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もう一度、君を選べるなら

公園を出たあと、舞夜と俺は駅へと続く静かな通りを歩き続けていた。


午後の時間はゆっくりと過ぎていく。街路樹の影が歩道に伸び、柔らかな風が舞夜の髪を揺らしていた。彼女は、俺たちが新しく撮った写真をアルバムに大切にしまっている。


俺たちは、何時間も一緒に過ごした。


店を巡り、お菓子を分け合い、本屋に立ち寄り、写真を撮るための新しい場所も見つけた。


特別なことが起きたわけではない。


それでも、あまりにも幸せで、この一日がもう少しだけ長く続いてほしいと思っていた。


だからだろうか。


俺はいつもよりゆっくり歩いていた。


そして、どうやら舞夜も同じだったらしい。


「大樹」


「ん?」


「今日は楽しい?」


俺は彼女を見て、少し驚いた。


「もちろん。どうしてそんなことを聞くんだ?」


舞夜は、ほんの少し微笑んだ。


「確認したかったから」


「何を?」


彼女は、繋いだ俺たちの手へ視線を落とした。


「大樹も、私と同じくらい今日の外出を楽しんでくれているのかなって」


俺は一瞬、足を止めた。


簡単な質問だった。


けれど、その声の響きには、かつて彼女が俺に近づこうとしながらも、俺が同じ気持ちなのか分からずにいた頃の面影があった。


長い間、舞夜は自分から予定を提案し、俺と過ごす時間を作るために理由を探していた。


俺がどう反応するか分からないまま、それでも自分の気持ちを見せることを恐れなかった。


けれど、今は違う。


俺自身が、ここにいたいと思っている。


そして、彼女にそれを疑ってほしくなかった。


「舞夜、ちょっとこっちを見て」


彼女が顔を上げた。


「俺は今日、本当に楽しいよ」


俺は笑った。


「舞夜と歩くのも、話すのも、一緒に新しい場所を見つけるのも好きだ。ケーキを買ったり、お店で本を眺めたりするような、何気ないことも楽しい」


少し間を置く。


「舞夜と一緒なら、何か特別なことが起きなくても、十分楽しいんだ」


舞夜は黙って俺を見つめていた。


「本当に?」


「本当だよ」


俺は彼女の手を、そっと握り直した。


「舞夜と一緒にいる。それだけで、今日を楽しむ理由になるから」


彼女の頬が、ほんのりと赤く染まった。


「大樹……」


「ん?」


「時々、そんなことを言われると、平静でいられなくなるんだけど」


「別に変なことは言ってないだろ!」


「大樹にとっては、そうかもしれないけどね」


舞夜は微笑み、再び歩き始めた。


俺の手を、軽く引きながら。


「でも、嬉しい」


俺たちは、そのまま歩き続けた。


けれど、数分後。


舞夜はもう一度、足を止めた。


今度は、少し違う表情をしていた。


「ずっと聞いてみたかったことがあるの」


俺の心臓が、少しだけ速くなった。


「何だ?」


舞夜は前を見たまま、口を開いた。


「もし、私たちが初めて出会った日に戻れるとしたら……」


そこで、彼女は一度言葉を切った。


「大樹は、どうする?」


突然の質問に、俺は完全に意表を突かれた。


今までにも、俺たちの過去について話したことはある。


けれど、初めて出会ったあの日に戻れたら、自分はどうするのか。


真剣に考えたことはなかった。


舞夜が俺のほうを向いた。


「もう一度、私に近づいてくれる?」


俺は、しばらく答えられなかった。


迷っていたわけではない。


ただ、俺たちがこれまで過ごしてきた時間を振り返ると、その答えは、単にもう一度彼女と話すかどうかという話ではないと分かった。


それは、俺たちが近づいていった一つ一つの瞬間を、もう一度選ぶということだった。


距離を縮めてくれた会話。


俺を困らせた彼女の冗談。


アルバムに残した写真。


何を話せばいいのか分からないまま、一緒に歩いた放課後。


そして、困難もあった。


中学時代の舞夜の過去。


彼女が傷ついた記憶と向き合わなければならなかったとき。


俺がどう助ければいいのか分からなかった瞬間もあった。


それでも、彼女の隣にいることを選んだ。


少しずつ築いてきた信頼。


そして、俺たちの気持ちが変わり始めた時間。


バレンタイン。


ホワイトデー。


あのペンダント。


俺の気持ちから逃げないでほしいと、舞夜が繋いだ手を離さずにいてくれたこと。


もし過去に戻れるなら、俺はそれらをすべて、もう一度選ばなければならない。


彼女の目を見つめた。


「うん」


舞夜が瞬きをした。


「うん……?」


「もう一度、舞夜に近づくよ」


迷いはなかった。


「たぶん、同じ失敗もすると思う。舞夜に質問されて、また緊張するだろうし、からかわれたときには、きっと同じように返事に困ると思う」


「ちょっと!」


俺は笑った。


「でも、また舞夜の話を聞きたいと思うし、一緒に時間を過ごしたいと思う。もっと君のことを知りたいとも思う」


笑みを少しだけ柔らかくする。


「それに、俺たちの物語がどうなるのか分からなくても、出会ったあの日をもう一度選びたい」


舞夜は、動かずに俺を見つめていた。


繋いだ指が、少しだけ強く握られる。


「……もう一度、全部経験することになっても?」


俺は頷いた。


「それでも」


数秒、彼女を見つめてから、続けた。


「幸せだった瞬間だけを残したいわけじゃないんだ。舞夜のおかげで学んだことも、俺が失敗したことも、君の気持ちを理解できなかったときのことも、全部大切にしたい」


深く息を吸った。


「そういう一つ一つが、今、俺が舞夜と一緒にいる理由の一部だから」


舞夜は俯いた。


再び顔を上げたとき、彼女の紫色の瞳は、隠しきれない感情で輝いていた。


「そんなことを言ってもらえるなんて……本当に嬉しい」


声が、少しだけ震えていた。


「ずっと、いつか大樹が私をそんなふうに見てくれる日が来るのかなって考えてた。私から理由を探して近づかなくても、大樹のほうから会いたいって思ってくれるようになるのかなって」


彼女は、照れたように微笑んだ。


「それが今、大樹からもう一度私を選ぶって言ってもらえたんだね」


胸の奥が、温かく痛んだ。


「舞夜……」


彼女は、ゆっくりと首を横に振った。


「ううん。最後まで聞いて」


舞夜は深く息を吸った。


「私たちの未来について、まだ分からないことがたくさんあるのは知ってる。卒業したあと、どうなるのかも分からないし、どんな選択をしなければならないのかも分からない。今みたいに、いつも一緒に過ごせるとは限らないよね」


彼女の手が、俺の手をさらに強く握った。


「でも、これからもお互いを選び続けられたらいいな」


真っ直ぐに俺を見つめる。


「離れるのが怖いからとか、今まで一緒に過ごしてきたから、そうしなきゃいけないとか……そういう理由じゃなくて」


「……」


「本当に、一緒にいたいと思っているから」


俺は、何も言わずに彼女の言葉を聞いていた。


それは、俺がここ数日、ずっと理解しようとしていたことと同じだった。


舞夜が努力してくれたから、俺もその気持ちに応えなければならない。


そんな理由で、彼女を好きになりたいわけじゃない。


彼女が俺に恋をしてくれたから、俺も恋をするのではない。


彼女を知ったからこそ、俺は自分から、彼女と一緒に時間を過ごしたいと思うようになった。


そして、それを彼女に伝えたい。


「俺も、そう思う」


舞夜が笑った。


「じゃあ、私たちは同じ気持ちだね」


「そうみたいだな」


「でも、そうなると……これからも私の冗談に付き合ってもらわなくちゃ!」


俺は、わざと大きくため息をついた。


「仕方ないな。そういう犠牲も必要か」


「ひどい!」


舞夜が笑い、俺もつられて笑った。


そのあとも、俺たちは手を繋いだまま歩き続けた。


けれど、駅へ向かう途中、俺の頭からあの質問が離れなかった。


もう一度、私を選んでくれる?


以前なら、その答えは、今の舞夜が俺にとってどれだけ大切な存在なのかを考えて出したものだったかもしれない。


でも、今は違う。


俺たちの物語が、必ずしも簡単なものではないと知っていても。


彼女の不安も、心配も、悲しむ瞬間も知っていても。


それでも、もう一度彼女を選びたい。


困難のない未来を約束することはできない。


けれど、彼女と一緒に、その未来を知っていきたい。


最初からすべてが決まっている必要はない。


俺は、舞夜と一緒に築いていきたい。


駅に到着すると、入口の近くで俺たちは立ち止まった。


太陽は少しずつ沈み始め、夕方の光が舞夜の顔を柔らかく照らしていた。


彼女は時計を確認し、小さく息を吐いた。


「そろそろ帰らなきゃ」


「そうだな」


けれど、どちらも動こうとしなかった。


舞夜が俺を見上げる。


「大樹。今日は、本当に特別な一日だったね」


俺は笑った。


「俺にとっても」


「今日の外出、楽しんでくれてよかった」


「すごく楽しかったよ」


舞夜は、満足そうに微笑んだ。


それから、手に持っていたアルバムを見つめる。


「家に帰ったら、公園の写真を追加するね」


「じゃあ、次の写真のために、もう一ページ空けておかないとな」


舞夜は大きく笑った。


「もちろん!」


アルバムを閉じ、再び俺を見つめる。


「これからも、いっぱい写真を撮りたいな」


俺は彼女の目を見た。


「俺も」


「いつか、どれが一番好きな思い出なのか、決められなくなるくらいに」


「それは、嬉しい悩みだな」


「それから、何年も経ってアルバムを開いたとき、二人で今日までのことを思い出せたらいいな」


俺は頷いた。


「そうなったら、すごく嬉しい」


舞夜は、しばらく黙っていた。


そして、俺のほうへ小さく一歩近づいた。


「大樹」


「ん?」


「今日、私を選んでくれてありがとう」


俺は動きを止めた。


「……え?」


舞夜は、優しく微笑んだ。


「会いに来てくれたこと。誘ってくれたこと。今日という時間を一緒に過ごしてくれたこと」


彼女の指が、首元のペンダントに触れる。


「大樹がまだ伝えたいことを全部話してくれていないのは、分かってる。だから、準備ができるまで無理に聞こうとは思わないよ」


心臓が、強く鳴った。


「でも、ひとつだけ知っていてほしいことがあるの」


舞夜は顔を上げた。


「私も、もう一度大樹を選ぶよ」


駅の喧騒が、一瞬だけ遠ざかった気がした。


俺は、ただ彼女を見つめていた。


俺を好きになってくれた少女が。


俺たちが乗り越えてきた困難を知りながら、それでももう一度俺を選びたいと言ってくれた。


俺も、同じように答えたかった。


もう一度出会ったあの日に戻れたなら、また舞夜に近づく。


もう一度、彼女を知る。


もう一度、彼女の隣を歩く。


そして、これまで過ごしてきた時間を経ても、やっぱり彼女と一緒にいたいと思っていることを。


俺は、彼女を選んだ。


その言葉が、胸の中に浮かんだ。


もう少しで、口にできそうだった。


けれど、舞夜は微笑みながら、少しだけ後ろへ下がった。


「じゃあ、そろそろ電車に乗らないと」


「ああ」


彼女は、最後にもう一度俺を見た。


「また明日ね、大樹」


「また明日、舞夜」


舞夜は軽く身を寄せ、俺の頬にキスをした。


そして、紫色の髪を風に揺らしながら、人々の間へと歩いていった。


俺は、彼女の姿が見えなくなるまで見送った。


そして、ようやく視線を戻したとき、胸の中で何かが変わったことに気づいた。


もう、自分の気持ちを知ることが怖くない。


自分が舞夜を好きなのだと、納得するための理由を探す必要もない。


あとは、彼女に伝えるだけだ。


もし、初めて出会った日に戻れるなら。


俺は、もう一度舞夜に近づくだろう。


もう一度、彼女を知る。


もう一度、彼女の話を聞く。


もう一度、彼女と歩く。


そして、もう一度恋に落ちる。


彼女にそうしてほしいと言われたからではない。


彼女という人間を知った俺自身が、そうしたいと思うからだ。


そして、次に彼女の前に立つとき。


俺は、ただ心の中で思うだけでは終わらせたくない。


自分の気持ちを、きちんと言葉にして伝えたい。

今回も読んでくださり、ありがとうございます。

過去を振り返りながら、二人の想いはさらに深まっていきます。

大樹が自分の気持ちを伝える日は、もう遠くないかもしれません。

次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。

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