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雨の日の帰り道

翌日――。


空には、雲ひとつなかった。


天気予報でも、一日中晴れると言っていた。


だから――。


誰も傘なんて持ってきていなかった。


もちろん、俺も例外じゃない。


そして、こういう日に限って――。


雨は降る。


午後の最後の授業が、いつもより少し早く終わった。


終業のチャイムが鳴った、その瞬間――。


ドォォンッ!


激しい雷鳴が校舎を揺らした。


クラス中の生徒たちが、一斉に窓の外を見る。


そこには、信じられないほどの大雨が広がっていた。


「……マジかよ」


思わず、そうつぶやく。


隣の松も、呆れたように窓の外を眺めていた。


「運が悪いな」


「傘、持ってきてないんだけど」


「奇遇だな。俺もだ」


そう言って、松は俺の肩を軽く叩いた。


「じゃ、また明日な」


「いや、お前どうやって帰るつもりなんだよ」


「走る」


「絶対びしょ濡れになるぞ」


「でも、帰れるだろ?」


妙に自信満々だった。


そう言い残すと、松は鞄を持って教室を飛び出していく。


五秒後――。


窓の外を見ると、土砂降りの中を全力疾走する松の姿が見えた。


……。


あいつは、もう駄目かもしれない。

俺は昇降口で、しばらく雨が弱まるのを待っていた。


だが、時間が経つにつれて、雨は弱まるどころか勢いを増していく。


窓ガラスを激しく叩く雨音が、校舎中に響いていた。


「南くん」


後ろから声をかけられ、振り返る。


そこには舞夜が立っていた。


手には、紺色の傘が握られている。


「お前、傘持ってきてたのか?」


そう尋ねると、舞夜は静かに首を横に振った。


「いいえ。ロッカーに置いてあったんです」


「用意がいいな」


「母が、学校に一本置いておきなさいって、いつも言うので」


俺はもう一度、外の大雨を見つめた。


「今日は、その言葉が正しかったみたいだな」


舞夜は小さく微笑んだ。


その時だった。


「どうやら、閉じ込められたのは私たちだけじゃないみたいだね」


聞き慣れた声が横から聞こえてくる。


愛莉だった。


なぜか鞄を頭の上に乗せて、雨を防ごうとしている。


どう見ても、ほとんど意味はなさそうだった。


「まさか、お前も傘を持ってきてないのか?」


俺が呆れながら聞くと、愛莉は頬を膨らませた。


「だって、天気予報は晴れって言ってたんだもん」


「完全に騙された気分」


思わず笑ってしまう。


「今日で学んだだろ。天気予報を信じすぎるなって」


「今、絶対バカにしたよね?」


「してない」


「嘘だ」


愛莉は不満そうな顔をしたが、その目は少し楽しそうだった。

しばらくの間、三人とも黙って雨を眺めていた。


激しい雨音だけが、昇降口に響いている。


すると、不意に舞夜が口を開いた。


「……この傘、結構大きいんです」


愛莉が首をかしげる。


「うん?」


舞夜は、手に持った紺色の傘を少し持ち上げた。


「三人で一緒に帰れませんか?」


一瞬、愛莉は目を丸くした。


次に、ゆっくりと俺のほうを見る。


そして、いつものいたずらっぽい笑顔を浮かべた。


「つまり、三人で相合い傘ってこと?」


「そうなりますね」


舞夜は、まるで特別なことではないかのように答える。


「誰も濡れなくて済みますから」


「俺は別に構わないけど」


そう言うと、舞夜も小さくうなずいた。


「私も問題ありません」


愛莉は少し考えるふりをしたあと、人差し指を立てた。


「じゃあ、一つだけ条件がある」


俺は嫌な予感を覚えながらため息をつく。


「……何だよ」


「私が外側を歩く」


「は?」


「そのほうが、二人とも歩きやすいでしょ?」


意味がわからなかった。


「なんでそうなるんだ?」


そう聞くと、愛莉はにやりと笑った。


「だって、学校一の人気カップルを守る人が必要だから」


「だから、俺たちは付き合ってない!」


思わず大声で否定してしまう。


その瞬間、昇降口にいた何人かの生徒が、一斉にこちらを振り返った。


愛莉は腹を抱えて笑っている。


隣では、舞夜が少しだけ顔を伏せていた。


……でも。


よく見ると、笑いをこらえているようにも見えた。

結局、俺たちは三人で学校を出ることになった。


舞夜が傘を持ち、俺はその隣を歩く。


そして愛莉は――。


なぜか一番外側を歩いていた。


当然、肩には少しずつ雨粒が落ちている。


「もう少しこっちに来ればいいのに」


舞夜が心配そうに声をかける。


「そのままだと濡れますよ」


すると、愛莉は笑いながら首を横に振った。


「大丈夫、大丈夫」


「それに――」


そう言って、俺たちのほうをちらりと見た。


「この位置のほうが、景色がいいから」


「景色?」


俺が聞き返すと、愛莉は足元を指差した。


濡れた地面には、傘の下を歩く俺と舞夜の影が映っていた。


雨で揺れる水たまりの中で、二つの影はまるで一つになっているように見える。


「ほら、すごくお似合い」


「またその話か……」


思わずため息が漏れる。


愛莉は楽しそうに笑った。


「だって、本当のことだし」


「お前、その話題を絶対やめないだろ」


「たぶん、一生やめないと思う」


即答だった。


俺はもう反論する気力もなく、ただ前を向いて歩き続けた。

雨の音を聞きながら、俺たちはゆっくりと歩き続けていた。


しばらくすると、あることに気づく。


舞夜は、もう愛莉の冗談に以前ほど慌てなくなっていた。


「二人とも、本当に仲がいいよね」


愛莉がそう言っても、舞夜は困ったように笑うだけだった。


「桜井さんは、からかうのが好きですね」


「好きだよ。特に、反応が面白い人は」


「俺たちで遊ぶな」


そう言うと、愛莉は声を上げて笑った。


だが、そのやり取りを聞きながら、俺は別のことを考えていた。


少し前までの舞夜なら、こんな話題を振られるたびに慌てていたはずだ。


けれど今は違う。


恥ずかしそうにしながらも、静かに受け流している。


……もしかすると。


舞夜も、少しずつ俺と一緒にいることに慣れてきているのかもしれない。


そして、それは俺も同じだった。


気づけば、舞夜が隣を歩いていることが、当たり前のように感じられるようになっていた。


雨音だけが、静かに三人の間を満たしている。


不思議と、誰もその沈黙を壊そうとはしなかった。


むしろ、その静かな時間が心地よかった。

しばらく歩き続けていると、いつの間にか会話は途切れていた。


聞こえるのは、傘を叩く雨音と、濡れた地面を踏む足音だけ。


不思議と、その沈黙は気まずいものではなかった。


むしろ、心地よかった。


そんな静かな時間の中、ふと愛莉が口を開く。


「ねえ、南」


「ん?」


「最近、八神さんと一緒にいるのが当たり前になってきてない?」


……。


突然の質問に、思わず言葉が詰まる。


「急に何を言い出すんだよ」


「別に、深い意味はないよ」


愛莉は笑いながら肩をすくめた。


「ただ、前の南だったら、こんな状況に絶対慣れてなかっただろうなって思っただけ」


その言葉に、俺は何も返せなかった。


確かに、少し前の俺なら、毎日のように舞夜と一緒に帰ったり、放課後を過ごしたりするなんて想像もしていなかった。


でも今は――。


隣に舞夜がいることが、特別なことには感じなくなっていた。


俺が黙っていると、愛莉は小さく笑った。


「図星みたいだね」


「違う」


反射的に否定したものの、自分でもあまり説得力がないと思った。


その時、隣の舞夜が静かに口を開く。


「……私も、そうかもしれません」


思わず足を止めそうになった。


「え?」


舞夜は少し恥ずかしそうに視線を落としながら続ける。


「最近は、南くんと一緒にいる時間が、前より自然に感じるようになりました」


雨音が、妙に大きく聞こえた。


愛莉は満足そうに微笑んでいる。


俺は何と言えばいいのかわからず、ただ前を向いて歩き続けた。


そして、なぜだか胸の奥が少しだけ温かくなっていることに気づいてしまった。

第四十一話『雨の日の帰り道』を読んでいただき、ありがとうございました。


突然の雨によって始まった、三人での帰り道。


何気ない会話の中で、大樹と舞夜は少しずつお互いの存在に慣れ始めています。


そして、その変化を誰よりも近くで見つめている桜井愛莉。


雨が止んだ後、三人の日常はどのように変わっていくのでしょうか。


それでは、次の話でお会いしましょう。

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