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秋祭りに訪れた人

土曜日の朝――。


学校は、まるで別の場所のようだった。


廊下には紙の飾りが並んでいる。


教室の前には、生徒たちが手作りしたポスターが貼られていた。


中庭からは、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


音楽も流れていた。


屋台の準備が進んでいるのだろう。


食べ物の香りが風に乗って校舎の中まで届いていた。


星龍学園に入学してから、こんな光景を見るのは初めてだった。


いや――。


違う。


もう「この学校」ではない。


「俺たちの学校」だ。


そんなことを考えながら、俺は正門の前で舞夜を待っていた。


すると、聞き慣れた声が背後から聞こえてきた。


「お待たせしましたか?」


振り返る。


そこには舞夜が立っていた。


制服の上には薄手のコートを羽織っている。


手には小さな布製のバッグが握られていた。


風が吹き、髪が優しく揺れる。


俺は笑った。


「そんなに待ってないよ」


舞夜も微笑み返した。


「それならよかったです」


そして、一歩前に出る。


「行きましょう」


「今日は、たくさん見て回りたいですから」


秋祭りが、いよいよ始まろうとしていた。

文学部の展示室は、すでに一般公開されていた。


木製のパネルには、部員たちの作品が丁寧に並べられている。


それぞれの作品には、番号と題名だけが記されていた。


作者の名前はどこにも書かれていない。


パネルの前には小さな机が置かれていた。


そこには、感想を書くための用紙が準備されている。


部屋の中では、陽人先輩が来場者の質問に答えていた。


落ち着いた表情は、いつもと変わらない。


俺たちの姿に気づくと、小さく会釈をした。


「おはようございます」


「朝早くから来てくれて、ありがとうございます」


舞夜も丁寧に頭を下げた。


「おはようございます、陽人先輩」


先輩は優しく微笑んだ。


「すでに何人かの来場者が感想を書いてくれています」


俺は思わず机の上に置かれた箱を見た。


中には、すでに数枚の紙が入っている。


「もう読めるんですか?」


そう尋ねると、陽人先輩は首を横に振った。


「いいえ」


「祭りが終わるまでは読みません」


「最後まで待ちます」


舞夜と俺は顔を見合わせた。


そして、ほとんど同時に答える。


「分かりました」


部屋の中には、本をめくる音が静かに響いていた。


秋祭りは始まったばかりだった。

展示室の中を、舞夜とゆっくり歩いた。


木製のパネルには、文学部の作品が整然と並べられている。


どの作品にも、作者の名前はなかった。


書かれているのは、番号と題名だけだ。


明るい物語もあれば、どこか切ない物語もある。


一ページで終わる短編もあった。


反対に、何枚もの紙を使った作品もある。


一つひとつの作品から、それぞれの個性が伝わってきた。


しばらく歩いていると、舞夜が足を止めた。


俺も隣に並ぶ。


目の前には、七番の作品があった。


『分け合った傘』


舞夜が横目で俺を見る。


何も言わなかった。


でも、お互いに分かっていた。


この作品を書いたのが誰なのかを。


舞夜は、もう一度読み始めた。


内容はほとんど覚えているはずなのに、最初から最後まで丁寧に目を通していく。


読み終えると、小さく微笑んだ。


「やっぱり、この作品が好きです」


思わず頬が熱くなる。


「俺の作品だから言ってるんじゃないの?」


すると、舞夜はすぐに首を横に振った。


「違います」


「読むたびに、新しい発見があるんです」


「だから、何度読んでも飽きません」


どう返事をすればいいのか分からなかった。


結局、俺は苦笑することしかできなかった。


舞夜も楽しそうに笑っていた。

しばらくして、俺たちは十二番の作品の前で足を止めた。


『葉が落ちる頃に』


舞夜の物語だった。


俺はもう一度、最初の一行から読み始めた。


何度読んでも、不思議な感覚になる。


文章は穏やかなのに、その奥には言葉にできない感情が隠れていた。


読み終えると、俺は小さく息を吐いた。


「やっぱり、いい作品だね」


舞夜は少し照れたように微笑んだ。


「ありがとうございます」


「この前の朗読の時よりも、もっと好きになったかもしれない」


そう言うと、彼女は驚いたように目を瞬かせた。


「本当ですか?」


「うん」


「今なら、みんなが感動した理由が分かる気がする」


舞夜は何も言わなかった。


ただ、優しく笑っていた。


展示室の窓から、柔らかな秋の日差しが差し込んでいる。


周囲では、来場者たちが静かに作品を読んでいた。


誰も作者の名前を知らない。


それでも、言葉は確かに誰かの心へ届いていた。


その光景を見ながら、俺は文学というものを少しだけ理解できた気がした。

展示室を出た後、俺たちは中庭へ向かった。


数日前に見つけた「願いの掲示板」は、すでにたくさんの紙で埋め尽くされていた。


赤や黄色のもみじの形をした紙が、隙間なく貼られている。


何百枚もあるように見えた。


「すごいですね」


舞夜が感心したように呟く。


「本当にたくさんあるね」


俺たちは並んで掲示板を眺めた。


その時だった。


一枚の紙が風に吹かれて、ゆっくりと舞い落ちた。


舞夜がすぐにしゃがみ込み、その紙を拾い上げる。


しばらく眺めていたが、突然、小さく笑った。


「読んではいけませんね」


俺も思わず笑ってしまった。


「そうだね」


「元の場所に戻そう」


俺たちは掲示板に近づいた。


舞夜は丁寧に紙を貼り直す。


そして、いたずらっぽい笑顔を浮かべながら俺を見た。


「南くんの癖が移ったみたいです」


「そんな変な癖かな?」


「いいえ」


彼女はゆっくりと首を横に振った。


「私は好きですよ」


そう言って、優しく微笑んだ。


秋の風が再び吹き抜ける。


木々の葉が静かに揺れていた。


その穏やかな時間が、いつまでも続いてほしいと思った。

午後になり、展示室にはさらに多くの来場者が集まっていた。


その時だった。


一人の男性が静かに部屋へ入ってきた。


年齢は五十代くらいだろうか。


髪には少し白いものが混じっている。


灰色のジャケットを羽織り、胸ポケットには小さな手帳が入っていた。


その姿を見た瞬間、陽人先輩の表情がわずかに変わった。


驚いたように目を見開いたあと、すぐに男性のもとへ歩み寄る。


「お久しぶりです」


男性は穏やかに笑った。


「ああ」


「今年の文学部には、面白い書き手がいると聞いてね」


「自分の目で確かめたくなったんだ」


陽人先輩は丁寧に頭を下げた。


「ご意見をいただけるなら、とても光栄です」


男性は静かに展示を見て回り始めた。


一つひとつの作品の前で足を止める。


じっくりと文章を読み、時々手帳に何かを書き込んでいた。


舞夜は、その姿を不思議そうに見つめていた。


「どなたなんでしょう?」


小さな声で尋ねる。


陽人先輩は落ち着いた口調で答えた。


「昔の卒業生ですよ」


それ以上の説明はなかった。


けれど――。


ほんの一瞬だけ、先輩の表情に別の感情が浮かんだ気がした。


まるで、この訪問の本当の理由を知っているかのようだった。


その男性は、十二番の作品の前で立ち止まった。


そして、長い時間そこから動かなかった。


最後の一文を、もう一度読み返す。


静かに手帳を閉じた。


小さな声が漏れる。


「まだ書いていたんだな」


短い沈黙。


そして、懐かしさを含んだ声で、その名前を呼んだ。


「八神」


もちろん、その言葉を聞いた者は誰もいなかった。


秋祭りの賑やかな空気の中で――。


過去は、静かに再び動き始めていた。

第九十四話を読んでくださって、ありがとうございました。


ついに秋祭りが始まりました。


たくさんの人が物語を読み、それぞれの言葉が誰かの心へと届き始めています。


しかし、その穏やかな時間の中で、過去を知る人物が静かに姿を現しました。


その出会いが何をもたらすのか。


次回もぜひお楽しみください。

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