
ジルが陽葵に魔法を使わせてくれたのは、そもそも魔法の才能が陽葵にあるのかを確かめるためだったのだろう。
「才能テストならそう言ってくれればよかったのに」
「無駄に緊張させる必要もないでしょう。この光の魔法だけは日中も使用を許可します。安定した出力はもちろん、小鳥の数を増やしたり、大きくしたりとアレンジする方法を考えてみてください」
「わかりました。やってみます!」
退屈と孤独だった日々が嘘のようだ。
今は筆談でルーティとメラスともコミュニケーションを取ることができるようになり、魔法の練習と勉強というやることも増えた。
満ち足りた気持ちでうなずいた陽葵の頭にジルが手を伸ばしてくる。
なんだろうと思っていると、優しく頭を撫でられて、陽葵は戸惑った。
「あ、あの?」
「……髪に埃が」
「ああ、なるほど!」
「今夜はこれでお暇します。今度はあまり日を置かずに来られるようにします」
「無理しないでくださいね」
「ええ、ありがとうございます」
若干気まずそうにしながら、ジルは持って来た茶器をトレーにのせて部屋を出て行く。
「おやすみなさい」と挨拶をしてくれたジルに挨拶を返して、陽葵は撫でられた頭に触れた。
(撫でられたの、嬉しかったな……なんて)
キスをした後に優しく撫でられたことで、ちょっとときめいてしまった。
今夜ははじめて魔法を使い、キスもしたことで高揚していたのだろう。
少し気持ちを落ち着かせて寝るために、陽葵は明かりを消した部屋で星空を眺めてから眠りについた。




