言葉の奥にあるもの
「よし!」
部室を出た瞬間、涼が勢いよく拳を突き上げた。
「次はいよいよ運動部だ!」
「待ってました!」
松も負けじと拳を握りしめる。
「行こう!」
二人はまるで遠足に来た子どもみたいに目を輝かせていた。
その様子を見て、陽斗は小さくため息をつく。
「二人とも……」
「まだ午前十時ですよ」
「どうしてそんなに元気なんですか」
「元気は多いほうがいいだろ!」
「その通り!」
二人は息ぴったりに答えた。
……。
俺は思わず苦笑する。
出会ってまだ二日しか経っていない。
それなのに、この息の合い方はどうなんだ。
「南」
隣を歩いていた蒼太が小さく笑う。
「あの二人、本当に仲がいいね」
「ああ」
「正直、ちょっと心配になるくらいだ」
「ははっ」
蒼太も笑った。
「確かに」
「気づいたら性格まで似てきてる気がする」
その言葉に、俺は静かにうなずく。
……本当に、その通りだった。
このまま一週間過ごしたら。
帰る頃には、あの二人は本物の親友になっているかもしれない。
体育館へ足を踏み入れた瞬間――。
活気あふれる声が一気に耳へ飛び込んできた。
バレーボール部では、素早くボールをつなぐ音が響く。
隣では、バスケットボール部が激しく練習試合をしていた。
さらに奥からは、剣道部の気合いの入った掛け声が聞こえてくる。
「面!」
「胴!」
館内は熱気に包まれていた。
「すごいな!」
涼は目を輝かせながら、あちこちを見回す。
まるで遊園地へ来た子どものようだった。
「あれもやりたい!」
「こっちも面白そう!」
「全部体験してみたい!」
次々と指を差していく。
陽斗は苦笑しながら首を横に振った。
「たぶん無理ですよ」
「えー、どうして?」
「見学ですから」
「じゃあ、お願いしてみる!」
「たぶん断られます」
「笑顔で頼めば?」
「なおさら難しいでしょうね」
そのやり取りがあまりにも自然で、思わず吹き出してしまう。
「何笑ってるんだ、南?」
涼が不思議そうにこちらを見る。
「いや」
「陽斗がお前の扱いに慣れるのが早すぎると思ってさ」
陽斗は少し照れくさそうに笑った。
「涼くんは、とてもわかりやすい人ですから」
「褒められた!」
「……そういう意味じゃないんだけどな」
小さく呟く陽斗の声は、涼には届いていなかった。
その時だった。
バスケットボール部の男子生徒が、こちらへ歩いてきた。
「もしかして、交換留学生のみなさんですか?」
陽斗が一歩前へ出て、丁寧に頭を下げる。
「はい。そうです」
男子生徒はにこりと笑った。
「よかったら、短い練習試合をしませんか?」
その言葉を聞いた瞬間。
涼の目が一気に輝いた。
「もちろん!」
ほぼ同時に、松も制服の袖をまくり始める。
「待ってました!」
……。
早すぎる。
まだ三十秒も経っていない。
陽斗は静かに目を閉じた。
「嫌な予感しかしませんね……」
先生同士が少し相談したあと、小さくうなずく。
「それでは、五対五で五分だけにしましょう」
「ケガだけはしないようにしてくださいね」
「はい!」
返事だけは見事だった。
「よし!」
涼は迷わず松を指差す。
「お前は俺のチームだ!」
「当然だろ!」
二人は勢いよくハイタッチを交わした。
その様子を見て、俺は小さくため息をつく。
「もう止めても無駄だな」
蒼太も苦笑した。
「たぶん、最初から止まる気なんてなかったんだろうね」
……その意見には、全面的に賛成だった。
試合が始まると、俺たちはコートの横にある観客席へ移動した。
試合に参加しない者は、そこから様子を見ることになった。
舞夜は俺の隣へ静かに腰を下ろす。
少し離れた席には、みすずと愛莉が並んで座っていた。
開始のホイッスルが鳴るまで、体育館には穏やかな空気が流れている。
その時、舞夜がふと俺を見た。
「南くんは、試合に出ないんですか?」
「出ない」
俺は即答した。
「自分の実力くらいはわかってるからな」
「人前で恥をかくのは遠慮したい」
舞夜は小さく笑う。
「それは、とても南くんらしいですね」
「褒めてるのか?」
そう聞くと、舞夜は少しだけ考えるように首を傾げた。
「……まだわかりません」
……。
思わず苦笑する。
「最近、その返しを覚えたよな」
「そうでしょうか?」
舞夜は何事もなかったように微笑む。
「気のせいかもしれません」
「いや、絶対気のせいじゃない」
そう言うと、舞夜は楽しそうにくすりと笑った。
以前なら、こんな軽口を返してくることはなかった。
少しずつだけど。
舞夜も、自然に冗談を言えるようになってきている。
その変化が、なんだか少し嬉しかった。
そして――。
試合開始のホイッスルが、体育館中に高らかに鳴り響いた。
試合が始まると、体育館の空気は一気に熱を帯びた。
開始のホイッスルと同時に、涼が勢いよくボールを受け取る。
「行くぞー!」
そのまま一直線にゴールへ向かって走り出した。
「止めろ!」
相手チームの選手が立ちはだかる。
それでも涼は止まらない。
「うおおお!」
勢いよくレイアップシュートを放つ。
……が。
ボールはバックボードに当たり。
リングに弾かれ。
もう一度バックボードへ当たる。
そして最後には――。
きれいに相手チームの選手の手の中へ収まった。
「ナイスパス!」
松が両手を上げて叫ぶ。
「その調子だ!」
「もちろん!」
涼はまったく気にした様子もなく親指を立てる。
「全部計算どおり!」
「いや、絶対違うだろ」
ベンチから誰かが小さく突っ込んだ。
陽斗は額に手を当て、大きく息をつく。
「……やっぱり計算じゃありませんでしたね」
体育館には笑い声が広がる。
試合そのものよりも。
あの二人のやり取りのほうが、よほど盛り上がっている気がした。
俺も苦笑しながらコートを見つめる。
勝っているのか負けているのか。
そんなことより――。
あの二人は、ただ全力で楽しんでいるだけだった。
五分後――。
短い試合は終了した。
結果は。
……正直、誰もよく覚えていなかった。
なぜなら。
「やったー!」
「俺たち最強!」
涼と松が、まるで全国大会で優勝したかのように大騒ぎしていたからだ。
二人は笑いながら拳をぶつけ合っている。
その様子を見ていたバスケットボール部の男子生徒が、苦笑しながら手を挙げた。
「あの……」
「一応言っておくけど」
「十二点差で負けてたよ?」
……。
二人の動きがぴたりと止まる。
静寂。
一秒。
二秒。
三秒――。
そして、涼は満面の笑みを浮かべた。
「勝ち負けなんて関係ない!」
「大事なのは楽しむことだ!」
「その通り!」
松も勢いよくうなずく。
バスケットボール部の生徒は思わず吹き出した。
「それは確かにそうだね」
体育館には再び笑い声が広がる。
見学を終えた俺たちは、そのまま体育館をあとにした。
廊下を歩いていると、蓮が少し足を速めて舞夜の隣へ並ぶ。
「八神さん」
舞夜は静かに振り返った。
「はい?」
蓮は落ち着いた表情のまま尋ねる。
「昨日、小説を書くのが好きだって言ってたよね」
「はい」
「そうです」
蓮は小さくうなずく。
「俺はね」
「物語を書く人って」
「口では言えないことを、物語の中に隠す人が多いと思うんだ」
……。
廊下の空気が、一瞬だけ静かになった。
舞夜は蓮の目をまっすぐ見つめ返す。
それから、穏やかに微笑んだ。
「そういう人もいるかもしれません」
「でも」
「ただ想像することが好きだから書く人もいます」
蓮も小さく笑う。
「なるほど」
「それも、一つの答えだね」
そう言うと、彼は何事もなかったかのように歩き出した。
俺はその後ろ姿を静かに見つめる。
会話そのものは穏やかだった。
責めるような言い方でもなかった。
それでも――。
蓮はただ世間話をしていたわけじゃない。
あの質問には、確かな意図があった。
そして俺は思う。
いつかきっと。
蓮は、自分が探している答えへたどり着くのだろう。
第五十一話『言葉の奥にあるもの』を読んでいただき、ありがとうございました。
涼と松のにぎやかなやり取りの中、蓮は少しずつ舞夜の言葉の意味を探り始めます。
彼は、どんな答えを見つけるのでしょうか。
それでは、次の話でお会いしましょう。




