言葉が集まる場所
朝早く学校へ来ると、少し特別な気分になる。
普段なら静かな時間のはずの廊下は、箱を運ぶ生徒やポスターを貼る生徒、それに校内を走り回る生徒たちでいっぱいだった。
まさに混乱状態だ。
でも――。
それはそれで、どこかまとまりのある混乱だった。
少なくとも、先生たちはそう思わせようとしているらしい。
「もう少し左!」
「違う、そっちじゃない!」
「その机、気をつけて!」
俺はため息をついた。
文化祭は、まだ始まっていない。
それなのに――。
もう頭が痛くなってきた。
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俺は『言葉の小さな広場』を開く教室へ入った。
そして――。
一瞬、足を止めた。
紙で作った花が天井から吊るされ、小さな飾りのように連なっている。
机には白いテーブルクロスが敷かれていた。
隅には、色とりどりの紙とペン、それから書いたメッセージを吊るすためのリボンが用意されている。
そして中央には――。
大きな木製の掲示板。
まだ、何も貼られていない。
数時間後には――。
ここがたくさんの思い出で埋め尽くされるのだろう。
「どうですか?」
背後から舞夜の声が聞こえた。
振り返る。
きちんと整えられた制服。
肩にかかる長い黒髪。
その手には、飾り用のカードが入った小さな箱があった。
俺はもう一度、教室を見渡す。
「思ってたより、ずっといいな」
舞夜は嬉しそうに微笑んだ。
「みんな、本当に頑張ってくれましたから」
「まあ……」
「百三十四個の花は、やっぱり多すぎたと思うけど」
俺がそう言うと、舞夜は小さく笑った。
「今見ると、ちょうどいい数に見えますよ」
「……」
その理屈には、反論できなかった。
まるで俺たちの会話を聞いていたかのように――。
涼が新しい箱を抱えて現れた。
「持ってきたぞ!」
俺は不思議そうに箱を見る。
「……何が入ってるんだ?」
「花!」
……。
俺は数秒間、涼を見つめた。
「まだあったのか?」
「うん!」
「予備で買っておいたんだ!」
その後ろから松が現れる。
「何個あるのかは、聞かないほうがいいぞ」
すると、陽斗もやって来た。
腕にはいつものノート。
「三十七個です」
涼がため息をつく。
「なんでまだ数えてるんだよ?」
「君がまだ買い続けているからです」
みすずが吹き出す。
愛莉も笑いをこらえきれず、机に手をついた。
そして――。
蓮まで小さく笑っていた。
……。
本当に。
この二人のおかげで、今週はずっと賑やかだった。
文化祭が終わったあと、少し寂しくなるかもしれない。
そんなことを、ふと思った。
午前九時ちょうど――。
俺たちの学校の校長先生と、聖龍学園の校長先生が体育館に設置された小さなステージへ上がった。
全校生徒がそこへ集まり、二人の挨拶を静かに聞いている。
歓迎の言葉が終わると――。
校長先生がマイクを手に取った。
「それでは――」
「友好文化祭の開会を、ここに宣言します!」
体育館中に、大きな拍手が響き渡った。
そして――。
各会場の扉が一斉に開かれる。
待っていた来場者たちが、それぞれの企画を見て回り始めた。
いよいよ――。
文化祭が始まった。
文化祭が始まってから、まだ一分も経っていなかった。
俺たちの教室に、一年生らしい男女二人が入ってくる。
二人は少し緊張した様子で、掲示板を眺めていた。
舞夜が一歩前へ出る。
「いらっしゃいませ」
「ルールはとても簡単です」
「短い言葉でも、思い出でも、小さな物語でも構いません」
「好きなことを書いて、この掲示板に飾ってください」
二人は顔を見合わせる。
「本当に、何を書いてもいいんですか?」
男子生徒が尋ねる。
舞夜は優しく微笑んだ。
「心から出てきた言葉なら、何でも大丈夫です」
その言葉を聞いて、女の子が一枚のカードを手に取った。
そして、二人とも静かに文字を書き始める。
しばらくして――。
書き終えた二人のカードを、俺たちは掲示板へ貼った。
それが――。
最初の二枚だった。
広い掲示板の中では、まだ小さく見える二枚のカード。
でも――。
どんな物語だって、最初は一つの言葉から始まる。
俺はその二枚を見つめながら、そんなことを思った。
しばらくして――。
俺たちが他の生徒たちを案内していると、教室の入口から聞き覚えのある声が聞こえた。
「俺たちも参加していい?」
顔を上げる。
そこにいたのは、聖龍学園の生徒たちだった。
交換留学生ではない。
先頭に立っていたのは、短い髪と明るい表情の女子生徒。
その後ろには、三人の生徒が続いている。
「もちろん」
俺は笑って答えた。
「誰でも大歓迎だよ」
彼女は教室を見回した。
そして、楽しそうに笑う。
「ここが一番人気の企画だって聞いたんだけど」
涼がすぐに親指を立てる。
「それは花がいっぱいあるからだ!」
陽斗が静かに首を振った。
「彼のことは気にしないでください」
来場者たちが笑う。
その後も、次々と生徒たちが教室へ入ってきた。
そして――。
ほんの少し前まで、ほとんど何もなかった掲示板が、少しずつ言葉で埋まっていく。
思い出。
夢。
誰かへのメッセージ。
それぞれの生徒が、自分の物語の一部をそこへ残していく。
俺はその光景を眺めながら、ふと思った。
舞夜は、最初から正しかった。
人はただ――。
自分の言葉を聞いてもらえる場所を、必要としているのかもしれない。
第五十九話『言葉が集まる場所』を読んでいただき、ありがとうございました。
ついに合同文化祭が始まり、『言葉の小さな広場』にもたくさんの生徒たちが訪れ始めました。
空っぽだった掲示板は、少しずつたくさんの言葉で埋まっていきます。
そして、この場所に残される言葉の中には、大樹と舞夜にとって特別な一枚も加わることになります。
次の話では、文化祭がさらに盛り上がっていきます。
それでは、次の話でお会いしましょう。




