新しいパートナーたち
五人の交換留学生たちは、黒板の前に横一列で並んでいた。
校長先生が一歩後ろへ下がる。
「それでは、みなさん。自己紹介をお願いします」
最初に前へ出たのは、眼鏡をかけた男子生徒だった。
彼は背筋を伸ばし、非の打ちどころのないお辞儀をする。
「初めまして。四宮陽斗です。一週間という短い期間ですが、たくさんのことを学べればと思っています。よろしくお願いします」
落ち着いた声だった。
どこか大人びた雰囲気もあって、真面目そうな印象を受ける。
すると、教室のあちこちから小さな声が聞こえてきた。
「なんか上品……」
「すごく頭が良さそう」
確かに、そう思われるのも無理はない。
いかにも優等生、といった感じだった。
次に前へ出たのは、金髪の男子生徒。
さっきの四宮とは正反対で、話し始める前から満面の笑みを浮かべている。
「俺は神崎涼! 友達を作るのが好きだから、みんなよろしくな!」
そう言うと、涼は教室中に向かって大きく手を振った。
まだ自己紹介が終わって数秒しか経っていないというのに、すでに半分くらいのクラスメイトと打ち解けているように見える。
「……あいつ、すごいな」
思わずそう呟くと、隣の松が深くうなずいた。
「うん、なんか好きだわ、ああいうタイプ」
「まだ一分も話してないだろ」
「直感だ」
そんなもので人を判断していいのか。
少し不安になった。
続いて前に出たのは、交換留学生の中で唯一の女子生徒だった。
明るい茶色の髪を高い位置で結び、揺れるポニーテールが印象的だ。
緑色の瞳が、興味深そうに教室を見渡している。
彼女は軽く頭を下げると、穏やかな声で話し始めた。
「橘みすずです。みなさんと仲良くなれたら嬉しいです。一週間、よろしくお願いします」
柔らかな笑顔だった。
不思議と、見ているだけで安心するような雰囲気がある。
……少しだけ、舞夜に似ているかもしれない。
そんなことを考えていると、後ろの席から愛莉が小声で呟いた。
「優しそうな子だね」
「確かに」
俺がそう返すと、愛莉は楽しそうに笑った。
「でも、案外こういう人ほど怒らせると怖かったりするんだよね」
「なんでそんな発想になるんだよ」
「経験則」
「絶対嘘だろ」
そんなやり取りをしている間に、残る二人も前へ進み出た。
一人は、物静かな雰囲気をまとった男子生徒。
「霧島蒼太です。よろしくお願いします」
短い挨拶だったが、どこか誠実そうな印象を受ける。
そして最後の一人。
教室の隅々まで観察するように視線を巡らせていた男子生徒が、静かに口を開いた。
「藤林蓮です。よろしくお願いします」
それだけ言うと、彼は小さく頭を下げた。
必要以上のことは話さない。
そんな性格なのかもしれない。
五人の自己紹介が終わると、教室は大きな拍手に包まれた。
こうして、青龍学園との交流が本格的に始まったのだった。
自己紹介が終わると、先生は一冊のファイルを手に取った。
「では、次は案内役の発表をします」
その言葉に、教室の空気が少しだけ緊張する。
先週から説明されていた通り、交換留学生一人につき、一人の案内役が割り当てられることになっていた。
先生は名簿を見ながら、次々と名前を読み上げていく。
「四宮陽斗くんは――」
クラスの男子生徒が立ち上がる。
「よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
四宮は丁寧に頭を下げた。
続いて、みすずの名前が呼ばれる。
彼女の案内役になった女子生徒は、少し緊張した様子で自己紹介をしていた。
そして――。
「神崎涼くんは、松勇人くんです」
一瞬の静寂。
次の瞬間、松が勢いよく拳を突き上げた。
「よっしゃあ!」
すると、涼も負けじと拳を上げる。
「よろしくな、相棒!」
「おう! 一週間、楽しもうぜ!」
……。
まだ出会って数秒しか経っていないはずなのに、なぜか昔からの友達みたいな空気が出来上がっていた。
俺は嫌な予感しかしなかった。
間違いなく、この二人は問題を起こす。
しかも、一度や二度では済まない気がする。
「大樹、見ろよ。運命ってやつだ」
「いや、学校側のミスだろ」
「ひどいな!」
松は笑っていたが、俺は割と本気だった。
先生は何事もなかったかのように、次の名前を読み上げる。
「霧島蒼太くんは――南大樹くんです」
「はい」
反射的に手を挙げる。
すると、黒髪の男子生徒――霧島蒼太が俺の方を見て、小さく頭を下げた。
「一週間、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
礼儀正しそうなやつだ。
少なくとも、松と涼のような騒がしいタイプではなさそうだった。
案内役の発表は、まだ終わっていなかった。
先生は名簿に視線を落とし、次の名前を読み上げる。
「最後に――藤林蓮くんは、八神舞夜さんです」
その瞬間、舞夜が静かに立ち上がった。
「八神舞夜です。よろしくお願いします」
いつもの落ち着いた声だった。
蓮は一瞬だけ舞夜の顔を見つめる。
そして、小さく微笑んだ。
「藤林蓮です。こちらこそ、よろしく」
穏やかなやり取りだった。
少なくとも、表面上は。
けれど――。
なぜだろう。
蓮の笑顔を見た瞬間、俺は少しだけ違和感を覚えた。
もちろん、嫌な感じがしたわけじゃない。
ただ、何を考えているのかがまったく読めない。
そんな不思議な印象だった。
「へえ……」
後ろの席から、小さな声が聞こえる。
振り返ると、愛莉が興味深そうに蓮を見つめていた。
「どうした?」
「ううん。なんでもない」
そう言って笑うものの、その視線は相変わらず蓮に向けられたままだった。
教室のあちこちでは、すでに交換留学生たちとの会話が始まっている。
賑やかな空気の中で、俺はもう一度、蓮の方をちらりと見た。
すると、ちょうど彼もこちらを見ていた。
一瞬だけ、目が合う。
だが、蓮は何事もなかったかのように視線を舞夜へ戻した。
……気のせいかもしれない。
そう思いながらも、胸の奥に小さな引っかかりが残っていた。
案内役の発表が終わると、それぞれの交換留学生たちは、自分のパートナーの隣へ移動していった。
蒼太は俺の席の横に腰を下ろすと、少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「一週間、お世話になります」
「いや、そんなにかしこまらなくていいよ」
俺がそう言うと、蒼太は安心したように小さく笑った。
「そう言ってもらえると助かる」
「まあ、松みたいじゃなければ問題ない」
そう言いながら、俺たちは自然と教室の後ろへ視線を向けた。
ちょうどその時、松が涼に向かって紙飛行機の折り方を熱心に教えているところだった。
「まずはここを折るんだ!」
「おお、なるほど!」
「角度が大事なんだよ!」
……まだ五分も経っていない。
蒼太はその光景を見つめたあと、思わず吹き出した。
「なんとなく、言いたいことはわかった気がする」
「だろ?」
「すごく楽しそうだけど、案内役としては少し不安かもしれないね」
「安心しろ。俺も同じことを考えてる」
そう返すと、蒼太はまた小さく笑った。
騒がしい松や涼とは違い、蒼太は落ち着いた性格らしい。
話しやすそうな相手で、正直ほっとしていた。
少なくとも、一週間ずっと気まずい空気で過ごすことにはならなさそうだ。
「それでは、最初の一時間は案内役のみなさんが校内を案内してください」
先生が手を叩きながらそう言うと、教室のあちこちで椅子を引く音が響き始めた。
「交換留学生のみなさんが少しでも早く学校に慣れられるよう、しっかり案内してあげてくださいね」
クラスメイトたちは次々と立ち上がり、それぞれのパートナーと話し始める。
蒼太も机の横に置いていた鞄を肩にかけた。
「じゃあ、案内をお願いしてもいいかな?」
「もちろん」
俺も立ち上がりながら答える。
「ただ、最高の観光ガイドは期待しないでくれ」
すると、蒼太は少しだけ口元を緩めた。
「迷子にならなければ十分だよ」
「それなら、たぶん大丈夫だ」
「たぶん、なんだね」
「保証はできない」
そんなくだらないやり取りをしながら、俺たちは教室の出口へ向かった。
その途中、何気なく舞夜の方を見る。
舞夜もまた、蓮と一緒に教室を出る準備をしていた。
そして、一瞬だけ――。
俺たちの視線が交わる。
舞夜は、いつものように小さく微笑んだ。
俺も軽くうなずき返す。
ただ、その瞬間だった。
舞夜の隣にいた蓮が、その短いやり取りを静かに見つめていた。
何も言わない。
表情も変わらない。
けれど、確かに俺たちのことを観察しているように見えた。
……気のせいだろうか。
いや、もしかすると、あいつは見た目以上によく周囲を見ているのかもしれない。
そんな妙な予感を覚えながら、俺は蒼太とともに教室を後にした。
こうして、青龍学園との交流週間が本格的に始まったのだった。
第四十五話『新しいパートナーたち』を読んでいただき、ありがとうございました。
ついに交換留学生たちの自己紹介と案内役の発表が行われました。
それぞれ異なる個性を持つ五人の生徒たちは、大樹たちの日常にどのような変化をもたらすのでしょうか。
そして、大樹が感じた藤林蓮への小さな違和感の正体とは――。
新しい出会いが、新しい物語を動かし始めます。
それでは、次の話でお会いしましょう。




