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見覚えのある顔

「よし、それじゃあ始めよう!」


涼が勢いよく立ち上がり、楽しそうに両手を叩いた。


「ルールは簡単!」


「一人ずつ、自分についての本当のことを一つ話す。そして、その後でみんなが質問を一つだけできるんだ」


「もし答えたくない質問だったら、無理に答えなくてもいい。どうだ?」


「それは、かなり良心的なルールですね」


陽斗が感心したように言った。


涼は満足そうにうなずく。


「だろ?」


「じゃあ、最初は俺から!」


そう言って、涼はわざとらしく咳払いをした。


「俺の秘密は――」


全員の視線が集まる。


「犬がめちゃくちゃ苦手なことだ!」


……。


一瞬、場が静まり返った。


その直後、松が目を丸くする。


「え、本当に?」


「本当だって! 七歳の時に野良犬に追いかけられて、三ブロック全力疾走したんだぞ!」


「それ以来、犬を見かけたら道を変えるようになった」


「そんなにか?」


俺が聞くと、涼は真剣な顔で何度もうなずいた。


「大型犬なんて見つけた瞬間、反対側の歩道に逃げる」


「そこまでいくと、もはやトラウマだね」


蒼太が苦笑する。


周りからは小さな笑い声が上がった。


普段は明るくて騒がしい涼からは想像もできない弱点だったからだ。


ふと隣を見ると、陽斗ですら口元に小さな笑みを浮かべていた。


どうやら、このゲームは意外と悪くないのかもしれない。


……少なくとも、今のところは。

「次は俺だ!」


涼が勢いよく座った瞬間、待ってましたと言わんばかりに松が立ち上がった。


「俺の秘密は――」


もったいぶるように腕を組み、教室中を見回す。


「授業中に寝ていたのに、先生に一度も気づかれなかったことがある!」


……。


俺は思わず眉をひそめた。


「それ、絶対嘘だろ」


「いや、本当なんだって!」


松は必死に反論する。


「しかも、丸々一時間寝てた!」


「逆にすごいな、それ」


蒼太が苦笑しながら言った。


すると、愛莉が静かに手を挙げる。


「質問してもいい?」


「もちろん!」


自信満々に胸を張る松。


愛莉はにやりと笑った。


「ちなみに、その先生って誰?」


その瞬間、松の表情が固まった。


数秒後、彼は静かに視線を落とす。


「……その情報は、非公開ということで」


「答えられないんじゃないか」


俺が呆れながら言うと、周りから一斉に笑い声が上がった。


「絶対バレると思ったんだろ」


「そもそも、本当に先生が気づいてなかったのか怪しいし」


「もしかして、先生が優しかっただけじゃない?」


次々と飛んでくる言葉に、松は机に突っ伏した。


「違う! 本当に気づいてなかったんだ!」


「はいはい」


俺が適当に返すと、松は不満そうに顔を上げた。


「なんで誰も信じてくれないんだよ!」


「普段の行いじゃないか?」


そう言った瞬間、また笑いが起こる。


……少なくとも、松がこうしていじられている限り、この場の空気は平和そのものだった。

「じゃあ、次は私かな」


愛莉が髪を耳にかけながら、ゆっくりと口を開いた。


「私の秘密は――人を観察するのが好きなことです」


……。


一瞬、沈黙が流れる。


だが、その直後。


「それは知ってる」


俺がそう言うと、周りのみんなも次々とうなずき始めた。


「確かに」


「むしろ有名なんじゃない?」


「今さら感がすごいね」


愛莉は頬を膨らませた。


「ひどいなあ。少しくらい驚いてくれてもいいじゃん」


「残念だけど、もう手遅れだな」


俺が肩をすくめると、愛莉は不満そうにこちらを見た。


そんなやり取りを見ていた蒼太が、ふと手を挙げる。


「じゃあ、質問してもいい?」


「どうぞ」


愛莉は嬉しそうにうなずいた。


蒼太は少し考えてから尋ねる。


「俺たちを見た時の第一印象って、どんな感じだった?」


「第一印象?」


愛莉は唇に指を当て、考え込むように視線を上へ向けた。


「うーん……」


数秒後、彼女は一人ずつ見渡しながら答え始める。


「陽斗くんは、すごく真面目で責任感が強そう」


陽斗は苦笑いを浮かべる。


「よく言われます」


「涼くんは、絶対にじっとしていられないタイプ」


「大正解!」


涼は自慢げに胸を張った。


「蒼太くんは、優しくて話しやすそうな人」


「ありがとう」


蒼太は少し照れくさそうに笑う。


「みすずさんは、誰とでもすぐ仲良くなれそう」


「それは嬉しいな」


みすずも優しく微笑んだ。


そして最後に、愛莉は蓮へ視線を向ける。


「藤林くんは――」


そこで一度言葉を止める。


「一番、何を考えているのかわからない人かな」


その言葉に、蓮はわずかに眉を上げた。


「へえ。面白い感想だね」


愛莉は肩をすくめる。


「観察してる人ほど、観察されるのは苦手だったりするから」


蓮は小さく笑っただけで、それ以上は何も言わなかった。


ただ、その笑顔の奥に何を考えているのかは、やっぱり誰にもわからなかった。

「次は、八神さんかな」


涼に名前を呼ばれ、舞夜は少しだけ目を伏せた。


周囲の視線が自然と彼女へ集まる。


舞夜は数秒間、静かに考え込んでいた。


そして、いつもの落ち着いた声で口を開く。


「私の秘密は――小説を書くのが好きなことです」


その言葉に、青龍学園の生徒たちは驚いたような表情を浮かべた。


俺と愛莉にとっては、もう知っていることだった。


けれど、交換留学生たちにとっては初耳だったらしい。


「へえ、意外かも」


涼が感心したように言う。


隣では、みすずが優しく微笑んでいた。


「どんなお話を書くの?」


舞夜は少しだけ視線を落とした。


「まだ練習中なので……」


「人に見せられるようなものではありません」


その答えを聞いたみすずは、ゆっくりと首を横に振る。


「そんなことないと思うよ」


「好きで続けているなら、きっと素敵な作品なんだろうなって思う」


舞夜は驚いたように目を瞬かせた。


それから、小さく頭を下げる。


「……ありがとうございます」


みすずはにっこりと笑った。


「いつか完成したら、読んでみたいな」


「その時は、もう少し自信がついているといいんですけど」


舞夜がそう言うと、周りから小さな笑い声が漏れた。


その様子を見ながら、俺はふと、以前の会話を思い出していた。


――いつか、お前が小説を書いたら、その時は最初に俺に読ませてくれ。


あの日、何気なく口にした約束。


舞夜は覚えているんだろうか。


そんなことを考えていると、不意に舞夜がこちらを見た。


ほんの一瞬だけ、視線が交わる。


けれど、彼女はすぐにいつもの穏やかな表情へ戻っていた。


そして、次の番が回ってくる。


当然のように、全員の視線は俺へと向けられていた。

「じゃあ、次は南だな!」


涼が迷いなく俺を指差した。


予想はしていたけど、やっぱり逃げられなかった。


小さくため息をつきながら、俺は椅子に座り直す。


「わかったよ」


みんなの視線が集まる。


こういうのは、どうしても落ち着かない。


少しだけ考えてから、俺は口を開いた。


「俺の秘密は――子どもの頃、小説を書こうとしていたことかな」


一瞬、場が静かになる。


舞夜が驚いたように顔を上げた。


愛莉は、その反応を見て小さく微笑んでいる。


二人とも、もう知っている話だった。


「へえ、南ってそんなことしてたんだ」


蒼太が意外そうに言った。


「なんか、想像できるかも」


みすずも興味深そうにこちらを見る。


その時、陽斗が静かに手を挙げた。


「質問してもいいですか?」


「もちろん」


陽斗は少し考えてから、まっすぐ俺を見た。


「どうして、やめてしまったんですか?」


……。


予想していなかった質問だった。


俺は少しだけ考え込む。


昔のことを思い出しながら、ゆっくりと言葉を探した。


「自分が納得できる終わり方を書けなかったんだ」


「どんな話を書いても、最後だけはどうしても気に入らなくてさ」


「結局、途中で諦めた」


そう答えると、陽斗は静かにうなずいた。


「なるほど。確かに、終わり方って難しいですよね」


「まあ、俺には難しすぎたってことだな」


苦笑しながら言うと、周りから小さな笑い声が聞こえた。


その中で、一人だけ何も言わない人物がいた。


蓮だった。


彼は腕を組み、黙ったまま俺を見ている。


まるで、一つ一つの言葉を分析しているかのように。


視線が合う。


けれど、蓮は何も言わない。


ただ静かに、こちらを見つめているだけだった。


……なんだろう。


さっきから、あいつの視線だけが妙に気になって仕方がなかった。

「さて、次は藤林くんだね」


涼にそう言われると、蓮は静かにテーブルの上で手を組んだ。


相変わらず、何を考えているのか読めない表情をしている。


数秒の沈黙のあと、蓮は落ち着いた声で口を開いた。


「俺の秘密は――人の顔を覚えるのが得意なことかな」


「一度見た相手なら、ほとんど忘れない」


「おお……」


周囲から感嘆の声が漏れる。


「そんなこと、本当にできるの?」


みすずが驚いたように尋ねる。


蓮は小さくうなずいた。


「絶対じゃないけどね。でも、間違えることはほとんどないよ」


すると、真っ先に反応したのは涼だった。


「じゃあ、質問!」


「どうぞ」


「今まで、一度も間違えたことはないのか?」


蓮は少しだけ考えるように視線を上げる。


「ほとんどないかな」


そう答えたあと――。


彼の視線が、ゆっくりと舞夜へ向けられた。


「実は、八神さんのことを、どこかで見たことがある気がしてるんだ」


……。


その瞬間。


さっきまで賑やかだった空気が、一瞬だけ静まり返った気がした。


舞夜は、何も言わない。


ただ、ほんの一瞬だけ、その表情が固まった。


本当に、一秒にも満たないほどの短い時間。


きっと、誰も気づかなかっただろう。


少なくとも、俺以外は。


舞夜はすぐに、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。


「きっと、勘違いですよ」


「私は青龍学園に行ったことはありませんから」


蓮は、その言葉を聞いても、しばらく舞夜を見つめていた。


やがて、小さく笑う。


「そうかもしれないね」


「ごめん。たぶん、俺の思い違いだ」


それだけ言って、彼は話を終わらせた。


すると、涼がすぐに別の話題を持ち出す。


「そういえば、青龍学園の食堂ってどんな感じなんだ?」


さっきまでの空気は、あっという間に元通りになっていく。


みんなは笑いながら、新しい話題へ移っていった。


だけど――。


俺だけは、さっきの舞夜の反応が頭から離れなかった。


ほんの一瞬。


本当に、たった一瞬だけ。


あの時の舞夜の瞳には、今まで見たことのない感情が浮かんでいた。


驚きでもない。


戸惑いでもない。


あれは――。


間違いなく、恐怖だった。

第四十七話『見覚えのある顔』を読んでいただき、ありがとうございました。


何気なく始まったゲームでしたが、蓮の一言によって、場の空気は一変しました。


「どこかで会ったことがある気がする」。


その言葉は、本当にただの勘違いなのでしょうか。


そして、大樹だけが気づいた舞夜の一瞬の変化とは――。


穏やかな交流会の裏で、少しずつ隠されていた何かが動き始めます。


それでは、次の話でお会いしましょう。

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