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選べない理由

あの言葉が放たれたあと――


沈黙が落ちた。


ほんの数秒。


たったそれだけの時間だったはずなのに、


俺には永遠みたいに長く感じられた。


『必ず、あなたを私に恋させます。』


またその言葉だ。


昨日も聞いた。


今日も聞いた。


なのに、


なぜか前とは違って聞こえた。


もっと現実的で、


もっと重くて、


もっと――本気だった。


「……お前、本当に厄介な奴だな。」


俺は視線を落としたまま、


同じ言葉を繰り返す。


「知っています。」


舞夜は迷いなく答えた。


それが一番厄介だった。


否定しない。


謝らない。


迷わない。


ただ、


全部受け入れている。


「おーい、おーい。」


突然、


明るい女の声が割り込んできた。


「ちょっと何してるの、これ?」


……


嫌な予感しかしない。


ゆっくり顔を上げる。


そして、


その予感は見事に的中した。


目の前には、


三人の女子生徒が立っていた。


「結衣か……。」


隣で松が面白そうに呟く。


「これはさらに面白くなってきたな。」


「お前だけだよ。」


俺は即座に言い返した。


先頭に立っていたのは、


田中結衣。


いつも通りの満面の笑み。


妙に輝いている目。


そして、


絶対に面倒事を楽しんでいる顔。


その隣には、


少し小柄な五条亜沙美。


こちらをちらちら見ながら、


なぜか少し顔を赤くしている。


さらにその後ろには、


腕を組んだ岸場瑞子。


冷静な視線で、


俺たちを観察していた。


まるで、


すべてを見抜いている探偵みたいだった。


「舞夜。」


結衣がニヤニヤしながら口を開く。


「説明してくれない?」


「何をですか?」


舞夜は平然としていた。


さっきまでと何一つ変わらない。


「いや、何をって。」


結衣は俺たちを指差す。


「これ。」


「昼食です。」


「それは見れば分かる。」


「では問題ありません。」


「問題しかないんだけど?」


……本当にその通りだ。


「というか。」


結衣は俺の方をちらりと見る。


「何で南くんなの?」


「俺に聞くな。」


「聞きたい。」


「俺も知りたい。」


「それは面白いね。」


全然面白くない。


舞夜は静かに弁当箱を閉じる。


そして、


いつも通りの口調で答えた。


「必要だからです。」


……


またその言葉だ。


「またそれかよ……。」


思わず呟く。


結衣も首を傾げた。


「必要って何が?」


「必要です。」


「いや、答えになってないよ?」


「答えています。」


「全然答えてない。」


当たり前だ。


俺ですら意味が分かっていないんだから。


しかし、


舞夜はそれ以上何も言わなかった。


沈黙。


そして、


その沈黙が状況をさらにややこしくした。


「へぇ……。」


そのとき、


今まで黙っていた瑞子が初めて口を開いた。


「これはなかなか興味深いわね。」


「何がだよ。」


俺が尋ねる。


瑞子は腕を組んだまま、


俺と舞夜を交互に見た。


「八神舞夜。」


「誰にも近づかないことで有名な彼女が。」


そこで一度言葉を切る。


そして、


淡々と続けた。


「普通の男子と一緒に昼食を食べて、しかも食べさせてる。」


……


「普通って言い方、もう少しどうにかならないか?」


「ならないわね。」


「少しくらい優しくしてくれてもいいだろ。」


「必要ないもの。」


「ひどい。」


「事実よ。」


……


反論できないのが、


一番つらかった。

「普通って言い方、もう少しどうにかならないか?」


「ならないわね。」


「少しくらい優しくしてくれてもいいだろ。」


「必要ないもの。」


「ひどい。」


「事実よ。」


……


反論できないのが、


一番つらかった。


「ねぇねぇ。」


結衣が急に身を乗り出してくる。


嫌な予感しかしない。


「結局、南くんって舞夜にとって何なの?」


「何って……。」


「彼氏?」


「違う。」


「じゃあ、友達?」


「違う。」


「幼なじみ?」


「初めて会ったの昨日だ。」


「えぇ!?」


結衣が大げさに目を見開く。


「昨日!?」


「昨日。」


「嘘でしょ?」


「むしろ俺が嘘であってほしい。」


松が吹き出した。


「お前、本当に面白い人生送ってるな。」


「送ってない。」


「いや、送ってる。」


「送ってない。」


「送ってる。」


……


「……少しだけ。」


「認めるのかよ。」


結衣は腕を組みながら、


俺と舞夜を交互に見比べる。


「じゃあ、何なの?」


「俺も知りたい。」


「そこは知らないんだ。」


「知らない。」


「すごいね、それ。」


全然すごくない。


むしろ最悪だ。


そのとき、


今まで黙っていた亜沙美が小さな声で言った。


「でも……。」


全員の視線が彼女に集まる。


「こんな舞夜ちゃん、初めて見たかも……。」


「……どういう意味だ?」


俺が尋ねると、


亜沙美は少し困ったように言葉を探した。


「えっと、その……。」


「舞夜ちゃんって、いつも誰とも距離を置いてるから。」


「男子はもちろん、女子とも必要以上には仲良くならないし……。」


「だから、その……。」


亜沙美は舞夜を見る。


そして、


少し照れくさそうに笑った。


「今の舞夜ちゃん、ちょっと楽しそう。」


……


楽しそう?


俺は思わず隣を見る。


舞夜はいつも通り、


落ち着いた表情のままだった。


少なくとも、


俺にはそう見える。


「いや、そんなことないだろ。」


反射的に否定する。


すると、


瑞子が呆れたようにため息をついた。


「南くん。」


「何だよ。」


「分かってないのね。」


「何が?」


「それを自分で考えなさいってこと。」


「分からないから聞いてるんだけど。」


「だから分かってないのよ。」


意味が分からない。


結衣も苦笑しながら肩をすくめた。


「まぁ、でも。」


「これは見てて面白そう。」


「面白くない。」


「面白いよ。」


「面白くない。」


「面白い。」


……


「……少しだけ。」


「もう認めてるじゃん。」


「認めてない。」


「認めてるって。」


「認めてない。」


「認めてる。」


……


「……。」


もう疲れた。


本当に疲れた。


昼休みって、


こんなに精神力を使うものだっただろうか。


絶対違う。


俺の知っている昼休みは、


もっと平和なものだったはずだ。

「まぁ、でも。」


結衣が満足そうに頷いた。


「私は嫌いじゃないよ、こういうの。」


「何がだよ。」


「これ。」


そう言って、


俺と舞夜を交互に指差す。


「絶対、面白いことになるもん。」


「ならない。」


「なる。」


「ならない。」


「なる。」


……


「……嫌な予感しかしない。」


「それは私も同感ね。」


瑞子が腕を組んだまま言った。


「でも、少なくとも退屈はしなさそう。」


「俺は退屈なくらい平和な人生を送りたいんだけど。」


「もう手遅れじゃない?」


結衣がにやりと笑う。


「手遅れじゃない。」


「そう?」


「そうだ。」


「本当に?」


「本当だ。」


「じゃあ、舞夜と距離を置けば?」


……


全員の視線が俺に集まる。


「……それは。」


言葉に詰まった。


正直、


今さら「はい、さようなら」で終わる気がしなかった。


というか、


終わらせてくれそうにない。


「ほら。」


結衣が嬉しそうに指をさす。


「今、困った顔した。」


「してない。」


「した。」


「してない。」


「した。」


……


「……少しだけ。」


「認めた。」


「認めてない。」


そのやり取りを見ていた亜沙美が、


くすっと小さく笑った。


「なんだか……。」


「南くんって、思ったより優しい人なんですね。」


「は?」


思わず間抜けな声が出る。


「どこをどう見たらそうなるんだ?」


「だって、本当に嫌なら、もう席を立ってると思うから。」


……


言われてみれば、


そうなのかもしれない。


俺は別に、


舞夜に脅されているわけじゃない。


本気で嫌なら、


逃げることだってできたはずだ。


なのに、


なぜかここに座っている。


「……違う。」


反射的に否定する。


「ただ面倒なだけだ。」


「ふふっ。」


結衣が笑う。


「そういうことにしておいてあげる。」


「だから違うって。」


「はいはい。」


絶対信じてない。


そのとき、


今まで黙っていた舞夜が、


静かに立ち上がった。


「そろそろ戻ります。」


「え?」


結衣が驚いた顔をする。


「もう?」


「昼休みも半分終わっていますから。」


「真面目だなぁ。」


「当たり前です。」


そう言うと、


舞夜は俺の方を見た。


「南くん。」


「……何。」


「行きましょう。」


「いや、行かない。」


「行きます。」


「行かない。」


「行きます。」


……


「……五分。」


「十分です。」


「またそれかよ。」


「またです。」


もう反論する気力もなかった。


「じゃあね、南くん。」


結衣が楽しそうに手を振る。


「これからも頑張って。」


「何をだよ。」


「恋愛。」


「違う。」


「頑張れ。」


「だから違う。」


瑞子も小さく笑った。


「あなた、これから大変そうね。」


「他人事だと思ってるだろ。」


「他人事だもの。」


ひどい。


そして亜沙美は、


少し遠慮がちに頭を下げた。


「が、頑張ってください……。」


「だから何を。」


結局、


誰も答えてくれなかった。


舞夜は先に歩き始める。


俺は大きくため息をつきながら、


その後ろを追いかけた。


昼休みは終わろうとしている。


なのに、


俺の頭の中の混乱は、


ますます大きくなるばかりだった。

◇ ◇ ◇


教室へ戻る道。


聞こえるのは、


俺たちの足音だけだった。


さっきまであれだけ騒がしかったのに、


今は妙なくらい静かだった。


「……もう、みんな見てるぞ。」


俺は前を歩く舞夜の背中を見ながら言った。


「知っています。」


即答だった。


「いや、知ってるなら問題だろ。」


「問題ではありません。」


「問題だ。」


「問題ではありません。」


「問題だ。」


「問題ではありません。」


……


「……少しだけ問題だ。」


「問題じゃない。」


全然話が進まない。


というか、


こいつと話していると、


毎回こうなる。


「なぁ。」


「何ですか?」


「これも必要なのか?」


「はい。」


「昼飯を一緒に食べるのも?」


「必要です。」


「学校中の注目を集めるのも?」


「必要です。」


「……お前の『必要』、便利すぎないか?」


「便利ではありません。」


「いや、かなり便利だろ。」


「そうでしょうか。」


「そうだよ。」


舞夜は少し考えるように黙り込む。


そして、


小さく呟いた。


「……そうかもしれません。」


「認めるのかよ。」


思わずため息が漏れる。


本当に、


何を考えているのか分からない。


「なぁ。」


俺はもう一度聞いた。


「お前、疲れないのか?」


「疲れます。」


「即答だな。」


「疲れます。」


「じゃあ、何で続けるんだよ。」


すると、


舞夜の足が止まった。


……


突然だった。


俺も思わず立ち止まる。


風が吹く。


校舎の窓から、


運動場の声が聞こえてくる。


でも、


その瞬間だけ、


周りの音が全部消えたような気がした。


舞夜は前を向いたまま、


静かな声で言った。


「……私には、選択肢がないからです。」


……


「え?」


思わず聞き返す。


今まで聞いたどんな言葉とも違った。


軽くない。


冗談でもない。


その一言には、


何か重いものが混ざっていた。


「選択肢がないって……。」


俺がそう呟いても、


舞夜は何も答えない。


沈黙。


昼休みの終わりを告げるチャイムだけが、


遠くで鳴り始める。


「……どういう意味だ?」


聞かずにはいられなかった。


だけど、


舞夜はゆっくりと首を横に振る。


「今は言えません。」


「またそれか。」


「……すみません。」


……


その言葉に、


俺は少し驚いた。


初めてだった。


舞夜が、


申し訳なさそうな顔をしたのは。


そして、


初めて思った。


俺は今、


学校一の美少女である八神舞夜じゃなく、


ただ一人の人間を見ているんじゃないか、と。


「……お前、本当に面倒な奴だな。」


小さく呟く。


舞夜は俺の方を見る。


そして、


いつものように笑った。


でも、


その笑顔は、


今まで見てきた完璧な笑顔じゃなかった。


どこか寂しくて、


どこか悲しそうで、


少しだけ壊れているように見えた。


「知っています。」


そう答えた舞夜は、


すぐに前を向き、


また歩き始めた。


俺も、


何も言えないまま、


その背中を追いかける。


◇ ◇ ◇


その夜。


結局、


俺はほとんど眠れなかった。


理由は、


噂でもない。


視線でもない。


昼休みの騒動でもない。


頭から離れなかったのは、


たった一つの言葉だった。


『私には、選択肢がないから。』


……どういう意味なんだ。


どうして、


そこまでしなきゃいけないんだ。


考えれば考えるほど、


分からなくなる。


そして、


もう一つ。


俺は、


一体何に巻き込まれているんだろう。


最初は、


ただの変な出来事だと思っていた。


でも、


もう違う。


これは、


単なる恋愛騒動なんかじゃない。


もっと深くて、


もっと大きな何かだ。


そして、


気づけば俺は、


その中心に立っていた。


望んだわけじゃない。


逃げたかったはずなのに。


それでも、


もう後戻りはできない気がした。


そんな予感だけが、


静かな夜の中で、


いつまでも消えなかった。

第六話を読んでいただき、ありがとうございました。


少しずつ、舞夜の本当の姿が見え始めました。


彼女が抱える秘密とは何なのか。


そして、大樹はその真実を知ったとき、何を思うのか。


次回もぜひお楽しみください!


もし気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけると励みになります。


それでは、また次回!

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