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言葉に託す想い

休憩時間は、あっという間に終わってしまった。


チャイムが鳴ると、俺たちは午前中に集めた材料とアイデアを抱えて、再び教室へ戻った。


先生は、松と涼が教卓の横へ置いた大量の箱を見つめる。


そして――。


何度か瞬きをした。


「……紙の花、何個買ったの?」


涼は誇らしげに指を一本立てる。


「百三十四個です!」


先生は黙った。


数秒後。


「……私が何個買うように言ったか、覚えていますか?」


涼が答えるより先に、陽斗が口を開いた。


「三十個です」


「そうです」


先生は深いため息をついた。


「まあ……」


「これなら、装飾が足りなくなる心配はありませんね」


涼は満足そうに笑った。


「ほら!」


「やっぱり多めに買って正解だった!」


……。


先生は何も言わなかった。


たぶん、もう諦めたのだと思う。

いよいよ、作業が始まった。


机をいくつか並べ替え、それぞれのグループが作業しやすいように配置する。


色とりどりの画用紙。


リボン。


絵の具。


マーカー。


教室中に、文化祭の準備に必要なものが次々と広がっていく。


愛莉は定規を手にして、ポスターの線を丁寧に引いていた。


「ここを少し広くしたほうが、文字が見やすいかな?」


「うん、それがいいと思う」


みすずは隣で、紙の花を一つずつ丁寧に切っている。


一方――。


「なんで俺が膨らませる風船、全部割れるんだ?」


松が困ったように呟いた。


俺はその様子を見ながら答える。


「サッカーボールみたいに思い切り膨らませてるからだろ」


「なるほど……」


松は真剣な顔でうなずく。


「それなら、もっと弱くすればいいんだな」


……。


たぶん、それだけの話じゃない。


少し離れたところでは、涼が大量の紙の花を並べている。


「これ全部使えるかな?」


「使い切る必要はないと思います」


陽斗が即座に答える。


「えー!」


涼が不満そうな声を上げる。


教室のあちこちから笑い声が聞こえてくる。


文化祭の準備は、まだ始まったばかり。


それでも――。


教室はいつも以上に賑やかだった。

教室の後ろの席では、舞夜と俺が並んで作業をしていた。


机の上には、いくつかの本と真っ白な紙が広げられている。


今回の企画で使う、短い言葉を考えるためだ。


「短い言葉がいいですね」


舞夜が鉛筆を指先で回しながら言う。


「でも、読んだ人が書いてみたくなるような言葉じゃないと」


「なるほど」


俺は腕を組む。


「でも、自己啓発本みたいになるのは避けたいな」


舞夜が小さく笑った。


「それもそうですね」


「そうなると……」


二人で考え込む。


数分経っても、紙には何も書かれていない。


真っ白なままだ。


俺は紙を見つめながら呟いた。


「……インスピレーションが今日は休みらしい」


舞夜は頬杖をつく。


「無理に探さなくてもいいと思います」


「じゃあ、どうする?」


「待つんです」


「待つ?」


舞夜は静かにうなずいた。


「言葉って、追いかけるほど逃げてしまうことがありますから」


「だから、ふと浮かんでくるまで待つんです」


「……それ、かなり気長な方法だな」


「そうですね」


舞夜は少しだけ笑った。


「でも、意外とうまくいきますよ」


俺はもう一度、真っ白な紙へ目を向ける。


果たして、本当に何か思いつくのだろうか。


そう思いながら――。


俺たちはしばらく黙って、言葉を待つことにした。

長い沈黙のあと――。


舞夜がゆっくりと鉛筆を手に取った。


真っ白だった紙の上に、丁寧な文字を書き始める。


そして――。


一つの文章が完成した。


「……できました」


俺は書かれた言葉を読む。


> 「大切な言葉ほど、口にするまでに時間がかかる。」


しばらく、その文章を見つめた。


とてもシンプルだ。


誰かを驚かせようとしているわけでもない。


それなのに――。


なぜか、心に残る。


「いいと思う」


俺がそう言うと、舞夜は鉛筆を机の上へ置いた。


「本当に?」


「うん」


「読んだ瞬間、言いたいことを言えずにいる人のことを考えた」


舞夜は少しだけ笑う。


「それなら……よかったです」


「伝えたいことが、ちゃんと伝わったんですね」


その言葉を聞いた瞬間。


俺は数日前のことを思い出した。


舞夜が、自分の過去について話すことを拒んだ時。


「いつか話します」


そう言ってくれた。


もしかすると――。


今の言葉も、彼女自身のことなのかもしれない。


俺は何も聞かなかった。


ただ、その文章をもう一度見つめた。


舞夜もまた、何も言わずに微笑んでいた。

「じゃあ、次は南くんの番です」


舞夜がそう言って、鉛筆を俺へ差し出した。


「俺も?」


「はい」


「この企画には、南くんの言葉も必要ですから」


俺は少しだけ悩んだ。


こういうことを考えるのは、あまり得意じゃない。


それでも、真っ白な紙を前にしていると――。


不思議と一つの言葉が浮かんできた。


俺はゆっくりと鉛筆を走らせる。


> 「たった五分の会話でも、その人の心に一生残ることがある。」


書き終えてから、少し恥ずかしくなった。


「……どうかな?」


舞夜は何も言わず、その文章をじっと読んでいる。


数秒後。


彼女はゆっくりと顔を上げた。


「南くんらしいですね」


「それって、ちゃんと褒めてる?」


「はい」


舞夜は微笑む。


「賢そうな言葉を書こうとしたんじゃなくて」


「南くんが本当に思っていることを書いたんですよね」


俺は少し驚いた。


そんなつもりはなかった。


でも――。


言われてみれば、その通りなのかもしれない。


「それなら……」


「この言葉にも意味がありますね」


「そうかな」


「はい」


舞夜は優しくうなずいた。


「誰かとの何気ない会話が、大切な思い出になることってありますから」


その言葉を聞いて、俺は舞夜を見る。


彼女は静かに笑っていた。


なぜだろう。


その笑顔を見ていると――。


自分が書いた言葉が、少しだけ特別なものになったような気がした。


「……ありがとう」


俺がそう言うと。


舞夜はいつもの穏やかな笑顔を返した。

教室の中では、みんながそれぞれの作業を続けていた。


涼と松は飾り付けについて何やら熱く議論している。


愛莉とみすずは完成したポスターを確認していた。


陽斗と蒼太は必要な材料をもう一度確認している。


そんな中――。


俺はふと顔を上げた。


教室の反対側で、蓮がこちらを見ていた。


俺と舞夜が並んで座り、書いた言葉について話している。


蓮は何も言わない。


ただ、しばらくその様子を眺めていた。


そして――。


ゆっくりと手にしていた本を閉じる。


ほんのわずかに、口元が緩んだ。


笑っている。


けれど、その表情はいつものものとは少し違った。


まるで――。


何かを確かめたような。


そんな表情だった。


「……?」


俺が見つめ返すと、蓮は何事もなかったかのように視線を逸らした。


一体、何を考えているんだ?


ここ数日、蓮は舞夜についていくつもの質問をしてきた。


でも――。


今の表情は、秘密を探っている人のものには見えなかった。


むしろ。


何か一つの答えに、たどり着いたような――。


そんな気がした。


俺は隣にいる舞夜を見る。


彼女は何も知らず、完成した文章を丁寧にノートへ書き写していた。


その横顔は穏やかだった。


俺は再び蓮へ目を向ける。


しかし、彼はもうこちらを見ていなかった。


ただ静かに、みんなの作業を眺めている。


……まだ、何を考えているのかはわからない。


それでも。


この文化祭が終わる頃には――。


きっと何かが変わっている。


そんな予感だけが、胸の中に残っていた。

第五十六話『言葉に託す想い』を読んでいただき、ありがとうございました。

文化祭の準備を通して、舞夜と大樹は自分たちの想いを言葉にしました。

そして、その二人を見つめる蓮。

彼が何を感じ、何を確かめたのか――。

合同文化祭は、三人の関係にも少しずつ変化をもたらしていきます。

それでは、次の話でお会いしましょう。

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