わがままな神子 7
「すごい!」
「陽葵さんの世界に魔法は存在しないのですか?」
「しないよ、すごいよ!」
興奮した陽葵はカンテラの中で揺らめく炎に目を輝かせる。
ジルは幼子のようにはしゃぐ陽葵にふっと笑って夜の庭をカンテラで照らしながら陽葵と共に歩きはじめた。
「今のは初歩の初歩の魔法です。珍しいものではないですよ」
「でも、すごいです! 久しぶりに異世界来たな〜って感じでした」
「ずっとあなたは異世界に来ているでしょう」
「部屋にばっかりいるし、同じ人にしか会わないので、なんだか異世界感なくなってきちゃってたんですよね」
「……あなたは存外適応能力が高いようですね」
「そんなことないです」
炎の明かりに照らされた庭の花々は美しく、華やかな香りで癒やしてくれる。
植物に詳しくはない陽葵が見たこともないような花もあり、さっき見た魔法の影響もあって、ここはやはり異世界なのだということをしみじみと感じた。
「帰りたいなぁって、思いますよ。枕を濡らす夜もあったりしちゃうかもです」
眉を下げて笑いながら冗談めかして本音を言って、すぐに後悔する。
ジルは陽葵が帰れるように尽力すると言ってくれていた。
きっと陽葵の知らないところで努力しているはずだとわかっているのに、プレッシャーをかけてしまったかもしれない。
「なんて、冗談ですよ?」
「冗談ではないでしょう」
即座に誤魔化しに入った陽葵に、ジルは柔らかい声で返してくる。
こちらを見るラベンダー色の瞳が真剣で、陽葵はこれ以上嘘をつけなかった。
「何も知らない世界に突然迷い込んで、紅茶を分けてくださったお姉様にも会えないのですから。寂しいに決まっています。あなたが寂しがりなのは事実なのでしょう?」
さっき寂しがりであることは認めてしまっていた。
優しいジルの声に、思わず涙がにじみかける。
陽葵の弱さを受け入れてくれる人が、この世界にもいることが嬉しくて、安心した。
「必ず、あなたを元の世界に帰します。時間がかかってしまい、申し訳ない」
真摯に謝罪をしてくれるジルに、陽葵は笑顔で首を横に振る。
ジルを急かしたかったわけではない。
陽葵のために忙しいだろうジルががんばってくれていることが伝わってきて、本格的に涙が出そうになった陽葵は話題を逸らすことにした。
「お花、すごくきれいですね。見たことない花もたくさんあります」
「少し切り花にして、花瓶に活けてはどうですか?」
「勝手にいいんですか? 怒られません?」
「あなたを怒るのはルーティくらいでしょう」
「あはは、それは確かにそうかも」
ジルの言葉に甘えて庭師の道具が置かれていた棚からハサミを一本拝借する。
それでもやっぱり、この庭を手入れしている人に申し訳なくて、陽葵は数本だけ花を切って束ねただけだった。
「うん。きれい」
「それだけでいいんですか?」
「たくさん摘んだら、ルーティに怒られるかもしれないですしね」
カンテラの明かりに花束をかざして出来映えを確認しながらふざけると、ジルは「そうですね」と口角を上げる。
ハサミを元の位置に戻しつつ、陽葵は小さくため息をこぼした。
「ルーティが怒りっぽいのは、きっと私が嫌いだからですよね。お世話してもらって悪いなとは思ってるんですけど、私にはできることが少なくて」
「あなたの世話はルーティに任せた仕事なのですから気にする必要はありませんよ」
「私はルーティともメラスとも仲よくなりたいんです。せっかく出会えたんですから」
陽葵にも学校で好きな人と苦手な人がいた。
万人に好かれることは難しいとわかっているが、できればルーティとメラスとは仲よくなりたい。
なぜなら陽葵がふたりのことを好きだからだ。
ルーティはわかりにくいが陽葵のためを思って行動してくれているし、メラスも気さくで親切だ。
そんなふたりから受けた恩に陽葵は少しでも何か報いたい。
「この花束、ルーティとメラスは気に入ってくれますかね?」
「ええ、きっと」
笑顔で陽葵がジルを見上げると、ズレたフードをジルがそっと戻してくれる。
その手つきが頭を撫でるようなものであったことに密かにドキリとしてしまった。
夜の散歩は短いものだったが、楽しかった。
久々に外の空気を吸い、緑を傍で愛でることができた時間は陽葵の心を確かに癒やした。
ジルがカンテラの炎を消し、陽葵はジルに促されて宿舎の中に入る。
「では、戻りましょうか」
陽葵を部屋まで送り届けたら、ジルはきっと帰ってしまうだろう。
その前に、どうしても陽葵はひとつジルにお願いがしたかった。
「あの、わがまま言ってもいいですか?」
「あなたが割りとわがままなのは知っていますからどうぞ。叶えられるかはわかりませんが」
「私も魔法が使ってみたいんですけど、……教えてもらえたりしませんか?」
「……陽葵様が、魔法を?」
「私が、魔法を」
確認するように尋ねてくるジルに大きくうなずく。
すぐに険しい表情になったジルに、陽葵もキリリと眉をつり上げた。
「私は祝福の神子かもしれないんですよね? それなら魔王と戦わなきゃいけないかもしれないわけですし、魔法はできて損ないと思うんです」
異世界に来たのだから、魔法を使ってみたいという好奇心はある。
だが、それより魔法を使えればジル達の役に立てるのではないかという気持ちが強かった。
陽葵の熱の入ったプレゼンに、ジルはますます険しい表情になってしまう。
このわがままはさすがにダメだったかと陽葵の胸中に諦めが滲みはじめた頃に、ようやくジルは考えをまとめたようだった。
「……いいでしょう」
「いいんですか!?」
「確かにあなたが魔法の能力に長けていれば、魔王を倒す祝福の神子である可能性は高いと言えます。魔王が復活することなどなく、陽葵様が元の世界に帰れることが一番ではありますが」
「やった! ありがとうございます!」
「今日はもう遅い。それに魔法を覚えるなら文字の勉強は必須です。まずは勉学に励んでください」
「わかりました!」
満面の笑みで返事をした陽葵に、ジルは険しい表情を崩してにっこりと笑った。
「あなたが魔法を使うにふさわしい言語力を身に着けたと判断するまでは、魔法は教えませんので」
「あっ、私が頭悪いと思ってません?」
「マサカ」
「棒読みですよ!? 意外な頭のよさで評判なんですからね。ぎゃふんと言わせてやりますよ」
嘘っぽい笑みを貼り付けているジルに不満を訴えながら部屋まで送られた陽葵は、ジルに散歩の礼を言って別れた後、置いてあった花瓶に花束を飾った。
その翌日、陽葵はルーティになんとか身振り手振りと絵で辞書をねだり、ジルをぎゃふんと言わせるための勉強に励むことにした。




