学びの喜び 2
「こんばんは、ジルさん」
「数日来られずすみませんでした。……機嫌がよさそうですね?」
「えへへ、ルーティと友達になれたんです」
夜になり、ルーティが続き部屋に戻って少しすると、ジルがやって来た。
魔力の補給のためだとわかってはいるが、ジルはキスをするために部屋を訪れる。
待っている間はきっと緊張するに違いないと思っていたが、ルーティに少し前まで幼い弟妹の話やこの世界の話を聞いていたことで、必要以上にドギマギせずにジルを迎え入れることができた。
ジルは今夜もハーブティーを持って来てくれていた。
今夜はどんなハーブティーなのかとウキウキしながらも陽葵が答えると、ジルは目をしばたたかせた。
「ルーティと、友達に」
「はい。あれっ、だめでした?」
「いえ、どうやってコミュニケーションを取ったのかと」
「ああ!」
ジルは陽葵が、この世界の文字をどれだけ書けるようになったのかをまだ知らない。
いつものようにふたりで窓際の机につき、陽葵はスケッチブックにサラサラと文章を綴った。
『今日はなんのハーブティーなんですか?』
「リンデンという花のハーブティーです。甘くて飲みやすいと店主に聞きました」
ジルはどこか呆然としつつも文章を読んで答える。
『ジルさんが買って来てくれたんですか?』
「はい。ルーティが勧めてくれた店の近くに用があったのでついでにですが……」
『ありがとうございます』
「待ってください」
「はいっ!」
ルーティとメラスと会話しているときと同様に筆談をしていた陽葵は突然鉛筆を持った手首を握られて、ぴゃっと肩を跳ねさせた。
(私ってこんなにびっくり屋だったかな。ドキドキする)
ジルの大きな手からすると、陽葵の手首はぐるっと握っても指先が余る。
急に触れられたことにもその体格差にもドキドキと心臓は鳴っていて、内心首を傾げる陽葵に対して、ジルは戸惑いを隠しきれない様子だった。
「これだけの日常会話をスラスラ筆談でできるようになったのですか? たったの5日で?」
「そっか。そういえば、ジルさんと会ってからもう5日も経ってたんですね。ずっと勉強に集中してたので、この5日はあっという間でした」
「……あまりにも学習が早すぎませんか?」
「暗記は得意なんです。それに元の世界と文法とか大して変わりませんでしたし」
学校のテストではほぼ毎回1位をとれていた陽葵は、勉強にだけは自信があった。
異世界の言葉であっても、学習方法は大して変わらない。
愕然とした様子ながらも褒めてくれたジルに、陽葵ははにかむ。
ジルは感心した様子でため息をつきつつ、陽葵にハーブティーを注いでくれた。
今夜のハーブティーはほんのりと甘く、花の香りがする。
「正直、陽葵様がここまで頭のいい方とは思っていませんでした。年齢にしては幼く感じていたので」
「褒められてます? けなされてます?」
「もちろん褒めています」
にっこり笑ったジルが優雅な所作でティーカップに口をつける。
大人の男性であるジルからしたら、陽葵は子娘にしか見えないのかと思うとムッとした。
「褒めるなら、もっとわかりやすく褒めてくださいよ」
「素晴らしいとは思いましたが、魔法を使うには現代で使われている文字だけでなく、魔法陣の組み立て方や、それを形成するルーン文字などを学ぶ必要があります。勉強はまだまだ必要ですので。すぐに勉強に役立ちそうな書籍を用意しましょう。今のあなたなら問題なく読めるでしょう」
「じゃあ、魔法のお勉強はまだお預けってことですか?」
魔法に必要な知識がまだ足りていないのであれば、今夜はまだ魔法を教えてもらえなくても仕方がない。
だが、勉強をがんばった分、ほんの少しジルに魔法を教えてもらえるのではないかと期待していた陽葵が眉を下げてしゅんとすると、ジルはローブの腰元を探って指揮棒ほどの長さの杖を差し出してきた。
銀色の杖の先端には薄紫色の美しいクリスタルが付いている。
まるで白銀の髪にラベンダー色の瞳を持つジルを思わせる杖を差し出されたことに、陽葵は困惑しながらジルを見た。
「これは?」
「私が魔法を学び始めたときに使っていた杖です。私はもう不要ですので、あなたに譲ります。魔法は体内の魔力を使って扱うもの。あなたの体を巡っているのは、私から補給された魔力です。私の杖を使うのが、最も扱いやすいでしょう」
「えっ、魔法、教えてくれるんですか!?」
「まだ勉強が足りませんから、少しだけですよ」
幼子を甘やかすような口調で言われて、陽葵は喜びで飛び上がるようにして立ち上がった。




